平野啓一郎さん:『ドーン』刊行 近未来から現代を問う(毎日新聞)
[2009年09月01日(Tue)]
2009(平成21)年09月01日(水)
毎日新聞 東京夕刊
トップ>エンターテインメント>毎日の本棚
平野啓一郎さん:『ドーン』刊行 近未来から現代を問う
http://mainichi.jp/enta/book/news/20090901dde018040034000c.html
平野啓一郎さんが近未来を描いた長編小説『ドーン』
(講談社・1,890円)を刊行した。
有人火星探査船など、数々の進化したテクノロジーが登場。
物語は未来から現代を照射し、やがて人間の希望を見いだしていく。
著者が初めて未来を題材にした意欲作となった。【棚部秀行】
◇分人主義と明日への希望の物語
「前作『決壊』で人間の暗部を見つめて書いたあとに、自分と
しても出口というか、光を求めていたところがありました。
今回は世の中のいろんな行き詰まりから、少し希望の方へ
向かっていこうというメッセージを込めたつもりです。
『決壊』で深みに下ったところから、戻ってくるような
意味合いです」。
ネット社会で壊れていく人々の心を描いた前作と、
対をなす作品といえそうだ。
2036年のアメリカ。人類初の火星探査から帰還した
日本人宇宙飛行士・佐野明日人(あすと)はスキャンダルに
見舞われつつあった。
6人のクルーが乗り込んだ宇宙船「ドーン」で発生した
ある事件が明らかになる。
米国大統領選に巻き込まれながら、華やかな宇宙飛行士の
功績には影が落ち始める。
作家の想像力を駆使して、未来のテロリズムや徹底した
監視システムなど、社会を構成する数々のインフラや現象が
示される。
なかでも興味深いのは、「分人主義」(ディヴィジュアリズム)
という考え方だ。
一個人が持つ多様な人格を認め、受け入れようとする立場。
コミュニケーションを円滑に図るため、対人関係や場面ごとに
自然に現れる人格=分人を積極的に意識して生きる。
いくつかの分人が合わさって、1つの個人ができていると考える。
「9・11以降、他者とどう生きていくかが、僕らに課せられた
問題だと感じていました。自立した個人同士が対話するという
近代的なモデルは、すでにうまくいかなくなっている。
ある人格は必ず誰かとの関係性のなかに出てくる。
つまり、うまくコミュニケーションをとるために調整された
人格なんです。
他者を多様と認め、他者とちゃんと生きていくには、
そのつど、その人に応じた自分にならざるを得ない。
『分人』という考え方を与えるとすっきりします」
相手があるという点で、二重人格や多重人格とは違う。
また、表面的に仮面を操作する「キャラの使い分け」とも違う。
それぞれの場面で、お互いの関係性のなかにある人格。
その是非は作中の大統領選の争点の1つにもなる。
「もはや肯定的に捉(とら)えざるを得ないというのが、
『ドーン』の分人主義です」
一方、この作品は明日への希望の物語でもある。
明日人は妻の今日子との関係性のなかで、再生を図ろうとする。
未来を舞台にした分人主義をはじめとする緻密(ちみつ)な議論
は、現代人に提示した1つの価値観であると同時に、
読者に前向きなメッセージを伝えるためのプロセスでもあった。
<1つでも満更(まんざら)でもないディヴィジュアルが
あれば、それを足場にして生きていくことが出来るはずだ>
「僕の世代は虚無的なところがあって、引きこもりや自殺者も
多い。死なない理由が必要なんです。
自分を愛する何か。誰かと一緒にいる自分を好きな自分が
いれば、そこを足場にして、今日と明日を結んでいけると
思ったんです。
人を愛することは、その人といる自分を愛せるようになること
じゃないか。苦境に陥ったとき、足場になるような関係性が
あればいい。
最後はなぜ人は人を愛さなければならないか、
なぜ人と一緒に生きていかなければならないのかを
書きたかった」
クルー全員は問題や事件に直面しつつも、
無事に帰還しなければならなかった。
戻る場所があることの大切さ。
分散する人格を受け入れながら、足場となるメーンの関係性に
拠(よ)って立つことで人は生きていける。
「読む前と読んだ後で、自分の何かが変わっている小説が
おもしろい」。
結末が近づくにつれて、夜明け(ドーン)の感覚が胸に残る。
==============
■人物略歴
◇ひらの・けいいちろう
1975年、愛知県生まれ。99年『日蝕』で芥川賞。
毎日新聞 東京夕刊 2009年09月01日(水)
毎日新聞 東京夕刊
トップ>エンターテインメント>毎日の本棚
平野啓一郎さん:『ドーン』刊行 近未来から現代を問う
http://mainichi.jp/enta/book/news/20090901dde018040034000c.html
平野啓一郎さんが近未来を描いた長編小説『ドーン』
(講談社・1,890円)を刊行した。
有人火星探査船など、数々の進化したテクノロジーが登場。
物語は未来から現代を照射し、やがて人間の希望を見いだしていく。
著者が初めて未来を題材にした意欲作となった。【棚部秀行】
◇分人主義と明日への希望の物語
「前作『決壊』で人間の暗部を見つめて書いたあとに、自分と
しても出口というか、光を求めていたところがありました。
今回は世の中のいろんな行き詰まりから、少し希望の方へ
向かっていこうというメッセージを込めたつもりです。
『決壊』で深みに下ったところから、戻ってくるような
意味合いです」。
ネット社会で壊れていく人々の心を描いた前作と、
対をなす作品といえそうだ。
2036年のアメリカ。人類初の火星探査から帰還した
日本人宇宙飛行士・佐野明日人(あすと)はスキャンダルに
見舞われつつあった。
6人のクルーが乗り込んだ宇宙船「ドーン」で発生した
ある事件が明らかになる。
米国大統領選に巻き込まれながら、華やかな宇宙飛行士の
功績には影が落ち始める。
作家の想像力を駆使して、未来のテロリズムや徹底した
監視システムなど、社会を構成する数々のインフラや現象が
示される。
なかでも興味深いのは、「分人主義」(ディヴィジュアリズム)
という考え方だ。
一個人が持つ多様な人格を認め、受け入れようとする立場。
コミュニケーションを円滑に図るため、対人関係や場面ごとに
自然に現れる人格=分人を積極的に意識して生きる。
いくつかの分人が合わさって、1つの個人ができていると考える。
「9・11以降、他者とどう生きていくかが、僕らに課せられた
問題だと感じていました。自立した個人同士が対話するという
近代的なモデルは、すでにうまくいかなくなっている。
ある人格は必ず誰かとの関係性のなかに出てくる。
つまり、うまくコミュニケーションをとるために調整された
人格なんです。
他者を多様と認め、他者とちゃんと生きていくには、
そのつど、その人に応じた自分にならざるを得ない。
『分人』という考え方を与えるとすっきりします」
相手があるという点で、二重人格や多重人格とは違う。
また、表面的に仮面を操作する「キャラの使い分け」とも違う。
それぞれの場面で、お互いの関係性のなかにある人格。
その是非は作中の大統領選の争点の1つにもなる。
「もはや肯定的に捉(とら)えざるを得ないというのが、
『ドーン』の分人主義です」
一方、この作品は明日への希望の物語でもある。
明日人は妻の今日子との関係性のなかで、再生を図ろうとする。
未来を舞台にした分人主義をはじめとする緻密(ちみつ)な議論
は、現代人に提示した1つの価値観であると同時に、
読者に前向きなメッセージを伝えるためのプロセスでもあった。
<1つでも満更(まんざら)でもないディヴィジュアルが
あれば、それを足場にして生きていくことが出来るはずだ>
「僕の世代は虚無的なところがあって、引きこもりや自殺者も
多い。死なない理由が必要なんです。
自分を愛する何か。誰かと一緒にいる自分を好きな自分が
いれば、そこを足場にして、今日と明日を結んでいけると
思ったんです。
人を愛することは、その人といる自分を愛せるようになること
じゃないか。苦境に陥ったとき、足場になるような関係性が
あればいい。
最後はなぜ人は人を愛さなければならないか、
なぜ人と一緒に生きていかなければならないのかを
書きたかった」
クルー全員は問題や事件に直面しつつも、
無事に帰還しなければならなかった。
戻る場所があることの大切さ。
分散する人格を受け入れながら、足場となるメーンの関係性に
拠(よ)って立つことで人は生きていける。
「読む前と読んだ後で、自分の何かが変わっている小説が
おもしろい」。
結末が近づくにつれて、夜明け(ドーン)の感覚が胸に残る。
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■人物略歴
◇ひらの・けいいちろう
1975年、愛知県生まれ。99年『日蝕』で芥川賞。
毎日新聞 東京夕刊 2009年09月01日(水)