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NPO法人宮崎自殺防止センターを応援したい

NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
センターでボランティア活動を始めました。
いろいろと勉強中です。

なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
■ TEL 0985(77)9090
■ 毎週 日・水・金曜日
   午後8時から午後11時まで(3時間)


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自殺予防:東京のNPO、サイト開設 来月に全国の情報掲載(毎日新聞) [2009年03月02日(Mon)]
2009(平成21)年03月02日(月)
毎日新聞 西部夕刊

トップ>オッショイ! 九州>社会

自殺予防:東京のNPO、サイト開設 来月に全国の情報掲載
http://mainichi.jp/seibu/shakai/news/20090302ddg041040014000c.html

◇生活苦、多重債務、心の悩み−−相談窓口

国内で毎年3万人以上の自殺者がある中、その防止活動に取り組む
NPO法人「自殺対策支援センター・ライフリンク」
(東京都、清水康之代表)が生活苦や多重債務、心の悩みなどの
相談窓口の情報を一元化したデータベース

「生きる支援の総合検索サイト」(http://lifelink-db.org)

をインターネット上に開設した。

現在は東京都内の相談機関のみの掲載だが、3月中には
自殺者の多い大阪府、福岡県、北海道、愛知県の情報を掲示。
4月には全国の相談窓口を掲載する予定だ。

清水代表は
「自殺方法など死ぬための情報がネット上にあふれている。
こんな時代だからこそ生きるための情報を提供したい」

と強調する。

サイトでは、自分が抱える問題や希望する相談の形態、相談地域
などを選択していくと、関連する複数の相談窓口や支援策を表示
する仕組み。

いのちの電話や行政の貸し付け支援事業、法律相談など
約1,000カ所を掲載して昨年12月に開設、
月平均約500件のアクセスがあるという。

ライフリンクと東京大などでつくる
「自殺実態解析プロジェクトチーム」が自殺者の遺族らから
聞き取り調査を実施(07年7月〜08年6月、305人)。

72%が生前に相談機関に行っていた。
また、自殺の背景には「うつ病」「生活苦」「負債」など
1人平均で4つの要因を抱えていた。

このためサイトでは、1つの悩みを選んだ際にも、
関連する複数の相談機関の連絡先も一緒に掲載される。

NPO法人「国際ビフレンダーズ・大阪自殺防止センター」
(大阪市)の澤井登志所長は

「苦しい時は、何が悩みの原因なのか分からないことも多い。
サイトは必要な支援策にたどり着ける一助になるのでは」

と話している。 【細川貴代】

毎日新聞 2009年03月02日 西部夕刊
自殺防止:行政の前進期待 国の要人2人、東尋坊訪問 NPO活動も視察/福井(毎日新聞) [2009年03月02日(Mon)]
2009(平成21)年03月02日(月)
毎日新聞 地方版
トップ>地域ニュース>福井

自殺防止:行政の前進期待 
国の要人2人、東尋坊訪問 NPO活動も視察/福井
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20090302ddlk18040183000c.html

自民党の尾辻秀久参院議員会長と、内閣で自殺問題を担当する
鴻池祥肇官房副長官が1日、NPO「心に響く文集・編集局」
(茂 幸雄理事長)の活動を視察したことで、NPOのメンバー
らは、国や自治体レベルでの自殺対策のさらなる前進に期待を
寄せている。【大久保陽一】

NPOの事務所を訪問した2人を前に、茂理事長は
「国民の命を守るのは行政の仕事のはずだ」

と繰り返し、自殺を思いとどまらせる看板の設置や、
保護した自殺志願者を一時収容する施設の整備を両議員に訴えた。

尾辻会長は06年に施行された「自殺対策基本法」制定の
中心メンバーでもある。茂理事長は
「話したいことはすべて言ったつもりだ」

と話し、2人からは東尋坊の自殺対策推進に前向きな返答が
得られたという。

尾辻会長らと共に行った東尋坊のパトロールには、小竹正雄・
健康福祉部長ら県の担当者も初めて同行した。
小竹部長は
「県としても、きめ細やかな自殺対策に取り組んでいきたい」

と話した。

茂理事長は3、4の両日、内閣府に招かれ、自殺対策を担当する
都道府県の担当者向け研修会で講演する。

「ようやく我々の活動も、国や県の理解が得られるようになって
きた。東尋坊の実情を全国に知ってもらうため、パトロールと
同様に情報発信の場も大切にしたい」

と意気込む。

毎日新聞 2009年03月02日 地方版
村上春樹さん:イスラエルの文学賞「エルサレム賞」授賞式・記念講演全文/上(毎日新聞) [2009年03月02日(Mon)]
2009(平成21)年03月02日(月)
毎日新聞
トップ>エンターテインメント>芸術・文化

村上春樹さん:
イスラエルの文学賞「エルサレム賞」授賞式・記念講演全文/上
http://mainichi.jp/enta/art/news/20090302mog00m040057000c.html?link_id=TT003



エルサレム賞の授賞式で賞状を受け取る村上春樹さん(右)
=2月15日、前田英司撮影

作家の村上春樹さんが2月15日、イスラエルの文学賞
「エルサレム賞」の授賞式で行った記念講演が大きな反響を
呼んでいる。

体制を「壁」、個人を「卵」に例え、
「私はいつも卵の側に立つ」
と、作家としての姿勢を語った内容だ。

イスラエル軍の攻撃によってパレスチナ自治区ガザ地区で
1,000人以上が死亡した直後だけに、受賞拒否を求める声も
挙がったが、村上さんは
「語らないよりは語ること」
を選択した、と出席を決めた理由を明言した。

そこで、村上さんが英語で行った講演の録音を文章にし、
全文を2回に分けて掲載する。(翻訳は学芸部・佐藤由紀)

◇小説家は、隠れている真実をおびき出してしっぽをつかみます
◇壁が正しく、卵が間違っていても、私は卵の側に立ちます

こんばんは。私は本日、小説家として、長々とうそを語る専門家
としてエルサレムに来ました(聴衆から笑い)。

もちろん、うそをつくのは小説家だけではありません。
ご存じのようにうそをつく政治家もいます。失礼しました、
大統領(聴衆から笑い)。

外交官や将官も、中古車セールスマンや肉屋、建築業者と同じく、
それぞれの都合に応じてうそをつくことがあります。小説家のうそ
が他と違うのは、誰も不道徳だと非難しないことです。

実際、より大きく上手で独創的なうそをつけばつくほど、
人々や批評家に称賛されます。なぜでしょうか。

私の答えはこうです。巧妙なうそ、つまり真実のような作り話に
よって、小説家は真実を新しい場所に引き出し新しい光を当てる
ことができるからです。

大抵の場合、真実をありのままにとらえて正確に描写するのは
実質的に不可能です。だから、私たち(小説家)は、隠れている
真実をおびき出してフィクションという領域に引きずり出し、
フィクション(小説)の形に転換することで(真実の)しっぽ
をつかもうとします。

でもこの作業をやるには、まず最初に、私たち自身の中の、
どこに真実があるかを明確にする必要があります。
これが上手なうそを創造するための重要な能力なのです。

でも、きょう、うそをつくつもりはありません。
できるだけ正直に話そうと思います。1年のうちで数日しかうそ
をつかない日はないのですが、きょうはたまたまその日に当たり
ます(聴衆から笑い)。

だから、真実をお話ししましょう。日本でかなり多くの人に、
エルサレム賞授賞式に行くべきではないと助言されました。
一部の人には、もし行くなら私の著作の不買運動を起こすとさえ
警告されました。

理由はもちろんガザ地区で起きている激しい戦闘でした。
国連の発表によると、封鎖されたガザ地区で1000人以上が
命を落とし、その多くは子どもや老人を含む非武装の市民でした。

授賞通知をいただいたあと、このような時期にイスラエルに出向き、
文学賞を受けるのは適切なのか、これが紛争当事者の一方を支持
し、圧倒的に優位な軍事力を行使することを選択した国の政策を
承認したとの印象を作ってしまわないか、と、たびたび自問しま
した。

もちろん(そうした印象を与えることも)著作が不買運動の標的
になることも、あってほしくないことです。

しかし、考えに考えた末、最終的にはここに来ることを決め
ました。理由の1つは、あまりにも多くの人が「行くな」と
言ったからでした。

他の多くの小説家と同じように、私は人に言われたのと正反対の
ことをする傾向があります。
もし、「そこへ行くな」とか、「それをするな」と命令されたり、
ましてや警告されたりすると、私は逆に「そこ」へ行ったり「それ」
をやったりしたくなります。

あまのじゃくは小説家である私の天性といえます。
小説家は特別な種類の生き物です。自分の目で見たものや、
自分の手で触れたものでなければ、心から信頼できません。

だから私はこうしてここにいます。欠席するより出席することを
選びました。見ないことより自分で見ることを選びました。
何も語らないより、皆さんに語ることを選びました。

だから、ここでごく個人的なメッセージを1つ紹介させてくだ
さい。小説を書いている時、いつも心に留めていることです。
紙に書いて壁に張ったりはしませんが、心の中の壁に刻まれて
いるもので、こんなふうに表現できます。

<高くて頑丈な壁と、壁にぶつかれば壊れてしまう卵があるなら、
私はいつでも卵の側に立とう>

ええ、どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、
私は卵の側に立ちます。何が正しく何が誤りかという判断は、
誰か別の人にやってもらいましょう。
時間や歴史が決めてくれるかもしれません。

しかし、どんな理由があっても、もし壁の側に立って書く小説家
がいるとすれば、作品にどれほどの価値があるでしょう。

ここで申し上げた壁と卵のメタファー(隠喩(いんゆ))の意味
とは何でしょう。

ごく単純で明らかな例えもあります。爆撃機、戦車、ロケット弾、
そして白リン弾は、高い壁です。

卵は、押しつぶされ、熱に焼かれ、銃で撃たれた武器を持たない
市民たちです。
これがメタファーの1つの意味であり、真実です。
(後半は3日夕方に掲載します)

■ことば

◇エルサレム賞
「社会における個人の自由」のために貢献した外国人作家に
隔年で贈られるイスラエル最高の文学賞。
過去の受賞者には英国の哲学者バートランド・ラッセル、
メキシコの詩人オクタビオ・パス、
米国の作家スーザン・ソンタグらがいる。

■人物略歴

◇むらかみ・はるき
1949年生まれ。79年『風の歌を聴け』でデビュー。
乾いた文体で現代人の喪失感を描き、人気を集めている。
小説以外に、オウム事件の被害者に取材した『アンダーグラウンド』
など、社会的関心を示したノンフィクションもある。

2009年03月02日 毎日新聞
本よみうり堂 書評 『命いとおし』(読売新聞) [2009年03月02日(Mon)]
2009(平成21)年03月02日(月)
読売新聞
ホーム>本よみうり堂>書評



書評 『命いとおし』

安宅 温
出版社:ミネルヴァ書房
発行:2009年02月
ISBN:9784623053520
価格:¥2,100 (本体¥2,000+税)
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20090302bk03.htm

自己に向き合い魂を裸に

塔和子は今年80歳になる詩人である。少女時代にハンセン病を
患い、隔離の島で暮らしながら詩を書き続けてきた。
その半生を、作品を多数紹介しながらたどった評伝である。

本書によって塔和子の詩に初めて接した私は、深い衝撃を受けた。
病の苦しみと差別への怒りを糧に、ひたすらに自己に向き合い、
魂を裸にしていく。

そのきびしさ、いさぎよさ。虐げられた人の文学という先入観を
覆す、強靱(きょうじん)な言葉がそこにはあった。

〈きれいにしていますねと言われれば/ありがとうと答え/
おだやかに笑いますね/と言われれば/そうですかと答えて/
微笑をもらす/けれども/胸の奥に/いまひとりの人への憎しみが
/燃え上がっている/それでも/静かに返事をしている限りは/
誰にもわからない/私はそのかくれみのの内側で/にえかえる釜を
たいて/顔に出そうになるのを/げっぷをがまんするように
おさえて/そぼくな人をだました/そして/日暮れ/があーっと/
少しばかりのものを/地面に吐いた〉(「吐く」)

詩人は25年におよぶ交流のある著者のインタヴューを了承した
ものの、そう簡単には思いを明かさない。

悪名高い「らい予防法」の廃止運動が全国で繰り広げられたとき、
まったく関心を示さなかったのはなぜか。

最愛の伴侶がいたにもかかわらず、父親の後を追って自殺を図った
のはどうしてなのか。

著者は、塔和子の詩を丹念に読み込むことで、言葉少なにしか
語られないその人生に、ゆっくりと分け入っていく。

もう一歩突っ込んで取材してほしかったと思う部分もあるが、
書き手の謙虚な姿勢が、一筋縄ではいかない老詩人の姿を
際立たせているともいえる。

本書を読了してすぐ、私は塔和子の詩集を買いに書店に走った。
同時代のこの稀有(けう)な女性詩人の言葉に、より多くの人が
出会うことを、本書の著者とともに願ってやまない。

◇あたか・はる=1936年、東京都生まれ。
著書に『走れ介護タクシー』『ひびけ青空へ!歓喜の歌』など。

ミネルヴァ書房 2,000円

評・梯(かけはし)久美子(ノンフィクション作家)

(2009年03月02日 読売新聞)
ポルトガル語「いのちの電話」ピンチ(読売新聞/静岡) [2009年03月02日(Mon)]
2009(平成21)年03月02日(月)
読売新聞
ホーム>地域>静岡

ポルトガル語「いのちの電話」ピンチ
ブラジル人相談員 家族失業で帰国
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shizuoka/news/20090301-OYT8T00967.htm?from=nwlb



ポルトガル語の相談にのるブラジル人の相談員

悩みを持つ人からの電話相談に応じている
「浜松いのちの電話」(浜松市中区)のポルトガル語相談が、
景気悪化の影響で存続の危機に直面している。

ボランティアで相談員を務めていたブラジル人が、家族の失業の
ため帰国するなど、相談員を続けられなくなっているためだ。

浜松いのちの電話の川西敏文事務局長によると、
ポルトガル語相談は2004年2月に始まった。

今年1月末までは、5人のブラジル人相談員が交代で、
毎週金曜日の午後7時半から2時間、不慣れな土地で暮らす
ブラジル人からの相談に応じてきた。
ブラジル人からの相談は年間40件ほどあるという。

1月下旬、1年近く相談員を務めてきたブラジル女性が、
夫が失業したことからブラジルに帰国した。

さらに、男性1人が勤務が夜勤に変わったために、
別の女性(53)も派遣社員として働いていた自動車部品工場
の契約を2月末で打ち切られたために、相談員を続けられなく
なった。

この女性は
「人間が悩みを乗り越えるには誰かの手助けが必要。相談員は
続けたいが、仕事が見つからなければ帰国せざるをえない」

と話す。

昨年秋以降、ブラジル人の雇用環境は悪化し、浜松いのちの電話
への相談も深刻さを増している。

以前は、生活習慣の違いから起こる日本人とのトラブルが相談の
中心だったが、最近は
「解雇された夫が家で暴力をふるう」
「仕事を失ってからアダルトサイトにのめり込んでしまい、
多額の請求が来た」

といった、失業が原因となった悩みの相談が増えているという。

浜松いのちの電話では、悩みを抱えるブラジル人は多いとみて、
電話代を気にせず相談できるよう、今春からフリーダイヤルを
導入することも検討している。

川西事務局長は

「今いる相談員もいつ仕事を失うかわからない。
『死にたい』という重い相談を1人で受け止めるのは難しく、
2人態勢で応じるのが原則。ポルトガル語の相談に
毎日応じられるようにしたいと考えており、相談員を早く
確保しなければ」

と頭を抱えている。

浜松いのちの電話のポルトガル語相談の電話番号は
053・474・0333。

(2009年03月02日 読売新聞)
「いのちの電話」相談研修生募集 亜大で4〜6月受講(読売新聞/東京多摩) [2009年03月02日(Mon)]
2009(平成21)年03月02日(月)
読売新聞
ホーム>地域>東京多摩

「いのちの電話」相談研修生募集 亜大で4〜6月受講
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyotama/news/20090302-OYT8T00085.htm?from=nwlb

自殺防止などを目的に、ボランティアで相談者の悩みを電話で
聞く「東京多摩いのちの電話」(事務局・国分寺市)が、
相談員になるための研修生を募集している。

募集するのは、精神疾患や自殺予防対策などの基礎を学ぶ前期研修
(全10回)の受講生。
研修は、4月11日から6月27日までの土曜日の
午後2時〜4時、亜細亜大学内(武蔵野市)で行われる。

相談員になるには、さらに1年半ほどかけて中・後期の研修を
受講し、認定を受けることが必要。

「東京多摩いのちの電話」は、1985年に活動を始め、
現在は約200人の相談員が交代で年中無休で相談にあたって
いる。2008年には15,808件の相談が寄せられている。

このうち、自殺に関する相談は2,349件と約15%を占め、
10年前に比べると
「4倍近くに増えている」(大川宏幸事務局長)
という。

対象は23〜63歳(4月1日現在)で、性別・学歴・職業など
は問わない。受講料は2万円。

希望者は住所、氏名を明記し、90円切手をはった返信用封筒を
〒185・8691 国分寺郵便局私書箱46号
「NPO法人東京多摩いのちの電話」事務局 募集要項係

に送る。締め切りは3月31日。

問い合わせは、同事務局((電)042・328・4441)へ。
相談受け付け((電)042・327・4343)は
午前10時から午後9時まで。

(2009年03月02日 読売新聞)
自殺予防対策テーマに講話 8日、水戸(東京新聞) [2009年03月02日(Mon)]
2009(平成21)年03月02日(月)
東京新聞
トップ>茨城>03月02日の記事一覧

【茨城】
自殺予防対策テーマに講話 8日、水戸
http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20090302/CK2009030202000096.html

県は精神科医からうつ病への対応や心の健康の維持について聞く
「自殺対策フォーラム・メンタルヘルス講座」

を8日午後1時半から、水戸市三の丸の県立図書館二階視聴覚
ホールで開く。

いずれも精神科医で、県精神保健福祉センター長の佐藤茂仁さんが
「自殺の疫学と自殺予防対策」
をテーマに、

東京医科大准教授の市来真彦さんが
「みんなでつくろう こころの元気」
と題して講話をする。

入場無料。定員164人。
問い合わせは県障害福祉課
=(電)029(301)3368=へ。

(伊東浩一)

2009年03月02日
断酒の体験談語る AA宮崎地区20周年(宮崎日日新聞) [2009年03月02日(Mon)]
2009(平成21)年03月02日(月)
宮崎日日新聞
トップ>地域の話題>きりしま

断酒の体験談語る AA宮崎地区20周年
http://www.the-miyanichi.co.jp/contents/index.php?itemid=15355&catid=6

アルコール依存症患者や、その家族らでつくる自助グループ
「アルコホーリクス・アノニマス」(AA)宮崎地区の
20周年記念オープン・スピーカーズ・ミーティングは
1日、都城市の市コミュニティセンターであった。

県内外から約150人が参加し、回復者の体験発表や医療関係者
らの助言に耳を傾けた。

精神病院への入退院を6回以上繰り返したという佐賀県の男性は
「10年前にAAに入り『もう少し生きてみたい』という気持ちを
仲間が後押ししてくれた」

と感謝。鹿児島県の男性は
「アルコール依存症は死ぬまで続くと言われる。AAに参加して
から断酒して21年。仲間の声を励みに頑張りたい」

と誓っていた。



【写真】
アルコール依存症の危険性について話す
細見クリニックの細見院長

2009年03月02日
広島で被爆 64年の歩み聞く(朝日新聞/島根) [2009年03月02日(Mon)]
2009(平成21)年03月02日(月)
朝日新聞
asahi.com>マイタウン>島根

企画特集【リポートしまね】

広島で被爆 64年の歩み聞く
http://mytown.asahi.com/shimane/news.php?k_id=33000150903020001



被爆者健康手帳の取得を希望する女性に手続きを説明する
藤田 肇さん=松江市八束町

◆藤田 肇さん(81)=松江市
「人の2倍 頑張って生きてほしい」/東尋坊で救われた命◆

松江市上乃木7丁目の藤田肇さん(81)は、被爆者団体の
相談員として年20件ほどの相談に応じている。
広島で被爆してから64年の歩みを聞いた。(加戸靖史)

「肇さん、釣りにいかないの?」。
藤田さんは8月6日朝、母の声で目を覚ました。
1945年、京都市内の大学に入ったが、戦時中で講義は皆無。
勤労動員先だった工場も空襲で焼け、広島市西白島町
(現・広島市中区)の実家へ帰っていた。

近くの川でハゼを釣るのが日課だったが、この日はだるかった。
奥座敷でふとんにくるまっていると、ぱぱっと強烈な光が走り、
体が持ち上げられた。爆心地から1・3キロ。
柱の下敷きになった。

銀行支店長だった父が頑丈な農家の一軒家を借りていたのが
幸いした。父と母、13歳下の弟は全員無事。
藤田さんは両親に助け出され、一緒に川の堤防へと逃げのびた。

全身に30カ所以上の傷を負っていた。左腕の深手からの出血が
どうしても止まらない。意識が遠のき始めた。

通りがかった白衣の女性に母が手当てを頼んだ。
女性はタオルを破り、藤田さんが腕がちぎれるかと思うほど
きつく縛り付けた。

「なんぼ痛くても死にやせん。こうしとけば血は止まるけん」
と言って女性は立ち去った。やがて血は止まった。

翌日、白島国民学校(小学校)に通っていた10歳下の妹、
恭子(やす・こ)さんが路上で倒れていたと連絡が入った。
おでこが陥没し、意識は戻らぬまま。家族全員が見守るなか、
5日後に息を引き取った。

戦後、東京へ単身赴任した父は45年末、不慮の事故に遭い、
48歳で急逝した。
母は藤田さんと弟を連れ、父の郷里、松江市に身を寄せた。

■   ■

「原爆に遭った人に嫁はやれん。すぐ後家にするようなものじゃ
ないか」。

大阪で働いていた20代の頃、交際を始めた女性と結婚を夢見た。
日雇い労働でためたなけなしの金を握りしめ、福井県の彼女の実家
を訪ねた。だが、相手の父親はこの一言で、藤田さんの頼みを
すげなく断った。

絶望し、東尋坊(現・福井県坂井市)へ向かった。
飛び降りるつもりでがけの下をのぞき込んだ。足がすくんだ。

「あなた、まさか死ぬ気じゃないの」。
茶店のおばさんが声をかけてきた。
被爆したこと、妹と父を失ったこと、定職に就けずにいること、
結婚に失敗したこと……。思いをすべて打ち明けた。

おばさんは言った。今、あなたが死ねば、お母さんと弟さんが
生きる希望をなくす、と。
「10年間、人の2倍頑張って働きなさい。
10年たってもだめだったらここに戻っておいで。
私があなた一人ぐらい雇ってあげる」。

旅費として1,000円を手渡された。

松江に帰った藤田さんは、松江赤十字病院の炊事員に採用された。
31歳の時、看護師だった美幸さん(78)と結婚し、
1人娘も授かった。

10年余り後、東尋坊へ向かった。
「あなたのおかげで幸せになれました」

と借りた何倍かの金を差し出すと、おばさんは涙を流して喜んだ。
一晩泊まり、語り明かした。

つらい時はいつも、おばさんの言葉で自分を励ました。
篤実な働きぶりが職場で認められ、38歳で事務職に起用された。
課長まで昇進した。

定年退職後、再び訪ねた東尋坊はすっかり観光地に様変わり
していた。おばさんの消息はわからなかった。

今でも時折、おばさんを思い、福井方面の空に向かって
頭を下げる。

■   ■

2月17日、藤田さんは中海にある大根島(松江市八束町)へ
車を走らせた。被爆直後に広島に入ったのに、被爆者健康手帳を
持っていない80代の女性から電話を受けたためだ。

申請書類を渡し、
「一緒に頑張って手帳を取りましょう。それまで長生きして」

と笑顔で語りかけた。

被爆者団体の相談員のほか、地域安全推進員も務めて月1、2回、
地区を車で巡回する。時には高齢者施設を訪れ、得意のカラオケ
で励ます。

人生の残り時間は多くないと思っている。
感謝の念を胸に、最期まで人のために尽くしたいと思う。

昨年暮れ、自殺を考えて東尋坊に来た失業中の男性が
地元NPOに保護されたニュースに心が揺さぶられた。

人形のように愛らしかった妹の恭子さんの時間は原爆で止められた
ままだ。命を自ら捨てようとする人たちには言いたい。

「どんなにつらくても、人の2倍頑張って生きてほしい。
人生は必ず好転するから」

2009年03月02日
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