2009(平成21)年02月02日(月)
医学書院
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第2816号 2009年02月02日
【レポート】
医師の健康に関する国際会議
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02816_02
和田 耕治(北里大学医学部 衛生学公衆衛生学 助教)
「医師の健康に関する国際会議(International Conference on Doctors' Health)」
が英国医師会,米国医師会,カナダ医師会の合同で
2008年11月17日から19日までロンドンで開催された。
この会議は2年前まで米国医師会とカナダ医師会が2年ごとに
それぞれの国で開催していた。
今回は第19回となるが,初めて英国で開催された。
本稿では,医師の健康に関する国際会議の概要と,
諸外国での医師の健康確保や健康増進の取り組みの
具体的な現状,そして今後のわが国での取り組みに
ついて紹介する。
英米加の医師会長によるオープニングスピーチ
今回の学会のメインテーマは
“Doctor's health matters――finding the balance
(医師の健康の重要性――仕事と生活のバランス)”
であった。
取り上げられたテーマは多岐にわたり,医師の生活習慣,バーン
アウト,仕事の満足度,薬物依存,自殺,医師の健康支援の
プログラム,ワークライフバランス,医師が患者となった際の対応
等であった。
参加者は,研修医などの教育プログラムの管理者,臨床医,精神科
医,カウンセラー,そして筆者と同じ立場である働く人の健康を
守る産業医であった。
特筆すべきことは,学会のオープニングでは,英国医師会,米国
医師会,カナダ医師会のそれぞれの医師会長が出席し,医師の健康
を守る取り組みが重要であると語っていたことである。
医師のためのホットラインや疲労マネジメントプログラム
それぞれの国では,医師会が医師の健康確保や健康増進を支援する
ためのセンターを設置している。
英国医師会はDoctors' for Doctors' unitを開設し,医師からのさまざまな
相談に匿名で応じるホットラインを開設している。
自分自身の体調が悪くなった場合やストレスが大きいときに相談
できる。また,医師の家族も相談できたり,医師が家族のことを
相談できたりする。
医師は他の医師に自分の健康やさまざまな家庭の課題について相談
することを躊躇する傾向が強いため,センターに相談が寄せられた
ときにはすでに相当な時間がたっており,緊急な対応が必要となる
可能性がある。
そのためホットラインは24時間提供され,登録した医師や臨床
心理士が迅速に対応する。
米国やカナダでも同様に,州単位で医師会主導のプログラムが提供
されている。
カナダのアルバータ州の医師会では,医師の疲労のマネジメント
プログラムとして,
「睡眠時間をなるべくとる」
といったことだけではなく,
「食事をきちんととる」(写真),
そして
「水分を十分とる」
ということをポスターなどで推奨し,医師が自らの生活習慣を
見直すことを提唱している。
こうしたよい生活習慣は,医師自身が行っていないと患者さんにも
勧められないということもあるため,医師自身が実行することが
患者さんのためにもなると指摘された。
英国のある医療機関では,医療従事者を対象とした運動プログラム
を提供することで,地域のなかで医療機関を「治療の場」だけで
なく,「ウェルビーイングの発信基地」とすることをめざす
取り組みが紹介された。
はじめはさまざまな反発もあったが,継続した取り組みによって
医療機関全体にさまざまなよい変化が出てきたということである。
また,医師がなんらかの疾患(うつ病や認知症など)に罹患して
いることで患者に適切な治療を提供できていない際にはどのように
対応するかということが討論された。
ケースとしては,処方箋の薬の名前を間違うようになったり,薬ではなく街の通りの名前を書いたりといった,認知症が疑われた医師
がとりあげられた。
本人には病気の自覚がなかったため,医師会と協議し対応が行われ
た。
またどこの国も医師不足であるが,その一方で医師の高齢化も
迎えているなかでどのように今後対応するかも検討された。
医師の健康を守るには
読者の皆さんは,医師の健康を医師会や医療機関が組織として支援
する取り組みについてはどのように感じられるであろうか。
「医者の不養生」という言葉があることからして,医師自身が自分
の健康に留意していないということは今に始まったことではない
ようである。
医師が自分自身の健康を守り,よい生活習慣を持ち,そして仕事
だけに忙殺されず,精神的にも肉体的にも健康であることは望ま
しいことである。
しかし,実際にはわが国の多くの医師は過重労働で,運動する習慣
があまりなく,そして大きなストレスにさらされている。
医師は社会的に貴重な人的資源であることには間違いない。
そうした意味で,医師の健康を守ることは社会的にも重要である。
そのためのアプローチとしては,医師自身,医療機関,そして社会
にそれぞれの役割がある。
医師自身は,自分の健康を守るためによい生活習慣を保ち,そして
大きなストレスにさらされた際の対処法を学び,そして体調が悪い
ときには自分だけで判断せず,専門の医師に相談することが求めら
れる。
医療機関は,組織として医師の健康をどう守るかを検討し,職場
環境の改善や,労働時間の短縮,可能であれば医師を対象にした
健康に関するプログラムを提供する。
医師の健康を守ろうとする取り組みは,医師の確保やモチベーショ
ンの維持にもつながるであろう。
社会としては,わが国では日本医師会,学会などの医師の組織,
患者さんが含まれる。
日本医師会では,2008年4月に勤務医の健康支援に関するプロ
ジェクト委員会(委員長=保坂隆・東海大学医学部教授)が組織
された。
今後は医師の健康に関する全国調査や,その結果を踏まえた医師の
健康支援のあり方に関する具体的な施策の展開が検討されている。
「医療再生」としての医師の健康支援
患者さんや国民全体はこうした取り組みをどう受け取るのか。
この点についてカナダから参加した医師は,
「医師には大きなストレスがあること,そのために医師の健康支援
を医療事故の予防や医療の質のために医師会などが実施している
ことを人々に伝えることで,ある程度の評価をされている」
と筆者に語った。わが国でどのようにこうした取り組みを扱うかと
いうことは十分に検討が必要である。
しかし,多面的な支援により,医師が自身の健康を維持し,能力を
存分に発揮できるようになることも医療再生の1つの策であると
筆者は考えている。
本稿で紹介した国際会議は,次回は米国医師会によって2010年に
シカゴで開催される予定である。
また,オーストラリアの医師会でも同様の会議を開催しており,
第6回の会議を2009年 9月にアデレードで開催予定である。
わが国でもこうした取り組みや議論が,今後さらに展開されること
が期待される。
和田耕治氏
2000年産業医大卒。06年McGill大産業保健学修士課程,ポスト
ドクトラルフェロー,07年北里大大学院博士課程修了,
07年より現職。
08年より,日本医師会「勤務医の健康支援に関する委員会」委員。
「新型インフルエンザ専門家会議」委員。
2009年02月02日