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選択できないということが「病」をうむ [2017年12月28日(Thu)]

「選べない」という不自由を私たちは経験したことがあるでしょうか?食事でも洋服でも、テレビや映画の番組でも、選ぶことができています。もしこれが選べなかったら?国営放送以外の放送が認められなかったり、親が選んだ人としか結婚できなかったり、親の仕事を継ぐことしか認められなかったり。このようなことは時代錯誤だと誰もが言います。実際、時代錯誤なんだと、私も思います。
 日本の教育には選択肢がありません。自分で選ぶことができません、だから、合わせるしか道がないのです。自分の気持ちがどうかよりも「合わせる」という結果だけ求められると、人はやんでゆきます。おそらく相当健康な人でも、病んでゆきます。
 私たちは、選ぶ自由をいつも大事にしなければいけません。結果的に選択肢は狭くとも、自分の力で変えられるものがあるというときに、人は力を出すのだと思います。学校に行かない子どもにも選択肢が必要なのは、ここに理由があります。
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