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災害と不登校、そして大事なご飯 [2020年07月22日(Wed)]

新型コロナウイルス感染症の拡大。九州での大規模水害。

 いづれもすぐには無くならない問題だから、厄介であると考える人もいる。無くならないのであれば、共存しようという発想も生まれる。貧困も同じこと。不登校も同じ問題ではないだろうか?無くしたいと思っても簡単にはなくならない。いかに共存しながら、子どもが追い詰められたり、苦しんだり、自分を責めずに楽しい時間を過ごせるか?という発想に転換した方が前向きに生きることができそうだと、私は考えている。
 人間には日常を続ける力がある。これが尊い。毎日が同じように見えるが決して同じではない毎日を過ごす力こそ、未来へのエネルギーを蓄える場であると思う。学校行ってもゆかなくても、ご飯をつくる。家族で食べる。

会話をする。連絡をする。情報交換をする。

この日常さえ欠かさなければ、子どもは以外と自分で考えるようになる。試行錯誤できるようにもなる。私たちは、困難なものとの共存を嫌がって距離をとりがちである。場合によっては見ないようにさえしている人もいる。一緒にいることは、どんな存在でも学びになる。どんな困難からも学ぶしたたかさこそ、日常の最大の効果だと考えている。
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