2008年12月28日(日)
中日新聞 朝刊
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【社会】
冬の東尋坊で保護相次ぐ 派遣切られても命絶たないで
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008122802000055.html
東尋坊で保護された千葉県市川市の男性。途中の電車の中で
B4判履歴書の裏に遺書(手前)を書いていた=福井県坂井市で
全国で年間3万人を超える自殺者。急激な景気悪化に伴い、
自殺者が多いことで知られる福井県坂井市の東尋坊では、
特定非営利活動法人(NPO法人)が自殺志願者の保護に
懸命に取り組んでいる。11月から今月26日に保護した
8人のうち、生活に行き詰まった非正規労働者は5人もいた。
NPO法人代表の茂(しげ)幸雄さん(64)は
「自殺ではなく、東尋坊を人生の再出発の名所に」
と願い、パトロールを続ける。
このNPO法人は「心に響く文集・編集局」。元警察官だった
茂さんが2004年、自殺を思いとどまるよう呼び掛ける
文集の出版を目的にNPO法人を設立。自殺志願者を見つけて
悩み相談などに取り組んできた。
今月24日には千葉県市川市の男性(34)を保護。
男性は家電量販店の倉庫で働く派遣社員だった。
男性は派遣元から今月7日夜、量販店との契約打ち切りで
8日付の解雇と同日中の寮退去を告げられた。
ネットカフェで寝泊まりし次の派遣会社を探したが、
日当の3分の2を寮費で引かれるなど所持金は底をついた。
「このままでは年が越せない」
と絶望し2日かけて電車を乗り継ぎ東尋坊に来た。
男性は東尋坊に来る前、行政機関などに相談したが
「本当に(仕事を)探す気があるのか」
などと言われたという。
「みんなちゃんとした仕事があるから、そんなことが
言えるんだろうけど。相談してもおれが(職を探す気が
あるのか)疑われるだけ。それが悔しい…」
と唇をかんだ。
11月27日には仙台市の男性(27)が保護された。
男性は10月に三重県内の自動車製造工場に派遣された
が、1カ月後に来年3月末での契約打ち切りを告げられて
いた。
茂さんは
「行政の相談窓口で“たらい回し”とならないよう
住居と就業を一体的に支援できるネットワークを
早急に整備する必要がある」
と指摘する。
坂井西署によると、今年の東尋坊での自殺者は15人で、
11月以降では1人。
【NPO法人「心に響く文集・編集局」】
東尋坊での自殺防止のパトロールなどに取り組み、
自殺志願者を発見して悩みを聞くほか、再就職先を
あっせんするなど、再起に向けた支援も行う。
2004年4月の設立以降、08年12月1日まで
に165人を保護した。会員71人。
2008年12月28日 朝刊
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2008(平成20)年12月25日(木)
朝日新聞
asahi.com>関西>広域記事
派遣切られ東尋坊へ 30代男性、遺書は履歴書の裏に
http://www.asahi.com/kansai/kouiki/OSK200812250004.html
http://www.asahi.com/kansai/kouiki/OSK200812250004_01.html
http://www.asahi.com/kansai/kouiki/OSK200812250004_02.html
東尋坊で保護された後、NPOのスタッフに身の上を打ち明ける男性(左)。
2週間ほど前、「派遣切り」にあったという=福井県坂井市
朝焼けに映える海の美しさに息をのんだ。こんな場所に自分の亡きがらを
沈めていいのかと一瞬ためらった。
クリスマスイブの24日。男性は、日本海にある断崖(だんがい)の景勝地・
東尋坊(福井県坂井市)に、出身地の千葉県から鈍行電車を2日余り乗り継いで来た。
30代、独身。東京都内の大手家電店の物流倉庫で2年間働いていたが、今月7日に
突然、人材派遣会社から契約の打ち切りと退寮を告げられた。
解雇、親友の死、蓄えがなく先行きの見えない暮らし――。
「死んだ方が楽かもしれない」
と思った。
JR福井駅に着いたのは午後11時過ぎ。胸には両親にあてた遺書があった。
東尋坊までの約30キロを夜通し歩いた。作業着にジャンパー姿。所持金は
300円しかなかった。午前4時に東尋坊にたどり着いた。足元が明るくなり、
しばらく死に場所を探した。死をためらい、東尋坊そばの観覧タワーで疲れ切って
眠り込んだ時だった。
「悩んでいるようだけど、お手伝いできますよ」。
午前11時過ぎ、地元で自殺を思いとどまらせる活動を続ける
NPO「心に響く文集・編集局」(茂(しげ)幸雄代表)
の女性スタッフに声をかけられた。
「もう大丈夫。世話はするから安心しなさい」。
茂さんの一言にNPOの相談所で男性は泣き崩れた。
◇
東尋坊で保護された男性に、地元のNPO「心に響く文集・編集局」代表の
茂さんを通じて、身の上を聞かせてもらった。数日前から派遣労働者の自殺に
ついて取材し、保護された人がいたら本人に了解を得た上で紹介してくれるように
依頼していた。
男性は最初、うつむきながら小さい声でぽつぽつと話した。やがて、記者の目を
見ながら、しっかり話すようになった。時折、涙を浮かべることもあった。
5年ほど前に弟が事故死した。給料24万円のうち、残された弟の妻と子どもに
毎月15万円を仕送りしてきた。今春の小学校入学を機に仕送りはやめたが、
生活の蓄えは全くなかった。ネットカフェに泊まるようになった。そのカフェで
財布を盗まれ、支払いができずに無銭飲食で警察に突き出された。
父親に代金を立て替えてもらった。
同じ頃、弟と同学年だった親友が自分同様に派遣契約を打ち切られた。
連絡が取れずに実家に電話をすると「死んだ」と聞かされた。
理由を聞くと、親友の母は泣き出した。心にぽっかり穴が開いた。
同じ派遣の仕事を幾つか経験した。寮費と朝夕の食事代を差し引かれ、給料が
ほとんど残らなかったり、交通費も出してもらえなかったりした。長く続かなかった。
就職について地元の市役所などに相談したが
「本気で仕事を探しているのか」
とあしらわれた。誰も親身に話を聞いてくれない。自殺者が多いと聞いていた
東尋坊が頭に浮かび、足が向かった。
電車の移動中に遺書を書いた。所持していた紙は白紙の履歴書しかなかった。
その裏にこう書いた。
「おやじ、おふくろ、本当にゴメン。最後の最後までめいわくかけるけど、
これが本当に最後だから。いろいろやってみたし、仕事もさがしたけど
何をやってもうまくいかなかった。これ以上は無理……」
今年6月、東京・秋葉原の連続殺傷事件の現場に偶然、居合わせた。
走り込んできたトラックに目の前の男性がはね飛ばされたのを見て、119番
通報した。逮捕された容疑者が派遣社員だったとニュースで知った。
「自暴自棄になっていたのは同じ。一歩間違えば、彼になっていたかもしれない。
最低限でも生活が得られるような、人を追い込まない社会であってほしい」。
男性はそう話した。
県警坂井西署の統計では、東尋坊で年間25人前後が自殺している。
派遣労働者への契約打ち切りが全国で相次いだ11月、茂さんらNPOが
保護したのは6人。昨年の4人、一昨年の2人より多い。6人のうち4人が
職を失った派遣労働者だった。過去に保護された人の動機も
「リストラ」「借金」が主だが、例年を上回るペースで増えている。
茂さんらは坂井市などに東尋坊周辺のパトロール強化や、保護した人の生活支援を
要望している。
取材を終えると、男性は記者に
「派遣会社をやめるたびに、より劣悪な条件の会社へ移らざるを得なかった。
誰かに話を聞いてもらいたかった。話ができてよかった」
と語った。女性スタッフから
「来年はいい年にしないとね」
と声をかけられると、
「はい」
と小さな声で答えた。しばらく福井に滞在し仕事を探すつもりだ。
(田中章博)
2008年12月25日