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勉強はするものであって、させられるものではない [2020年07月24日(Fri)]

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恋愛は、「する」ものであって「させられる」ものではない
多くの人は同意いただけるのではないか?

その昔は、「見合い」という結婚のための出会い方もあったけれども・・・・。

同じように「勉強はするものであって、させられるものではない」

愛する人を選ぶように、勉強はするべきだと私は考えている。この人があっているのか?愛情は持てそうか?夢中になれそうか?持続できそうか?


もちろん、出会いが初めからうまくゆくはずはないので、途中でお別れしたり、場合によっては再度学び直すこともいい。恋愛を無理にさせられたりすると、人は「興ざめする」勉強もそうではないか?

では、「強制なしに勉強をするのか?」実はここに大人たちは不信感を持っている。実は自分が学びを好きではなかったりするからだ。人は考えることに貪欲であって、学ぶことは恋愛のように輝いているとしたら問題はない。恋愛をいかに魅力的なものにするのか?おそらく、そんなことを考えなくとも人は恋愛している。ただ、結婚に至るのかどうかは別の問題だ。

学びも同じだと思う。学者になる必要はないが、本を読んだり映画を見たり、旅行をしたり、語学を学んだり。学びは、恋愛のように魅力的だと、私は思っている。まさに、知識に対する大人の付き合い方を、こどもは見ていると思う。

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