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臨床死生学・清水哲郎さんインタビュー全文(1)〜(3)(読売新聞) [2011年11月26日(Sat)]
2011(平成23)年11月24日(木)
yomiDr.(読売新聞)
トップ>コラム・ブログ>こころ元気塾

【こころ元気塾】

臨床死生学・清水哲郎さんインタビュー全文
(1)生き残った人の心の傷
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=50710

死にゆく人や、死別の悲しみを抱えた人の
ケアについて考える「臨床死生学」の研究者、
清水哲郎さん(東京大学特任教授)は、
東日本大震災で被害を受けた仙台市に
自宅がある。

生と死が隣り合わせにあった被災地の人々の
「こころ」について語ってもらった。

(針原陽子)



清水哲郎(しみず・てつろう)

1947年、東京都生まれ。
東京大学理学部卒、東京都立大学大学院人文科学研究科
博士課程退学。北海道大助教授、東北大学教授を経て
2007年から現職。

著書・編著は『医療現場に臨む哲学』
『高齢社会を生きる』ほか。





――ご自身の震災被害は。

「自宅は仙台市の高台にあり、
 電気、水道などのライフラインは別として、
 目に見える被害はそれほどありませんでした。

 ただ、東北に住んでいると、知り合いを少したどれば、
 津波で亡くなった人、命からがら助かった人がいます。

 妻のところに来てくれている介護ヘルパーの1人は、
 息子さんが石巻で津波に巻き込まれましたが、
 何とか助かりました。
 途中でぬれた服を着替え、仙台に来る一般の車に
 便乗させてもらってようやくたどり着いたそうです。

 東松島市の保育園に勤めていた知り合いの知り合いは、
 園児を連れて小学校に逃げて無事でしたが、
 多くの遺体を目にしたそうです。
 途中で見かけた車いすのお年寄りも、
 助けられなかったと話していました。」

――少しのことが生死の分かれ目になったのでしょうね。

「亡くなった人はもちろん無念でしょうが、
 生き残った人も心に傷を負っています。
 
 震災後、ある被災者支援グループの物資を運んで、
 被害が大きかった地域に行きました。
 1階部分が津波にやられたお宅の奥さんに
 『大変でしたね。』
 と声をかけました。

 その人は
 『頭の上まで波が来たんだよ。』
 と津波の話をした後、唐突に

 『小学校には先生がいるから、
  私は子どもを迎えに行かなかった。
  迎えに行ったお母さんたちは津波にやられた。』

 と話し出しました。

 お子さんは鉄筋建ての学校の3階に避難して無事で、
 このお母さんが取った行動は結果として正解でした。

 それでも、初対面の人間にも、自分の行動について
 話さずにいられない。
 後ろめたさを感じているようでした。

 もしかして、その地域では、亡くなったお母さんについて
 『子ども思いだったから迎えに行ったんだよなあ。』
 と話題になることもあったかもしれません。」

――「津波の時は、親も子も構わず、てんでに逃げろ。」
  という意味の「津波てんでんこ」という
  言葉があるように、学校に迎えに行かなかったのも
  やむをえない行動だったのでは?

「『てんでんこ』は、津波で多くの人が犠牲になった
 歴史を踏まえ、群れのサバイバル(生存)を目指す
 知恵=理屈だと思います。

 しかし、それをわざわざ言わなければならないのは、
 実際の災害時には、知り合いを助けに行って
 逃げ遅れることが多くあり、逆に、
 声をかけなかった知り合いが亡くなったことで、
 自責の念を抱く人も多いためだと思います。

 『てんでんこ』は、自ら生き抜くための警告であり、
 助かった人が感じる後ろめたさを
 慰める言葉でもあるのではないでしょうか。」

(続く)

読売新聞 2011年11月24日(木)

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

2011(平成23)年11月25日(金)
yomiDr.(読売新聞)
トップ>コラム・ブログ>こころ元気塾

【こころ元気塾】

臨床死生学・清水哲郎さんインタビュー全文
(2)被災地の「同」と「異」
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=50731

――今回の震災でも、お年寄りを説得したり、
  避難を手伝っていたりして逃げ遅れた人たちが
  いたようですね。

「友人の在宅医の所でも、訪問看護師が、
 地震の後、体の不自由な担当患者の家に駆けつけ、
 戻って来た家族と一緒に患者さんを2階に押し上げた
 ところで、津波に襲われて亡くなりました。

 医師はほかの看護師たちに
 『今度そういうことがあったら逃げて。』
 と話したところ、
 『それはできない。』
 と言われたそうです。」

――どう考えればいいのでしょう。

「医師や看護師、介護職などの仕事には、
 そういう責任感がついて回るのでしょうね。

 弱い人を助けようとする人たちの行為や気持ちは尊い。
 しかし、てんでに逃げた人が間違っているわけではない。

 生き残った人には
 『あなたは正しかった。津波てんでんこだよ。』
 と言い続けるしかないのだと思います。」



――清水さんは、この被災者の状況を
  ご自身の研究と重ね合わせて考察されていますね。

「医師や看護師は、医療活動をする時、
 患者や家族に対してどういう対応をするべきかを
 常に考えながら行動しています。

 これが『臨床倫理』ですが、私は、人間同士の関係を
 『同の倫理』『異の倫理』という考え方で
 分析しています。

 『同の倫理』は、
 『相手は自分と同じだ、仲間だから、
 助け合って生きよう。』
 という考え方で、患者と家族は当然『同』が強い。

 一方、『異の倫理』は、
 『自分と相手は異なる。
 別々だから、互いに干渉しないで生きよう。』
 という考え方で、医療者は、患者に対して、
 この2つの考え方をブレンドして接しています。

 この『ブレンド』は、医療現場に限らず、
 あらゆる人間関係で言えることです。

 震災後は、『同の倫理』が強まっています。
 『私たちは、心を1つにして頑張ろう。』
 というのがそれです。

 みんなが『私は私』と言い出すと、
 協力し合うことになりません。それでは復興できない。

 だから、一時的に『同の倫理』に傾くほうが
 いいとは思います。
 しかし、『みんな仲間』一辺倒になると、
 危うい面もあります。」

――どういうことですか。

「例えば、みんな一緒でないと嫌だ、
 ということになることが考えられます。
 同じ地域で、たまたま被害が小さかった家がある。
 すると、
 『あの人の家だけ、たいした被害がなかった。』
 と、周囲の人から、ちょっと『仲間はずれ』のような
 言われ方をすることがあります。

 医療で言えば、がん患者さんが
 『がんになったことのない人には、
  私たちの気持ちはわからない。』
 と言うことがありますよね。

 確かにそうなんでしょう。
 ただ、その言葉はともすると、患者とそれ以外の人の間に
 線を引くように作用してしまいます。

 被災地だと
 『津波に遭っていない人にはわからない。』
 『被害を受けなかった人にはわからない。』
 は、まさにそのように作用してしまうのです。」

(続く)

読売新聞 2011年11月25日(金)
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