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不登校の名前を変えると、もっと考えやすくなる [2020年09月22日(Tue)]

不登校という名前は、「登校できない子ども」という表現なので、登校できる子どもを基準見ている。
登校できるのは普通かどうか?という表現になるとどうも思考の枠が広がらなない。

不登校=かわいそう?になるか?

不登校=怠けになるのか?

不登校=解決すべき問題になるのか?


いづれも、登校からしかものを見ない限界を感じている。

不登校=これでもいいんだよ

ただし、学校教育システムの中で学ぶ時には応援するから。

という肯定的なまなざしが欲しいなあ。





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