「準則」とは何ぞや
[2010年11月02日(Tue)]
10月に第7次改訂版が公表されたばかりですが、経済産業省「電子商取引及び情報財等に関する準則」第8次改訂の検討が始まっています。今回の検討課題は、今年の3月に開催された検討会で議論されたものをベースとしています。
先般、ドラフト執筆をご担当いただく専門家の方々(その多くはECネットワーク賛助会員の弁護士さんです)をアサインさせていただいたところですが、どの論点もそれぞれ難しい課題を抱えており、どこまで形になるか、書き始めてみないと見当がつかないところがあります。
電子商取引の方では、例えば「なりすまし」の問題。現在の論点をバージョン・アップし、ID・パスワードが不正に使用されてクレジットカード決済が行われた場合の責任分担について書けないか、というのが問題意識です。10月の検討会では、委員から、「準則の役割は”政策論”や”あるべき論”ではない。法解釈として書けるのか?」というコメントがありました。
2002年3月に初めて策定された「準則」は、今年で8年目。大手IT企業法務の方々や、ITを得意分野とする弁護士さんの間では定番(?)となっていますが、世の中全体から見たら、まだまだ知られていないと感じます。これがどのような位置づけのものなのかを含め、もう少し宣伝が必要かも知れません。
上記の議論にもあるように、準則は、あくまでも法解釈の「指針」です。英語にすれば「ガイドライン」。もちろん裁判規範ではないので、拘束力や既判力といったものとは無縁です。ネット関連は、技術やビジネスの変化が激しく、既存の法律が想定していないことが次々起こるので、裁判で解釈が確立するのを待たずに目安となる法解釈を提示できると良いよね、ということで始まったものと認識しています。
予見可能性が高まり法的リスクが小さくなれば、ビジネスがやりやすくなる・・・産業政策としては、極めて特殊なツールかも知れません。行政が司法の領域に手を出すのはどうか、という批判は当然耳にするところです。その限界は、当初から経済産業省も十分に弁えており、一線を踏み越えちゃった訳ではないと思います。
事業者サイドからは、法解釈に名を借りた新たな形態の規制??という警戒感もあるようです。ニュートラルに書いたつもりでも、結果として、今やってるサービスを法的に否定してしまう、或いは事業者に不利な解釈になることは十分にあり得るからだと思います。消費者サイドからは、事業者の責任をどこまで問えるかを明確にしたいというニーズがあり、その点は規制に近い効果もあるのかも知れません。
アウトとセーフの境界を明らかにすることには大きな意味がある、と私自身は思っています。行政規制法と違って、民事の話であれば、引き受けるリスクの度合いと自らのビジネスモデルに応じてそれぞれが対応を決めるのが良い使い方かな、と。
が、最大の問題は、なかなかすっきり明らかにならない、ということだと思います。行政のガイドラインだと言っても、それなりに信用できるものでなければ使ってもらえないので、最終的には、法学者のみで構成される委員会(産業構造審議会情報経済分科会ルール整備小委員会)の査読を経てオーソライズされ、世に出ます。その過程では、様々な思惑の絡んだ利害調整もあり、時期尚早との声も聞こえ、ドラフト段階での思い切った解釈がいつのまにか丸くなってしまうのも、やむを得ないところがあるのです。
こんなふうに書いたらわかりやすい。こんなメッセージが欲しい。でもそれは準則の目的に沿わない。改訂作業の冒頭に必ず繰り返される議論です。これをやらないとエンジンがかからないと仰る先生もおられますw。予見可能性を高めるという目的に沿い、世の中の役に立つものを作るのは、ことほどさように難しいのであります。
先般、ドラフト執筆をご担当いただく専門家の方々(その多くはECネットワーク賛助会員の弁護士さんです)をアサインさせていただいたところですが、どの論点もそれぞれ難しい課題を抱えており、どこまで形になるか、書き始めてみないと見当がつかないところがあります。
電子商取引の方では、例えば「なりすまし」の問題。現在の論点をバージョン・アップし、ID・パスワードが不正に使用されてクレジットカード決済が行われた場合の責任分担について書けないか、というのが問題意識です。10月の検討会では、委員から、「準則の役割は”政策論”や”あるべき論”ではない。法解釈として書けるのか?」というコメントがありました。
2002年3月に初めて策定された「準則」は、今年で8年目。大手IT企業法務の方々や、ITを得意分野とする弁護士さんの間では定番(?)となっていますが、世の中全体から見たら、まだまだ知られていないと感じます。これがどのような位置づけのものなのかを含め、もう少し宣伝が必要かも知れません。
上記の議論にもあるように、準則は、あくまでも法解釈の「指針」です。英語にすれば「ガイドライン」。もちろん裁判規範ではないので、拘束力や既判力といったものとは無縁です。ネット関連は、技術やビジネスの変化が激しく、既存の法律が想定していないことが次々起こるので、裁判で解釈が確立するのを待たずに目安となる法解釈を提示できると良いよね、ということで始まったものと認識しています。
予見可能性が高まり法的リスクが小さくなれば、ビジネスがやりやすくなる・・・産業政策としては、極めて特殊なツールかも知れません。行政が司法の領域に手を出すのはどうか、という批判は当然耳にするところです。その限界は、当初から経済産業省も十分に弁えており、一線を踏み越えちゃった訳ではないと思います。
事業者サイドからは、法解釈に名を借りた新たな形態の規制??という警戒感もあるようです。ニュートラルに書いたつもりでも、結果として、今やってるサービスを法的に否定してしまう、或いは事業者に不利な解釈になることは十分にあり得るからだと思います。消費者サイドからは、事業者の責任をどこまで問えるかを明確にしたいというニーズがあり、その点は規制に近い効果もあるのかも知れません。
アウトとセーフの境界を明らかにすることには大きな意味がある、と私自身は思っています。行政規制法と違って、民事の話であれば、引き受けるリスクの度合いと自らのビジネスモデルに応じてそれぞれが対応を決めるのが良い使い方かな、と。
が、最大の問題は、なかなかすっきり明らかにならない、ということだと思います。行政のガイドラインだと言っても、それなりに信用できるものでなければ使ってもらえないので、最終的には、法学者のみで構成される委員会(産業構造審議会情報経済分科会ルール整備小委員会)の査読を経てオーソライズされ、世に出ます。その過程では、様々な思惑の絡んだ利害調整もあり、時期尚早との声も聞こえ、ドラフト段階での思い切った解釈がいつのまにか丸くなってしまうのも、やむを得ないところがあるのです。
こんなふうに書いたらわかりやすい。こんなメッセージが欲しい。でもそれは準則の目的に沿わない。改訂作業の冒頭に必ず繰り返される議論です。これをやらないとエンジンがかからないと仰る先生もおられますw。予見可能性を高めるという目的に沿い、世の中の役に立つものを作るのは、ことほどさように難しいのであります。



