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ワクワクしながらはじけたい子ども [2020年01月10日(Fri)]

子どもは、つまらなくなると行動をやめます。
楽しいことはワクワクしながらやっています。大人は、あいさつをしたり、はつらつとしている子どもを求めます。元気でいて欲しいんです。でも、大人が求める理想像を押し付けると子どもは容易にやる気を失います。楽しく無くなるとそこから出て行ってしまいます。
 大人が、子どもに対して、ある形にはめようとしたくなる欲求から自由になれば、子どもに強制することがなくなります。自由を手に入れた子どもは、どんどん自分で行動します。考える、集中する。これを大切に私たちは大切にしています。
親は変われない、もとに戻りたがる(七転八倒) [2020年01月07日(Tue)]

子どもの変化を日々感じています。
 大人は、不安なの中でもとに戻りたがります。やはり学校に行った方がいいのではないか?不登校という特殊な状況が悪い?みんなと同じがいい。もとに戻りたがる力は非常に強いです。変化をどこかで押しとどめていないか。問題は自分です。誰かのせいではなく、自分が向き合えない。いいカッコしたがる。これは、私も同じことです。
 いいカッコすると、今度はまた、本当の自分はそれでいいのか?プレッシャーに襲われる。楽しくない。あ〜だめだ。ダメの連続のなかで日々葛藤しています。怖い、不安だ、怠けたい、何もしたくない。私は、こんな気持ちを学校で学んできました。
 でも、不安だから働く?
この大人たちが、将来の不安と向き合いながら日々ゲームに励む子どもたちに何を挑むのか?人生の心構えが少し違うので、容易に嘘を見透かされたります。七転八倒している大人?実はこの姿が過去良くないかなあと思うんですですよ。
 子どもの前で、もがき苦しんでいる姿を見せた方がいいと思っています。全くダメダメな姿こそ、子どもへの贈り物だと。
ミネルバの梟はせまりくる黄昏に飛び立つ [2020年01月02日(Thu)]

2020年の新春をすこやかにお迎えでしょうか。
 私たちは、今年も新たらしい学びに挑戦してゆきます。学ぶ事は、あらゆる予測を可能にするわけではありません。どんなに知恵を使っても、経験、知識やAIを使っても予測できない未来があります。東日本大震災で、私たちは予測できない未来、しかも残酷な未来を現実に受け止めてきました。
私たちは、予測不可能な未来に向かって進んでいます。これを恐ろしいと考えてしまったら。あらゆる思考は「不安」という強いブレーキで止まります。人間の叡智は、最善の方法で思考しながら備え、生きることしかできません。未来が予測可能な時代になったと錯覚している人もいるかもしれません。むしろ、私たちは自然現象や、人間の愚かさも含めて、予測不可能な社会に生きています。
 だから、学んでも無駄なのではなく、現実、歴史から学び続ける努力を怠ってはいけません。未来におきることも、過去の経験とさほど変わらないことの方が多いのです。だから安心してもいいのです。私たちは、度重なる地震、水害、火災を向き合ってここまで生きてきました。水害の時は、その泥を活用し豊かな水田にも変えてきました。
 私たちは、さほど愚かではない。しかし、現在や過去から学ばなければ容易に愚かな罠に落ちます。時代は決して右肩上がりの経済成長をする社会ではありません。薄暗い暗闇に見えます。しかしこんな時こそ、ヘーゲルが言うように知性が問われる時です。暗い時代に、夜目がきく知性を光らせて、今年も寺子屋方丈舎は、飛び立ち、羽ばたいてゆきます。皆さんの変わらぬご支援を、ぜひお寄せください。
 
一流の応援され上手になろう! 1年間ありがとうございました! [2019年12月31日(Tue)]

前回も書いたように、人とは誰かを応援すると元気になれる。
でも世の中は、応援したい人に溢れていて、応援されたい人があまりに少ない。応援したがる人が多い。これはボランティアでも、同じ傾向があって、「ボランティアしてあげているのに、感謝が少ない」される側はいつまでも「ありがとう」と言い続けることに疲れてしまう。
 東日本大震災を経て、今、ボランティアや市民活動は多くの共感をえましたが、ここから先どうしようという課題にも向き合っています。もの言えない市民。辛ささえも言えない市民に溢れています。市民活動をするわれわれからすれば、「応援されやすい人になろう!」ということです。みんな、応援したがるけれど実は、応援するのも苦手な人が多いです。
 映画でいえば、切られ役がいて、切る側も引き立つ。一流の応援される側にまわってみようかなあ。その方が私が応援しているより、さらに多くの人を励ますことにつながりそうだから。こいつを応援して本当に良かったと思わせたい!ここだなあポイントは。と独り合点をした年末でした。来年こそ、こいつおもしろいやつだなあと唸らせたい。
 
そんな夢なんか追いかけて〜と言われて21年目です [2019年12月30日(Mon)]

 年末、平和に過ごしております。普段は見ることのできない、スカーレットの総集編を見ていたら主人公の父親が結婚を申し込みに来ていた男性に、夢なんかみないで趣味でやればいいじゃないか?と話すシーンがありました。若い人は「夢を追いかけて生きよう」と言いながらも大人からみれば、決まった給料や、値段ががあるものを定期的に売れないと、収入に困るのではないか?生活が不安定になるのではないか?と思われます。私なんかいまだに「非営利事業なんかで生活ができるはずがない」と言われ続けています。
 非営利事業を経営するのは営利事業とは違い、強い共感性や思いの共有が必要です。しかしながら、暮らせないわけではありません。家族を養えているか?と言われると、「生活はできています」としか言いようがありません。
 子どもが自分で「楽しい」「おもしろい」という学びができると私は信じて、これまでやって来ました。そして、何とかやれています。人を動かす原動力は感動や、実現したいという理想です。私たちの理想が、そう簡単に消えないように動き、活動さえしていれば生活もおのずからできるものです。
 夢は大事です。誰しも人間の能力なんてほぼ変わりません。最後の人間がどこで力を伸ばすか?といえばやはり夢なんだと思います。大金持ちになる必要はないですが、夢は誰でも持てるから良いんです。そして、持ち続ければ実現も可能です。
人を応援すると自分が元気になります [2019年12月25日(Wed)]

人間が元気になるの方法の一つは、人を応援することです。
相撲やサッカー、ラグビーになぜ夢中になれるのか?応援することで、自分が元気になれるからです。じゃあ、これは不登校やスポーツをしないどもに対しても応援できるのか!問題はここです。ハキハキ対応したり、見た目がスッキリ爽やかじゃないとなかなか応援されません。
 ダサかったり、朝寝坊している人。「俺は応援されるのが苦手だし!」なんていう子どもは、どうやってもわかりにくいので後回しにされるか、放っておかれます。スポーツの応援もいいのですが、この一件誰にも応援されそうにない、不器用な子どもほど、実は可愛いものです。たくさん応援もできます。
 私たちは、いろんな応援をすること!ボランティアや寄付も同じです。ぜひ、教育の現場に来て見てください。私たちは、子どもをいろんな手を使って応援しています。カラオケ、料理、旅行、なんでもありです。
常識のフィルターが壊れてゆく [2019年12月19日(Thu)]

「子どもってもっとたくさん、肯定されていいよねえ。」本日のスタッフミーティングの話題でした。折しもクリスマス。私たちの団体でも、クリスマスカードを子どもと親向けに書きました。まさに、あなたのための感謝です。
 カードを受け取った子どもたちは、驚きました。とても、ビックリされました。お祝い、感謝。お礼。贈り物ではなく言葉で伝えることが、もっとたくさんあっていいと思います。人間は、感謝されていい。大人が子どもに感謝する??と驚かれるかもしれないです。
 子どもたちは、未熟なのでもっと教育されなければいけないと思われています。我々が熟成しているとも思いません。大人も未熟です。共に学び合えることが感謝されていいと思います。自分たちが、子どもに感謝すればするほど、常識が壊れてゆきます。この楽しさは何にも変えられないことです。
できているのに、「できない」と思い込む 悲劇 [2019年12月17日(Tue)]

 夏休みの宿題が大嫌いで、全くやりませんでした。
小学校3年生の夏休みに、みんなの前で「江川は宿題をやってこない、怠け者だ〜」と言われたことを昨日のことのように思い出します。おそらく、先生の意図としては、この宿題をすることで成長するというよりは、宿題をしたという満足感を持たせる方が、はるかに大事なのだと思います。
 ただ、みんなの前で恥ずかしい思いをしたことは覚えています。
宿題をしたよりも、「恥ずかしい」思いをなくすために、それからの私は行動をしはじめます。なぜか暗黙の常識で「恥」は禁物なのです。大人になって、仕事も生活も十分にできているのに、成果を上げていないと思う人に出会います。同時に、できていないのに、人のせいにして逃げ回る人にも出会います。どちらがいいというわけではないですが、できているのに「できない」と思う人は辛いだろうと想像します。(もちろん、言い訳ばかりの大人はもっと悲しいですがね)
 常に自分に言い聞かせなければならない人生ですから。もっと、もっと追い詰めれば詰めるほど人は幸せになるというような錯覚です。私たちは、どこかそんな気持ちに追い立てられています。もっと何かをしないと。休んでいても安住できません。いつも、スマホで、情報を集めます。
 結論からすれば、自分の気持ちの入らないものに夢中になれません。学校の先生が求めるものを拒否する権利は、生徒の側にもあります。もっと、もっとなどと考えなくていい。満足した人生が終わり??などと自分を追い詰める必要もありません。人生の楽しみは、自分の行いに深く満足するところからはじまると思います。自分の仕事を深く見直す。私たちは、決して無力なんかじゃないと思えます。
 「幸せ」はここからやってくるとも考えます。
 
 
想うように進まないときに、自分本位を見つめる [2019年12月15日(Sun)]

 不登校の子どもたちの様子を見ている大人たち。特にみじかにいる人たちは、物事が進まないということにイライラします。誰でも早く進めないかと思う。私もそうです。何か障害があると、その人を責めたくもなる。誰しもあることです。
 思うように進まない。しかし、後退しているわけではない。子どもも生きている。だとすればきっと、またチャレンジができます。右肩上がりに変化し続けることが良いことという思い上がりが、私たちにはあります。気持ちが急いでいるときは、何かを急に動かそうとして慌てているとき。人の気持ちを考えないとき。
 私の人生もそんなことの連続で、人から急がされるときは腹も立ちますが、人を動かそうとするときは、「自分本位」であることを忘れています。誰にも気持ちはある。自分だけではない。そこは、我が子といえども忘れてはいけないと思うのです。

個人の能力はえず、きっかっけを提供する→どんどん伸びる [2019年12月13日(Fri)]

都市の子どもの方が「学力が高い」、「行動力がある」、「行動に意欲的」だというのはなぜだろう?単なる思い込みなのだろうか?現実にそうなのか?ここは、わかりません。ただ、学びの行動のきっかけは都市にあふれているのにたいして、過疎地には少ないということは確実に言えます。
 子どもの能力は全国各地さほど変わりません。機会の違いだけです。ただ、この機会も同調圧力や何らかの制約をかさなければ、どんどん伸びてゆきます。
 1、子どもの行動制約をできるだけ少なくすること
   作っては、壊し、壊しては作るような経験をたくさん積むこと
   この経験の積み重ねで、不安や恐怖がなくなります

 2、個人が自分の能力を発揮するための機会はふんだんにあれば、子どもはその機会を活かせます。あとは、自分でタイミングを測りながら事業に参加し、やがて、自分で企画をつくる側にまわり、成長してゆけます。

一度伸びはじめると、どんどん伸びます。ここを信じられないと、子どもが他の人と同じように行動することを求めるようになります。親の不安で抑圧すること。おそらく、あってはならないけれども、日常的にあります。それが実は、都市との機会の格差につながってもいると思います。
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