特集ワイド:夫よ、父よ、抱え込まないで−−逃すな「自殺サイン」(毎日新聞)
[2010年03月10日(Wed)]
2010(平成22)年03月10日(水)
毎日新聞
トップ>ニュースセレクト>話題
特集ワイド:
夫よ、父よ、抱え込まないで−−逃すな「自殺サイン」
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100310dde012040007000c.html
3月は年間で最も自殺者が増える時期だ。
就職や進学などで環境が変化することに加え、不況の中で
決算期に追いつめられる経営者が多いことも一因とされる。
中でも働き盛りの中高年の多さが際立つ。
自殺を防ぐことはできるのか。
大切な人の「自殺サイン」を見逃さないため何ができるのか。
【山寺 香】
95年以降、14年連続で自殺率がワースト1の秋田県。
しかし、02年から09年で、総数は537人から438人に、
自営業者の自殺は89人から56人に減った。
自殺予防の手掛かりを求め、秋田を訪ねた。
「もう死んでしまった方が楽かもしれません」
JR秋田駅から歩いて15分ほどのビルの一室で、東北地方で
食品販売業を営む60代の男性経営者は、こう漏らした。
この日、経営者の自殺を防止する
NPO法人「蜘蛛(くも)の糸」に相談に訪れていた。
男性は約10年前に車で食品を販売する事業を始めた。
現在の従業員は2人。体格がよく、別の場所で会っていたら、
自信にあふれた経営者に見えただろう。
景気のいい時期は年1,200万円ほどの売り上げがあったが、
最近は車のリース代さえ支払えなくなった。
ここ2カ月は消費者金融数社から借りた金の返済が滞り、
昼夜問わず返済を迫る電話が鳴る。
精神的に追いつめられ、1カ月ほど前から夜眠れない日が続く。
朝方にはびっしょりと冷や汗をかいている。
「なぜ先のことを考えず借金したのか」
「自分の経営判断が間違っていた」……。
自責の念にさいなまれ、自殺が頭をよぎった。
そのころ、新聞でたまたま蜘蛛の糸を知り訪れた。
初めて苦しさを打ち明け
「肩の荷が下りた」
と話すが、これほど追いつめられていることを家族は知らない。
「家族には恥ずかしくて話せない」。
眼鏡の奥の目が一瞬、不安げに揺れた。
◆
蜘蛛の糸の佐藤久男理事長(66)は、02年の設立以来
約2,500回の面接相談を行ってきた。
佐藤さん自身も00年に経営していた不動産会社が倒産。
絶望の中でうつ病になり、自殺衝動と闘った。
その経験から、決算期は経営者の自殺の危険が高まると言う。
2期以上赤字が続くと銀行から金を借りにくくなる上、
「1年間必死に頑張ったのに赤字だった」
という落胆から気持ちの糸が切れてしまう。
築き上げた地位や名誉を失う怖さにおびえながらも、
弱音を吐けず1人で問題を抱え込むケースが少なくない。
佐藤さんは
「自殺を考える人はサインを出しているが微弱」
と言い、周囲が留意すべき3つのサインをあげる。
(1)体重が10キロ近く減る
(2)眠れない
(3)「自分は駄目だ」「死にたい」などと毎日愚痴をこぼす。
「変化に気づいたら、無理やりにでも
相談機関に連れて行ってほしい」。
かつて、妻が夫の体重減少をきっかけに、
自殺を食い止められたケースがあった。
妻が佐藤さんに相談し、佐藤さんが夫に隠しごとはないか
と聞いたところ、借金を打ち明けたのだ。
◆
もう1つの予防対策は生命保険の解約だ。
自殺直前には家族の生活だけは守りたいという気持ちから、
保険金を見込んで死を選ぶケースが少なくない。
「会社の負債を清算できる
5,000万から1億円前後は特に危ない。
危険を感じたら家族が直ちに保険を解約し、
『お父さん解約したわよ』
と伝えることが重要」
と佐藤さんは語る。
食品販売業の男性に対し佐藤さんは、
複数の消費者金融からの借金を、
不動産を担保に銀行からの借り入れに一本化することを提案した。金利は約20%から3%になる。
男性の借金は100万円弱と途方もない金額ではない。
しかし、鳴り続ける督促の電話で精神が参りかけている。
「客観的に見れば大きくない問題でも、
本人の心には深く突き刺さっている可能性がある」
◆
警察庁の統計によると、09年の自殺者数は3万2,753人
(暫定値)。3月は3,097人で最も多い。
年間自殺者数は98年の急増以降12年連続で3万人を超え、
中でも30〜64歳の中高年の自殺が全体の6割を占める。
増加の要因は長引く不況とみられるが、
この年代に特徴的な心理特性も影響しているようだ。
精神科医で「中高年自殺」などの著書がある
防衛医科大学校の高橋祥友教授は、
「中高年の男性は周囲に相談をするのが苦手で、
精神科を受診することへの抵抗が強い」
と指摘する。
他人に弱さを見せられない、相談したからといって
解決できるわけではない、などという気持ちが強いからだ。
だが
「言葉にするだけでも冷静になれたり
視点を変えられることがある」。
◆
高橋教授は自殺の背景には
「孤立がある」
と言う。
「助けてくれる人が誰もいない場合だけでなく、本当はいるのに
『自分は助けてもらう価値が無い』
と思いこんでいる場合も多い。
死にたいという心理の裏側には、
うつ病やアルコール依存症が隠れていることが多い」
とし、「自殺予防の10カ条」を提唱する=表。
「少しでも危険に気づいたら、
なるべく早く専門家や相談機関に行ってほしい。
100%予防することは不可能だが、
早い段階で気づけば救える命はたくさんあるはずだ」
と話す。
◆
また、国も対策に乗り出した。今年から3月を
「自殺対策強化月間」と位置づけキャンペーンを展開している。
着目したのはうつ病の症状の1つである「不眠」だ。
JR新橋駅を中心に「お父さん眠れてる?」と書かれたポスター
を掲示し「2週間以上続く不眠はうつのサイン」と
受診を呼びかける。
比較的抵抗なく答えられる睡眠を切り口に、
うつ病を早期発見するのが狙いだ。
内閣府参与としてキャンペーンを推進する
NPO法人「ライフリンク」の清水康之代表は
「自殺は身勝手な死や覚悟の死では決してなく、
追い込まれた末の死だ。
追い込まれている人に対し、
助けを求めてもよいこと、自殺したいと思うことは
悪いことではないことを伝えたい」
と話す。
3月中には全国のハローワークなどで心の健康相談も実施する。
◆
蜘蛛の糸の佐藤さんが相談者に語りかける。
「死にたいか?
じゃあ死にたいまま生きていこうか。
人生の一時期には死にたい時がある。
だからこそ人間。
『死にたい時』は必ず『生きたい時』に変わる」。
8年間で多くの再出発を見てきた今、こう確信する。
==============
◇自殺予防の10カ条
□ (1)うつ病の症状に気を付ける
□ (2)原因不明の身体の不調が長引く
□ (3)飲酒量が増す
□ (4)自己の安全や健康が保てない
□ (5)仕事の負担が急に増える、大きな失敗をする、
職を失う
□ (6)職場や家庭からのサポートが得られない
□ (7)本人にとって大切なものを失う
□ (8)重症の身体の病気にかかる
□ (9)自殺を口にする
□(10)自殺未遂に及ぶ
※ 高橋祥友著「中高年自殺」(ちくま新書)より
==============
◇「特集ワイド」へご意見、ご感想を
t.yukan@mainichi.co.jp
ファクス03・3212・0279
毎日新聞 2010年03月10日(水)東京夕刊
毎日新聞
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特集ワイド:
夫よ、父よ、抱え込まないで−−逃すな「自殺サイン」
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100310dde012040007000c.html
3月は年間で最も自殺者が増える時期だ。
就職や進学などで環境が変化することに加え、不況の中で
決算期に追いつめられる経営者が多いことも一因とされる。
中でも働き盛りの中高年の多さが際立つ。
自殺を防ぐことはできるのか。
大切な人の「自殺サイン」を見逃さないため何ができるのか。
【山寺 香】
95年以降、14年連続で自殺率がワースト1の秋田県。
しかし、02年から09年で、総数は537人から438人に、
自営業者の自殺は89人から56人に減った。
自殺予防の手掛かりを求め、秋田を訪ねた。
「もう死んでしまった方が楽かもしれません」
JR秋田駅から歩いて15分ほどのビルの一室で、東北地方で
食品販売業を営む60代の男性経営者は、こう漏らした。
この日、経営者の自殺を防止する
NPO法人「蜘蛛(くも)の糸」に相談に訪れていた。
男性は約10年前に車で食品を販売する事業を始めた。
現在の従業員は2人。体格がよく、別の場所で会っていたら、
自信にあふれた経営者に見えただろう。
景気のいい時期は年1,200万円ほどの売り上げがあったが、
最近は車のリース代さえ支払えなくなった。
ここ2カ月は消費者金融数社から借りた金の返済が滞り、
昼夜問わず返済を迫る電話が鳴る。
精神的に追いつめられ、1カ月ほど前から夜眠れない日が続く。
朝方にはびっしょりと冷や汗をかいている。
「なぜ先のことを考えず借金したのか」
「自分の経営判断が間違っていた」……。
自責の念にさいなまれ、自殺が頭をよぎった。
そのころ、新聞でたまたま蜘蛛の糸を知り訪れた。
初めて苦しさを打ち明け
「肩の荷が下りた」
と話すが、これほど追いつめられていることを家族は知らない。
「家族には恥ずかしくて話せない」。
眼鏡の奥の目が一瞬、不安げに揺れた。
◆
蜘蛛の糸の佐藤久男理事長(66)は、02年の設立以来
約2,500回の面接相談を行ってきた。
佐藤さん自身も00年に経営していた不動産会社が倒産。
絶望の中でうつ病になり、自殺衝動と闘った。
その経験から、決算期は経営者の自殺の危険が高まると言う。
2期以上赤字が続くと銀行から金を借りにくくなる上、
「1年間必死に頑張ったのに赤字だった」
という落胆から気持ちの糸が切れてしまう。
築き上げた地位や名誉を失う怖さにおびえながらも、
弱音を吐けず1人で問題を抱え込むケースが少なくない。
佐藤さんは
「自殺を考える人はサインを出しているが微弱」
と言い、周囲が留意すべき3つのサインをあげる。
(1)体重が10キロ近く減る
(2)眠れない
(3)「自分は駄目だ」「死にたい」などと毎日愚痴をこぼす。
「変化に気づいたら、無理やりにでも
相談機関に連れて行ってほしい」。
かつて、妻が夫の体重減少をきっかけに、
自殺を食い止められたケースがあった。
妻が佐藤さんに相談し、佐藤さんが夫に隠しごとはないか
と聞いたところ、借金を打ち明けたのだ。
◆
もう1つの予防対策は生命保険の解約だ。
自殺直前には家族の生活だけは守りたいという気持ちから、
保険金を見込んで死を選ぶケースが少なくない。
「会社の負債を清算できる
5,000万から1億円前後は特に危ない。
危険を感じたら家族が直ちに保険を解約し、
『お父さん解約したわよ』
と伝えることが重要」
と佐藤さんは語る。
食品販売業の男性に対し佐藤さんは、
複数の消費者金融からの借金を、
不動産を担保に銀行からの借り入れに一本化することを提案した。金利は約20%から3%になる。
男性の借金は100万円弱と途方もない金額ではない。
しかし、鳴り続ける督促の電話で精神が参りかけている。
「客観的に見れば大きくない問題でも、
本人の心には深く突き刺さっている可能性がある」
◆
警察庁の統計によると、09年の自殺者数は3万2,753人
(暫定値)。3月は3,097人で最も多い。
年間自殺者数は98年の急増以降12年連続で3万人を超え、
中でも30〜64歳の中高年の自殺が全体の6割を占める。
増加の要因は長引く不況とみられるが、
この年代に特徴的な心理特性も影響しているようだ。
精神科医で「中高年自殺」などの著書がある
防衛医科大学校の高橋祥友教授は、
「中高年の男性は周囲に相談をするのが苦手で、
精神科を受診することへの抵抗が強い」
と指摘する。
他人に弱さを見せられない、相談したからといって
解決できるわけではない、などという気持ちが強いからだ。
だが
「言葉にするだけでも冷静になれたり
視点を変えられることがある」。
◆
高橋教授は自殺の背景には
「孤立がある」
と言う。
「助けてくれる人が誰もいない場合だけでなく、本当はいるのに
『自分は助けてもらう価値が無い』
と思いこんでいる場合も多い。
死にたいという心理の裏側には、
うつ病やアルコール依存症が隠れていることが多い」
とし、「自殺予防の10カ条」を提唱する=表。
「少しでも危険に気づいたら、
なるべく早く専門家や相談機関に行ってほしい。
100%予防することは不可能だが、
早い段階で気づけば救える命はたくさんあるはずだ」
と話す。
◆
また、国も対策に乗り出した。今年から3月を
「自殺対策強化月間」と位置づけキャンペーンを展開している。
着目したのはうつ病の症状の1つである「不眠」だ。
JR新橋駅を中心に「お父さん眠れてる?」と書かれたポスター
を掲示し「2週間以上続く不眠はうつのサイン」と
受診を呼びかける。
比較的抵抗なく答えられる睡眠を切り口に、
うつ病を早期発見するのが狙いだ。
内閣府参与としてキャンペーンを推進する
NPO法人「ライフリンク」の清水康之代表は
「自殺は身勝手な死や覚悟の死では決してなく、
追い込まれた末の死だ。
追い込まれている人に対し、
助けを求めてもよいこと、自殺したいと思うことは
悪いことではないことを伝えたい」
と話す。
3月中には全国のハローワークなどで心の健康相談も実施する。
◆
蜘蛛の糸の佐藤さんが相談者に語りかける。
「死にたいか?
じゃあ死にたいまま生きていこうか。
人生の一時期には死にたい時がある。
だからこそ人間。
『死にたい時』は必ず『生きたい時』に変わる」。
8年間で多くの再出発を見てきた今、こう確信する。
==============
◇自殺予防の10カ条
□ (1)うつ病の症状に気を付ける
□ (2)原因不明の身体の不調が長引く
□ (3)飲酒量が増す
□ (4)自己の安全や健康が保てない
□ (5)仕事の負担が急に増える、大きな失敗をする、
職を失う
□ (6)職場や家庭からのサポートが得られない
□ (7)本人にとって大切なものを失う
□ (8)重症の身体の病気にかかる
□ (9)自殺を口にする
□(10)自殺未遂に及ぶ
※ 高橋祥友著「中高年自殺」(ちくま新書)より
==============
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毎日新聞 2010年03月10日(水)東京夕刊





