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不登校は恐れるもの?ですか [2020年06月03日(Wed)]

不登校という経験は誰もが経験するものではないですが?不登校になったからといって、慌てることはありません。命も失わないです。大学にも入れます。でも、学校にゆかないという選択肢に、問題がないはずはない。明治以降、学校にゆくことは当たり前でした。世の中の偉い人は、皆さん学校に通っていたのですから。
 しかし、ITの出現は知識のあり方を、大きく変えました。知識の量は、オンライン上にたくさんあります。調べることさえできれば、不自由はありません。決めることは自分にしかできません。学校にゆかないことを決めても、不利益が待っているわけではありません。(不利益はきっとある、という幻想にしばらくなやまされます)やがて、不安に思っていてもしようがないので、社会でどれだけの不利益があるのか?実験してみればいいです。
 運転免許、IT企業、アニメーター、企業経営者、政治家、教師。特に問題はありません(笑)問題は、学校にゆかないと失うものがきっとあるという「思考」です。これは、私たちの中に深く染み付いているので容易に取れません。
 でも、「やらなければいけないこと」を「やらない」選択をしても10代のうちは逮捕もされないし、告発もされません。この人はやらないのだと思われるだけです。そこさえ引き受けられれば、特に問題はありません。
 問題は、恐れる心、不安に感じる気持ちを素直に見つめることかと思います。不安が悪いこととか、あってはならない事にしない方が、はるかに大事です。自分が、何に怖がっているのか?ここに気がつけばいいのです。
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