死んだらアカン」訴え…福井・東尋坊で巡回 等(読売新聞)
[2011年08月29日(Mon)]
2011(平成23)年08月29日(月)
読売新聞
ホーム>地域>福井
思い伝わる記事を
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukui/news/20110828-OYT8T00731.htm
「貴女(あなた)の記事を毎朝楽しみにしている人がいる
と信じ、書き続けて下さい。」
いつも手帳にはさんでいる手紙があります。
くじけそうになると見つめて、勇気づけられています。
○
差出人の女性は夫を自殺で亡くし、
家にこもりがちだったそうです。
自死遺族の会の活動を紹介した私の記事に励まされ、
少しずつ外出できるようになったと、つづられていました。
2007年4月の入社以来、福井支局で勤務してきました。
取材や原稿執筆に手間取ったり、上司にしかられたり、
思うような記事を書けなかったり……。
悔しさで涙がこぼれた時、顔も知らない
読者の方々の言葉に何度も救われました。
○
これまでに届いた手紙は27通に上ります。
便せん7枚に小さな文字を詰め込んだものや、
筆でしたためた達筆のはがきなど。
どれも自分の思い入れが深い記事への感想でした。
冒頭の手紙にある自殺問題の記事が、その1つです。
中学時代、友人が自ら命を絶った
悲しみや悔しさが忘れられず、
取材を続けてきました。
活字の力を知ると同時に、
今後も記者の思いが伝わる記事を数多く
書きたいと、気持ちを新たにしています。
○
9月1日(木)付で奈良支局に赴任することになりました。
4年半を過ごした福井は第2の故郷です。
手紙を書いてくれた方、
支えてくれた多くの人に感謝しています。
ありがとうございました。
(青木さやか)
読売新聞 2011年08月29日(月)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2011(平成23)年08月22日(月)
読売新聞
ホーム>新おとな総研>ニュース
「死んだらアカン」訴え…福井・東尋坊で巡回
http://otona.yomiuri.co.jp/news/news110822_05.htm?from=popin
■NPO法人「心に響く文集・編集局」事務局長
川越みさ子さん(58)
主婦業をこなしながら、5月から福井県坂井市・
東尋坊での自殺防止活動の責任者を務めている。
自殺しそうな人がいないかを確かめる毎日2回の巡回や、
思い詰めてやって来た人の相談業務にあたる。
頑張れるのは
「みんなに生きて欲しいから。」
にほかならない。
今月8月17日(水)までに、13人を保護したという。

川越みさ子さん
○
7年間、茂幸雄代表(67)のサポート役に徹してきた。
NPOは5月、福井市のJR福井駅前にも事務所を開設。
親身になって救いの手を差し伸べる“東尋坊の茂さん”が、
新事務所に活動の軸足を移したのを機に、
重責を引き継ぐことになった。
東尋坊タワー近くの事務所には、
深刻な悩みを抱えた人がやって来る。
「死にたい。」
せっぱ詰まった相談者に
「死んだらアカン。」
と心から訴える。
○
宮崎県で生まれ育った。多感な中学2年の頃、
父親と激しいけんかをした末に
「死んでしまえ。」
と言い放った。
土地を巡るトラブルで悩んでいた父は、翌日に自殺する。
「死んだらアカン。」
と声をかけることすらできなかった。
一家の大黒柱を失って精神的に追いつめられたのか、
最愛の母も翌年、自ら死を選んだ。
中学卒業後、逃げるように故郷を離れ、
大阪市内の繊維会社に就職した。
福井市内の男性と結婚後、親戚や自分の娘にも、
両親の自殺をしばらく隠し続けた。
○
福井県警本部の喫茶店で働いていた2003年、
顔見知りで旧三国署の副署長だった茂代表に声をかけられて
活動を始めた。
家族間のトラブル解決などのため、全国を車で走り回り、
相談の電話で夜中にたたき起こされることも。
就職の手助けをした人が数日後、
仕事を辞めて音信不通になるなど、
怒りやむなしさがこみ上げることも多かった。
「私は15歳から1人で頑張って生きてきたのに、
どうしてあなたに出来ないの……。」
だが、少しずつ心境が変化し、
相手の苦しみに寄り添えるようになった。
昨年夏、5か月間生活支援をした人が、
別の場所で自殺を遂げた。
「つらかったね。
苦しくて周りのことが見えなくなっちゃったんだね。」
という感情が自然と沸いた。
「社会や周りの人に愛されず、許されずに
自殺を考えた人たちから
『許す』ことの大切さを学んだ。」
という。
○
再起の道を歩み始めた人たちからのうれしい報告も相次ぐ。
「頑張って働いてる。
川越さんに会いにまた東尋坊に来たよ。」
「出会えてよかった。」――
見守るおだやかなまなざしは「お母さん」そのもの。
「誰でも意味があって人間に生まれたはず。
つらくても生き抜いてほしい。」
(青木さやか)
読売新聞 2011年08月22日(月)
読売新聞
ホーム>地域>福井
思い伝わる記事を
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukui/news/20110828-OYT8T00731.htm
「貴女(あなた)の記事を毎朝楽しみにしている人がいる
と信じ、書き続けて下さい。」
いつも手帳にはさんでいる手紙があります。
くじけそうになると見つめて、勇気づけられています。
○
差出人の女性は夫を自殺で亡くし、
家にこもりがちだったそうです。
自死遺族の会の活動を紹介した私の記事に励まされ、
少しずつ外出できるようになったと、つづられていました。
2007年4月の入社以来、福井支局で勤務してきました。
取材や原稿執筆に手間取ったり、上司にしかられたり、
思うような記事を書けなかったり……。
悔しさで涙がこぼれた時、顔も知らない
読者の方々の言葉に何度も救われました。
○
これまでに届いた手紙は27通に上ります。
便せん7枚に小さな文字を詰め込んだものや、
筆でしたためた達筆のはがきなど。
どれも自分の思い入れが深い記事への感想でした。
冒頭の手紙にある自殺問題の記事が、その1つです。
中学時代、友人が自ら命を絶った
悲しみや悔しさが忘れられず、
取材を続けてきました。
活字の力を知ると同時に、
今後も記者の思いが伝わる記事を数多く
書きたいと、気持ちを新たにしています。
○
9月1日(木)付で奈良支局に赴任することになりました。
4年半を過ごした福井は第2の故郷です。
手紙を書いてくれた方、
支えてくれた多くの人に感謝しています。
ありがとうございました。
(青木さやか)
読売新聞 2011年08月29日(月)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2011(平成23)年08月22日(月)
読売新聞
ホーム>新おとな総研>ニュース
「死んだらアカン」訴え…福井・東尋坊で巡回
http://otona.yomiuri.co.jp/news/news110822_05.htm?from=popin
■NPO法人「心に響く文集・編集局」事務局長
川越みさ子さん(58)
主婦業をこなしながら、5月から福井県坂井市・
東尋坊での自殺防止活動の責任者を務めている。
自殺しそうな人がいないかを確かめる毎日2回の巡回や、
思い詰めてやって来た人の相談業務にあたる。
頑張れるのは
「みんなに生きて欲しいから。」
にほかならない。
今月8月17日(水)までに、13人を保護したという。

川越みさ子さん
○
7年間、茂幸雄代表(67)のサポート役に徹してきた。
NPOは5月、福井市のJR福井駅前にも事務所を開設。
親身になって救いの手を差し伸べる“東尋坊の茂さん”が、
新事務所に活動の軸足を移したのを機に、
重責を引き継ぐことになった。
東尋坊タワー近くの事務所には、
深刻な悩みを抱えた人がやって来る。
「死にたい。」
せっぱ詰まった相談者に
「死んだらアカン。」
と心から訴える。
○
宮崎県で生まれ育った。多感な中学2年の頃、
父親と激しいけんかをした末に
「死んでしまえ。」
と言い放った。
土地を巡るトラブルで悩んでいた父は、翌日に自殺する。
「死んだらアカン。」
と声をかけることすらできなかった。
一家の大黒柱を失って精神的に追いつめられたのか、
最愛の母も翌年、自ら死を選んだ。
中学卒業後、逃げるように故郷を離れ、
大阪市内の繊維会社に就職した。
福井市内の男性と結婚後、親戚や自分の娘にも、
両親の自殺をしばらく隠し続けた。
○
福井県警本部の喫茶店で働いていた2003年、
顔見知りで旧三国署の副署長だった茂代表に声をかけられて
活動を始めた。
家族間のトラブル解決などのため、全国を車で走り回り、
相談の電話で夜中にたたき起こされることも。
就職の手助けをした人が数日後、
仕事を辞めて音信不通になるなど、
怒りやむなしさがこみ上げることも多かった。
「私は15歳から1人で頑張って生きてきたのに、
どうしてあなたに出来ないの……。」
だが、少しずつ心境が変化し、
相手の苦しみに寄り添えるようになった。
昨年夏、5か月間生活支援をした人が、
別の場所で自殺を遂げた。
「つらかったね。
苦しくて周りのことが見えなくなっちゃったんだね。」
という感情が自然と沸いた。
「社会や周りの人に愛されず、許されずに
自殺を考えた人たちから
『許す』ことの大切さを学んだ。」
という。
○
再起の道を歩み始めた人たちからのうれしい報告も相次ぐ。
「頑張って働いてる。
川越さんに会いにまた東尋坊に来たよ。」
「出会えてよかった。」――
見守るおだやかなまなざしは「お母さん」そのもの。
「誰でも意味があって人間に生まれたはず。
つらくても生き抜いてほしい。」
(青木さやか)
読売新聞 2011年08月22日(月)








