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正義は勝っても負けても、人の幸せとはあまり関係ないけれど [2021年06月05日(Sat)]

不登校の子どもたちは、「朝おきれない」病気なんだよ。と言われたことがあります。
「朝おきたくない」という方が正確かと思います。
これを病気と言われると自分では肯定も否定もできません。

全くあの人のパチンコが良いにも困ったものだ。病気みたいなものだ。

という表現に近いからです。

病気と言われれば病気かもしれない。でも、病名はつかないだろうと思っています。

ですから不登校の子どもが、朝起きれれなくとも病名はつきません。

学校にゆかない子どもの中によくあるのは「正論のジレンマ」だと思っています。
本当はこうした方がいいのに・・・・。
できれば、こうした方がいい・・・・・。大人が勝手な願望をぶつけます。それをしたから人格が良くなるわけでも、人から好かれるわけでもありません。

要は正義だと思い込んでいるだけなんです。

水戸黄門が印籠を出して、悪代官を懲らしめるとよく眠れる。という話に近いかもしれません。
うまくいってくれた方が、心地いいんです。

ただそれだけ。



子どもが学校にゆくと、機嫌がいいお母さんも、ほぼ同様に、お母さんにとっての当たり前をやってくれた方が心地いいだけなんです。なぜ、その当たり前に子どもは協力する必要があるのか?

協力しなくとも。幸せが少なくなり、不幸になるわけでもありません。

大人の機嫌が悪くなる程度です。ほんとに。
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