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自分の中に他人を増やす=「気づく」 [2020年05月13日(Wed)]

 同じことを言っても、全く理解が違うことがあります。お互いのコミュニケーションで違いを埋められないと、結果的に、それは単純な対立になってしまいます。時には、非和解的なものになる。前提として、同じ日本語を話しても伝わらないことが、ごく普通にあるという事です。
 ところが、ここに経験値や年齢が加わると、自分の視点を絶対化してしまうという、さらなる困難に出会います。そろそろ、私たちの中である正しいか?間違っているか?という議論をやめましょう!今回のコロナ騒ぎの中で、予防、対処にはPCR検査を増やせばいいという議論があります。今回のウイルスの抗体が、まだ見つかっていないとすれば、われわれ人間との共存しかないというイギリス人の発想は、決して間違いとは言えません。違和感があるものや、免疫のないウイルスを、我々は拒否できれば、それでもいいのですが拒否し続けてだけいては、日常生活もいとなめません。
 検査しても、感染がわかっても対処する療法は特にはないのです。受け入れるという、という能力こそ私たちは必要なのです。相手を理解して、受け入れる。共存する。拒否することはできないのです。
 だから、共存の知恵がお互いに働きます。人間も同じですよね。職場でも、仕事上のパートナーでも、「拒否することができない」ということことが前提になります。共存しかないとすれば、あるのは、最適化をいかに行うかしかありません。まさに、ウイルスや、病原体に打ち勝つことだけを考えてきた人間にとっては「敗北」のように感じる人もいるかもしれません。しかし、ある意味すごく当たり前のことを問われています。共存という形です。
 不都合な相手でも対立せずに、いかに共存してゆくのか?気づきあいながら、修正を重ねてゆけるのか?この知恵を積み重ねることが、アフターコロナの時代にわれわれが問われることの一つだということです。
 
 
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