ワーク・ライフ・バランス[仕事と生活の調和](下)(毎日新聞)
[2008年08月31日(Sun)]
2008(平成20)年08月31日
毎日新聞 東京朝刊
トップ>ニュースセレクト>政治
読む政治・選択の手引:
ワーク・ライフ・バランス(その2)
心身の毒、長時間労働
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080831ddm010010136000c.html
◆ ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)
■ 利益のために命を軽視している、そんな社会がまともですか
■ 組織が大きくなると意思決定に時間がかかる
■ 残業全面禁止の例も
◇ 社外での経験、増やそう
<1面からつづく>
家族の思い出を刻んだ2枚の写真がある。
その間の時の経過はわずか4カ月。しかしそこに写る
当時36歳の夫は、別人のように顔が変わっていた。
愛知県内に住むパート社員の妻(44)は今も悔やむ。
「大変さに気付いてあげられなかった。
仕事なんて投げ出してくれればよかったのに」
夫は中部電力の社員だった。主任に昇進したのを機に
長時間労働が常態化、加えて上司のいじめにも遭い、
99年11月8日、自家用車の中で焼身自殺した。
小学生と保育園児の女児2人がのこされた。
早朝出社、深夜帰宅が続き、「まるで母子家庭」の生活。
それでも夫は、たまに早く帰ると、いとおしむように
娘たちを風呂に入れた。自殺した前の晩もそうだった。
過労自殺と考え申請した労災は、認められなかった。
やむを得ず訴えた裁判。名古屋高裁の勝訴判決確定は、
夫の死から8年後だった。判決は、残業時間を主任になった
8月が86時間、9月93時間、10月117時間、
11月39時間(7日間)とし、上司のパワーハラスメントも
認定。上司は部下の前で叱責(しっせき)を繰り返し、
夫がしていた結婚指輪を
「そんなちゃらちゃらしたものは外せ」
と迫っていた。判決を元に会社から謝罪と再発防止策実施の
約束を勝ち取った。
妻は今、過労死家族の会に加入し活動する。
仕事に殺される人、その家族の悲劇をこれ以上増やしたくない
からだが、過労死や過労自殺の労災認定は過去最悪を
更新し続けているのが現実だ。
「長時間労働は変わらず、さまざまな会社でのいじめも
ひどくなっている。利益のために命を軽視している社会が
まともですか。国は本気で対策に取り組むべきだ」
と訴える。
職場の同僚が夫の死後、教えてくれた。浜田省吾の
「星の指輪」という歌を覚えたいと、夫は言っていたという。
♪ねえ 一番大事なものを気付いたから……
贈ろう夜明け前の空に 輝く星を指輪にして
妻、そして指輪への思いが込められた歌。妻の涙は、かれない。
「せっかく結婚したのに、こんなことでいいのかと思う」。
電機メーカーに勤める東京都三鷹市の女性(41)は、
ため息をつく。勤め先は業績好調で仕事は増えるばかり。
それだけに有給休暇はほとんど取れず、1歳上の会社員の夫と
結婚して2年、残業せずに帰宅したことがない。
新居に2人そろうのは毎晩11時ごろで、遅い夕食が
コンビニ弁当になることも多い。女性は
「子どもは欲しいけど、育てるのはとても無理」
と嘆く。
長時間労働は、社員の心や体、生活設計までも、
むしばんでいく。そのことが組織全体の活力低下を
招きかねないとの危機感が企業側にも芽生え、
対策が取られ始めた。
大手通信企業KDDIは昨年から第2、第3水曜日を
「強制ノー残業デー」とし、午後5時半になると
管理職が社員を強制的に帰宅させている。
「ノー残業デー」は以前からあったが、社員の7割が
「残業が減らない」と社内調査に回答するなど形骸化していた。
帰宅強制で、強制ノー残業の日は96%の社員が定時退社している。
同社でワーク・ライフ・バランス実現に取り組む
「ダイバーシティ推進室」の青沼真美室長(41)は
「組織が大きくなると、社内の打ち合わせが増えて
意思決定に時間がかかる」と長時間労働の原因を分析する。
年功序列を基本としてきた日本の企業では
「先輩や上司が残業している中、自分だけ先に帰れない」
という心理が社員に生まれがちだ。
この問題にメスを入れたのが、住友商事。
05年に残業を原則全面禁止し、許可制を導入した。
法定労働時間を超えた部署は、社長に報告が届く制度を設けた。
「部下を必要以上に長く働かせた上司」
がマイナス評価を受ける仕組みだ。
03年度49・9時間だった月平均残業時間は
昨年度42・8時間に減少。有給休暇の取得日数も増えた。
佐藤直生・人事部労務チーム長は
「各部署の責任者が真剣に残業を減らし始めた」
と話す。
女性従業員の比率が46・8%と高く、ワーク・ライフ・バランスの
先進企業として知られる百貨店の高島屋は、社員が子どもの学校行事の
ために仕事を休める制度も導入。1年半で社員700人以上が利用した。
中川荘一郎・人事政策担当次長は
「社員が会社の外での経験を増やせば、接客や商品開発での
改善も期待できる」
と企業にもたらすプラス面を強調。
「政府はいまだに女性を専業主婦に位置付ける家族モデルを想定し、
保育施設の不足などを招いている。官の発想は、民間の実態から
かけ離れている」
と指摘する。
【白戸圭一、東海林智、塙和也、木下訓明】
◇ [自]「育休取得率10%」行動指針/
[民]時短支援、雇用差別の禁止
◇ 育児、介護など、各党独自方針
国政選挙では「生活重視」を掲げる政党が支持される傾向が
定着してきた。ワーク・ライフ・バランスについても、
与野党各党は独自色を出すべく知恵を絞っている。
福田康夫首相は昨年10月の所信表明演説で
「長時間労働の是正に取り組むなど、
仕事と家庭生活の調和を推進する」
と表明。政府はその2カ月後に「ワーク・ライフ・バランス憲章」
と「行動指針」を制定した。行動指針は、17年を目標に
(1)0・5%にとどまっている男性の育児休暇取得率を
10%に引き上げ
(2)年次有給休暇の完全取得
(3)労働時間週60時間以上の雇用者の割合を半減
−−などの数値目標を掲げる。
民主党は、昨年の参院選マニフェストでワーク・ライフ・
バランスに1項目を割いた。
▽育児・介護のための短時間勤務制度導入などを盛り込んだ
「仕事と家庭の両立支援法」
▽雇用慣行などに残る「間接差別」を禁止する「男女雇用平等法」
−−などの制定を主張している。
公明、共産両党は、父親が育児休業を必ず取得する「父親割当制」
の新設を主張。社民党は、長時間・深夜労働を防ぐ規制導入などを
主張している。
【石川貴教】
==============
◇ 効率労働で収益向上−−日本経団連常務理事・川本裕康氏
従業員30人以上の日本企業で、従業員1人当たりの
所定外労働時間(残業時間)は、01年度から06年度まで
6年連続で増えた。企業がバブル崩壊後に新規採用を控えたため、
中堅クラスの正社員が不足しているからだ。勤勉さは日本社会の
良い面だが、特定の従業員に過度の負担がかかれば不満が高まり、
放置すれば企業と社会全体の活力低下につながる。
日本企業は、85年のプラザ合意で円高傾向が固定された後、
競争力向上のために設備の効率化に取り組んだ。
そして今、日本企業の競争力を維持するためにも、
働き方の効率化に取り組み、ワーク・ライフ・バランスを
実現することが急務となっている。
経団連が昨年10月、会員企業の経営者に
「ワーク・ライフ・バランスを実現するための課題」
を尋ねるアンケート調査を実施したところ、
実に79・5%の経営者が「1人1人の意識改革の難しさ」
を挙げた。長時間労働を見直して仕事と生活を調和させるには、
企業の経営トップの強い変革意欲が必要であることを示す
調査結果だ。
企業がワーク・ライフ・バランスを実現しつつ収益を維持するには、
労働時間の短縮だけでなく、生産性を向上させなければならない。
つまり、メリハリのある働き方の実現である。
さらに少子化、高齢化、人口減が同時進行する日本の社会では、
老若男女の誰もが働きやすい仕組みを考える必要もある。
今後のポイントは、生産性を向上させるための働き方について、
労使間で明確な合意を作ること。あわせて、在宅勤務制度や
短時間勤務制度の導入など柔軟な働き方の仕組みを作ることだ。
これらの取り組みによって、企業は多様な人材を確保できる
ようになる。
経団連は、各種提言や広報活動を通じてワーク・ライフ・バランス
の重要性を訴えてきた。
ワーク・ライフ・バランスの実現に取り組む企業は近年、
着実に増えている。国は、子育て世帯のニーズを把握し、
保育施設の待機児童の解消など企業の取り組みを後押しする
政策に取り組んでほしい。
【構成・白戸圭一】
◇ 権限と責任、あいまい−−作家・高村薫氏
作家になる前に会社勤めをしていた私は、よく言われる
「日本の政治は三流だが、経済は一流」
という話を漠然と信じていた。
ところが90年代に、その考えは不良債権問題によって
根本からひっくり返された。まともな経営者なら
融資先の経営状態をじっと見てから融資し、
失敗すれば責任を取るが、そんな当たり前のことが
行われていなかった。私はそれ以来、
「日本経済は一流」
というのは違うと思っている。
不良債権問題で分かったのは、日本企業には指揮命令系統はあるが、
経営者から社員に至るまでの「権限と責任」に関する明確なシステム
が存在しないということだ。個々の権限が不明確で、したがって
責任の所在もはっきりしない。社員が自分の権限と責任を説明
されることもない。
日本の長時間労働の元凶は、ここにあると思う。
権限と責任の体系があいまいな組織では、現場の社員は何も決定
できず、上に判断を仰ぐ。だが、上司も権限が不明確なので、
責任を伴った意思決定ができない。問題はたらい回しになり、
結局、組織全体の労働時間だけが増える。
1人1人の権限と責任があいまいなので、社員の仕事を評価する
基準もあいまいになる。どういう成果を上げれば評価されるかが
明確でない状態で、社員が効率的な働き方を追求できるわけがない。
「一致団結」といった精神論ばかりが強調されることになる。
評価の基準がはっきりしない状況で、ワーク・ライフ・バランス
実現へ向けて男性の育児休暇制度などを作っても、機能しないだろう。
社員は互いに
「みんなが休暇を取得しない中で自分だけ取得するのは怖い。
他人と違うことはしないでおこう」と考えるだろう。
財界は中高年の解雇や派遣労働導入で人件費を圧縮し、
当面の危機を乗り切ったかに見えるが、本当に作り替えなければ
ならない「権限と責任」の問題は放置している。政治も同様だ。
問題は制度を増やすことではない。大企業経営者が組織の在り方を
根本的に考え直すことが必要だ。
【構成・白戸圭一】
==============
■ 人物略歴
◇ かわもと・ひろやす
日本経済団体連合会労政第一本部長などを経て、
ワーク・ライフ・バランスを担当する常務理事。53歳。
==============
■ 人物略歴
◇ たかむら・かおる
「マークスの山」で直木賞、
「レディ・ジョーカー」で毎日出版文化賞。
他に「新リア王」など。55歳。
==============
「読む政治 選択の手引」は毎月1回掲載します。
毎日新聞 2008年08月31日 東京朝刊
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以上、引用終わり
毎日新聞 東京朝刊
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読む政治・選択の手引:
ワーク・ライフ・バランス(その2)
心身の毒、長時間労働
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080831ddm010010136000c.html
◆ ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)
■ 利益のために命を軽視している、そんな社会がまともですか
■ 組織が大きくなると意思決定に時間がかかる
■ 残業全面禁止の例も
◇ 社外での経験、増やそう
<1面からつづく>
家族の思い出を刻んだ2枚の写真がある。
その間の時の経過はわずか4カ月。しかしそこに写る
当時36歳の夫は、別人のように顔が変わっていた。
愛知県内に住むパート社員の妻(44)は今も悔やむ。
「大変さに気付いてあげられなかった。
仕事なんて投げ出してくれればよかったのに」
夫は中部電力の社員だった。主任に昇進したのを機に
長時間労働が常態化、加えて上司のいじめにも遭い、
99年11月8日、自家用車の中で焼身自殺した。
小学生と保育園児の女児2人がのこされた。
早朝出社、深夜帰宅が続き、「まるで母子家庭」の生活。
それでも夫は、たまに早く帰ると、いとおしむように
娘たちを風呂に入れた。自殺した前の晩もそうだった。
過労自殺と考え申請した労災は、認められなかった。
やむを得ず訴えた裁判。名古屋高裁の勝訴判決確定は、
夫の死から8年後だった。判決は、残業時間を主任になった
8月が86時間、9月93時間、10月117時間、
11月39時間(7日間)とし、上司のパワーハラスメントも
認定。上司は部下の前で叱責(しっせき)を繰り返し、
夫がしていた結婚指輪を
「そんなちゃらちゃらしたものは外せ」
と迫っていた。判決を元に会社から謝罪と再発防止策実施の
約束を勝ち取った。
妻は今、過労死家族の会に加入し活動する。
仕事に殺される人、その家族の悲劇をこれ以上増やしたくない
からだが、過労死や過労自殺の労災認定は過去最悪を
更新し続けているのが現実だ。
「長時間労働は変わらず、さまざまな会社でのいじめも
ひどくなっている。利益のために命を軽視している社会が
まともですか。国は本気で対策に取り組むべきだ」
と訴える。
職場の同僚が夫の死後、教えてくれた。浜田省吾の
「星の指輪」という歌を覚えたいと、夫は言っていたという。
♪ねえ 一番大事なものを気付いたから……
贈ろう夜明け前の空に 輝く星を指輪にして
妻、そして指輪への思いが込められた歌。妻の涙は、かれない。
「せっかく結婚したのに、こんなことでいいのかと思う」。
電機メーカーに勤める東京都三鷹市の女性(41)は、
ため息をつく。勤め先は業績好調で仕事は増えるばかり。
それだけに有給休暇はほとんど取れず、1歳上の会社員の夫と
結婚して2年、残業せずに帰宅したことがない。
新居に2人そろうのは毎晩11時ごろで、遅い夕食が
コンビニ弁当になることも多い。女性は
「子どもは欲しいけど、育てるのはとても無理」
と嘆く。
長時間労働は、社員の心や体、生活設計までも、
むしばんでいく。そのことが組織全体の活力低下を
招きかねないとの危機感が企業側にも芽生え、
対策が取られ始めた。
大手通信企業KDDIは昨年から第2、第3水曜日を
「強制ノー残業デー」とし、午後5時半になると
管理職が社員を強制的に帰宅させている。
「ノー残業デー」は以前からあったが、社員の7割が
「残業が減らない」と社内調査に回答するなど形骸化していた。
帰宅強制で、強制ノー残業の日は96%の社員が定時退社している。
同社でワーク・ライフ・バランス実現に取り組む
「ダイバーシティ推進室」の青沼真美室長(41)は
「組織が大きくなると、社内の打ち合わせが増えて
意思決定に時間がかかる」と長時間労働の原因を分析する。
年功序列を基本としてきた日本の企業では
「先輩や上司が残業している中、自分だけ先に帰れない」
という心理が社員に生まれがちだ。
この問題にメスを入れたのが、住友商事。
05年に残業を原則全面禁止し、許可制を導入した。
法定労働時間を超えた部署は、社長に報告が届く制度を設けた。
「部下を必要以上に長く働かせた上司」
がマイナス評価を受ける仕組みだ。
03年度49・9時間だった月平均残業時間は
昨年度42・8時間に減少。有給休暇の取得日数も増えた。
佐藤直生・人事部労務チーム長は
「各部署の責任者が真剣に残業を減らし始めた」
と話す。
女性従業員の比率が46・8%と高く、ワーク・ライフ・バランスの
先進企業として知られる百貨店の高島屋は、社員が子どもの学校行事の
ために仕事を休める制度も導入。1年半で社員700人以上が利用した。
中川荘一郎・人事政策担当次長は
「社員が会社の外での経験を増やせば、接客や商品開発での
改善も期待できる」
と企業にもたらすプラス面を強調。
「政府はいまだに女性を専業主婦に位置付ける家族モデルを想定し、
保育施設の不足などを招いている。官の発想は、民間の実態から
かけ離れている」
と指摘する。
【白戸圭一、東海林智、塙和也、木下訓明】
◇ [自]「育休取得率10%」行動指針/
[民]時短支援、雇用差別の禁止
◇ 育児、介護など、各党独自方針
国政選挙では「生活重視」を掲げる政党が支持される傾向が
定着してきた。ワーク・ライフ・バランスについても、
与野党各党は独自色を出すべく知恵を絞っている。
福田康夫首相は昨年10月の所信表明演説で
「長時間労働の是正に取り組むなど、
仕事と家庭生活の調和を推進する」
と表明。政府はその2カ月後に「ワーク・ライフ・バランス憲章」
と「行動指針」を制定した。行動指針は、17年を目標に
(1)0・5%にとどまっている男性の育児休暇取得率を
10%に引き上げ
(2)年次有給休暇の完全取得
(3)労働時間週60時間以上の雇用者の割合を半減
−−などの数値目標を掲げる。
民主党は、昨年の参院選マニフェストでワーク・ライフ・
バランスに1項目を割いた。
▽育児・介護のための短時間勤務制度導入などを盛り込んだ
「仕事と家庭の両立支援法」
▽雇用慣行などに残る「間接差別」を禁止する「男女雇用平等法」
−−などの制定を主張している。
公明、共産両党は、父親が育児休業を必ず取得する「父親割当制」
の新設を主張。社民党は、長時間・深夜労働を防ぐ規制導入などを
主張している。
【石川貴教】
==============
◇ 効率労働で収益向上−−日本経団連常務理事・川本裕康氏
従業員30人以上の日本企業で、従業員1人当たりの
所定外労働時間(残業時間)は、01年度から06年度まで
6年連続で増えた。企業がバブル崩壊後に新規採用を控えたため、
中堅クラスの正社員が不足しているからだ。勤勉さは日本社会の
良い面だが、特定の従業員に過度の負担がかかれば不満が高まり、
放置すれば企業と社会全体の活力低下につながる。
日本企業は、85年のプラザ合意で円高傾向が固定された後、
競争力向上のために設備の効率化に取り組んだ。
そして今、日本企業の競争力を維持するためにも、
働き方の効率化に取り組み、ワーク・ライフ・バランスを
実現することが急務となっている。
経団連が昨年10月、会員企業の経営者に
「ワーク・ライフ・バランスを実現するための課題」
を尋ねるアンケート調査を実施したところ、
実に79・5%の経営者が「1人1人の意識改革の難しさ」
を挙げた。長時間労働を見直して仕事と生活を調和させるには、
企業の経営トップの強い変革意欲が必要であることを示す
調査結果だ。
企業がワーク・ライフ・バランスを実現しつつ収益を維持するには、
労働時間の短縮だけでなく、生産性を向上させなければならない。
つまり、メリハリのある働き方の実現である。
さらに少子化、高齢化、人口減が同時進行する日本の社会では、
老若男女の誰もが働きやすい仕組みを考える必要もある。
今後のポイントは、生産性を向上させるための働き方について、
労使間で明確な合意を作ること。あわせて、在宅勤務制度や
短時間勤務制度の導入など柔軟な働き方の仕組みを作ることだ。
これらの取り組みによって、企業は多様な人材を確保できる
ようになる。
経団連は、各種提言や広報活動を通じてワーク・ライフ・バランス
の重要性を訴えてきた。
ワーク・ライフ・バランスの実現に取り組む企業は近年、
着実に増えている。国は、子育て世帯のニーズを把握し、
保育施設の待機児童の解消など企業の取り組みを後押しする
政策に取り組んでほしい。
【構成・白戸圭一】
◇ 権限と責任、あいまい−−作家・高村薫氏
作家になる前に会社勤めをしていた私は、よく言われる
「日本の政治は三流だが、経済は一流」
という話を漠然と信じていた。
ところが90年代に、その考えは不良債権問題によって
根本からひっくり返された。まともな経営者なら
融資先の経営状態をじっと見てから融資し、
失敗すれば責任を取るが、そんな当たり前のことが
行われていなかった。私はそれ以来、
「日本経済は一流」
というのは違うと思っている。
不良債権問題で分かったのは、日本企業には指揮命令系統はあるが、
経営者から社員に至るまでの「権限と責任」に関する明確なシステム
が存在しないということだ。個々の権限が不明確で、したがって
責任の所在もはっきりしない。社員が自分の権限と責任を説明
されることもない。
日本の長時間労働の元凶は、ここにあると思う。
権限と責任の体系があいまいな組織では、現場の社員は何も決定
できず、上に判断を仰ぐ。だが、上司も権限が不明確なので、
責任を伴った意思決定ができない。問題はたらい回しになり、
結局、組織全体の労働時間だけが増える。
1人1人の権限と責任があいまいなので、社員の仕事を評価する
基準もあいまいになる。どういう成果を上げれば評価されるかが
明確でない状態で、社員が効率的な働き方を追求できるわけがない。
「一致団結」といった精神論ばかりが強調されることになる。
評価の基準がはっきりしない状況で、ワーク・ライフ・バランス
実現へ向けて男性の育児休暇制度などを作っても、機能しないだろう。
社員は互いに
「みんなが休暇を取得しない中で自分だけ取得するのは怖い。
他人と違うことはしないでおこう」と考えるだろう。
財界は中高年の解雇や派遣労働導入で人件費を圧縮し、
当面の危機を乗り切ったかに見えるが、本当に作り替えなければ
ならない「権限と責任」の問題は放置している。政治も同様だ。
問題は制度を増やすことではない。大企業経営者が組織の在り方を
根本的に考え直すことが必要だ。
【構成・白戸圭一】
==============
■ 人物略歴
◇ かわもと・ひろやす
日本経済団体連合会労政第一本部長などを経て、
ワーク・ライフ・バランスを担当する常務理事。53歳。
==============
■ 人物略歴
◇ たかむら・かおる
「マークスの山」で直木賞、
「レディ・ジョーカー」で毎日出版文化賞。
他に「新リア王」など。55歳。
==============
「読む政治 選択の手引」は毎月1回掲載します。
毎日新聞 2008年08月31日 東京朝刊
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以上、引用終わり