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NPO法人宮崎自殺防止センターを応援したい

NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
センターでボランティア活動を始めました。
いろいろと勉強中です。

なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
■ TEL 0985(77)9090
■ 毎週 日・水・金曜日
   午後8時から午後11時まで(3時間)


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出版:13歳・岩脇寛子さんの自殺から20年 両親が命日に「いじめの記憶」/富山(毎日新聞) [2008年12月20日(Sat)]
2008(平成20)年12月20日(土)
毎日新聞 地方版
トップ>地域ニュース>富山

出版:13歳・岩脇寛子さんの自殺から
20年 両親が命日に「いじめの記憶」/富山
http://mainichi.jp/area/toyama/news/20081220ddlk16040623000c.html

◇ 「いつまでも忘れないで」
「もうだれもいじめないで」
との悲痛な遺書を残し、1988年12月21日に
13歳で自殺した岩脇寛子さんの父克己さん(68)
と母寿恵さん(65)=富山市奥田寿町=が、
事件から20年を迎えたのを機に、いじめの状況を
知ろうと取り組んだ訴訟などの活動や、本紙などの
新聞記事をまとめた
「いじめの記憶」
を寛子さんの命日に合わせて出版する。
【青山郁子】

富山市立奥田中1年だった寛子さんは、
同級生からのいじめを苦にアパート4階の
自宅ベランダから飛び降りた。
4日前に13歳になったばかり。
遺書にはいじめた6人の実名を挙げ、
いじめを繰り返すなと訴え、
「私は、この世が大きらいだったよ」
と、自らの苦しみをつづっていた。

両親は同級生たちに配慮し、高校卒業後に
市教育委員会に情報公開請求を行ったが、
公開された文書はほとんどが黒塗りか空白。
クラスメートによる追悼文も事件から約3カ月後、
担任教諭が焼却した。
「真相究明がいじめ根絶につながる」
と、学校に安全保持義務違反があったなどとして
96年に提訴。
1、2審は訴えを棄却し、最高裁への上告も
04年、不受理に終わった。

同書は、自殺前後の思い出や、情報公開請求や
裁判、周囲の支援やいじめで子を亡くした保護者
同士のネットワークの広がりなど7章からなる。
裁判などを伝えた本紙紙面も転載している。
表紙には寛子さんの自筆遺書を掲載。
両親は
「年月が流れても、寛子が死をもって訴えた
ことを忘れずにいてほしい」
と願っている。
B5変形判、262ページ。2100円。
桂書房(076・434・4600)。

◇ いじめなくして、死を選ばないで
−−両親に思いを聞く
寛子さんの死から20年。淡川典子・元富山大教授ら
支援者9人でつくる「編集委員会」の協力で出版に
こぎ着けた克己さんと寿恵さんに、寛子さんやいじめ
などへの思いを聞いた。

「今も『ただいま』と帰ってくるような気がする」。
2人にとって、愛娘を失ってからの20年の年月は
長いようで短かかった。
当初は、突然、自殺という形で一人娘を失い、
何をしていいか分からずにひたすら教育関係の
講演会を訪ね歩いた。

遺書でいじめに加わったと名前が挙げられた
生徒たちが岩脇さん宅を訪れたのは1度きり。
謝罪の言葉もなかった。
寛子さんへの追悼作文を焼却した担任の男性教諭も、
四十九日までは毎日やって来たが、
「その後は音信不通です」。

嫌がらせの電話も相次ぎ、孤独感にうちひしがれた。
そんな2人を支えたのは、当時、
「教育スペースあるむす」代表だった故・山本定明さんら
が作った支援組織「もうひとりにさせないよ! の会」
や、同じように子どもをいじめ自殺で失った親たちとの
交流だった。

娘の死に迫ろうと、市教育委員会への情報公開
請求から裁判まで長い道のりを歩いてきた。
一方で、2人は十七回忌を機に、寛子さんの部屋を
少しずつ整理していった。
寛子さんが大切にしていたピアノも友人に譲った。
今月、1つのテープを聞いた。
「寛子の声は元気ではきはきとして、いじめを
うかがわせる様子はなかった」。

完成した本が岩脇さん方に届いたのは
12月17日の夜。
寛子さんの誕生日だった。生きていれば33歳。
孫がいたかもしれない。
年齢が止まったままの娘のためにケーキを買った。
克己さんは
「お年寄りや子ども、障害を持つ人にも優しく、
友人が靴を隠されると一緒に探してやるような
子だった。寂しくて仕方ない」
と漏らした。

今もなお、いじめやそのための自殺はなくならない。
寿恵さんは
「地域、学校、保護者が一体となり、
どうかいじめをなくしてほしい。
なくせずとも、目の前のいじめや、被害者が
自ら死を選ぶようなことだけは止めてほしい」
と訴えた。

【青山郁子】

毎日新聞 2008年12月20日 地方版
自殺電話相談が急増、「失業」理由目立つ…北九州(読売新聞) [2008年12月20日(Sat)]
2008(平成20)年12月20日(土)
読売新聞
トップ>九州発>地域版

自殺電話相談が急増、「失業」理由目立つ…北九州
http://kyushu.yomiuri.co.jp/local/fukuoka/20081220-OYS1T00541.htm

悩み相談を受ける「北九州いのちの電話」
(小野亭雄理事長)に寄せられる自殺に
関する相談が今年急増している。

事務局によると、自殺相談は11月末現在で
1676件にのぼり、1977年の開局以降で
最多だった昨年1年間の1365件をすでに
超えている。
急激な景気悪化の中、失業に絡む内容も
目立ち始めている。

全体の相談件数は2003年の約2万8000件
をピークに年々減少。
昨年は約1万9000件、
今年も11月末までで約1万7900件となっている。
ところが、うち自殺相談件数は2000年から年々増加。
03年以降は1000件を超える状態が続いている。

今年の自殺相談の内訳は男性789件、女性887件。
従来と同じく、うつ病など病気に関する内容が多いが、
景気悪化の深刻化に伴い、最近は失業をはじめ
内定取り消し、貧困に関連するものも出てきている。
相談電話は093・671・4343。
年中無休、24時間体制で受け付けている。

(2008年12月20日 読売新聞)
自殺と向き合う遺族(朝日新聞/岐阜) [2008年12月20日(Sat)]
2008(平成20)年12月20日(土)
朝日新聞
asahi.com>マイタウン>岐阜>08ぎふを振り返る

【08ぎふを振り返る】

(4)自殺と向き合う遺族
http://mytown.asahi.com/gifu/news.php?k_id=22000300812220001



夫が亡くなる30分前、女性に送ってきた最後の携帯メールは、
持ち場での事故を知らせる内容だった

「ねえ、ところで彼氏はいるの?」。
何度目かにおじゃました帰り際、女性(59)に声をかけられた。
場を和ませようという気遣いかと思ったが、続いた言葉は重かった。
「いつかあなたが結婚するなら、優しくなくてもいい。
心の強い人を選んで。不幸になってほしくないの。私みたいに」

岐阜市職員だった女性の夫(当時54)は、昨年11月の昼休み中、
勤め先の市役所8階から飛び降り、死亡した。
自宅に残されたパソコンからは、仕事上の問題点を独自に整理
しようとした形跡のほか、
「怒鳴られることの恐怖感からどんどん萎縮(い・しゅく)
していき自信を喪失していった」
「ここまでのことで限界が来た」
「これ以上自分を傷つけて何の得があるのか」
などとつづられた文書が見つかった。

夫を追いつめたのは、仕事上のストレスとパワーハラスメント
だったのではないか――。女性は今年5月、民間の労災にあたる
公務災害申請に踏み切った。

女性の探求は続いている。当時の様子を知る同僚ら20人以上
に会って話を聞き、夫を悩ませていた市の業務に関して
情報公開請求した。集めた黒塗りだらけの資料は段ボール1箱
を超えた。

夫が亡くなる直前の様子を聞き取るのは、死の場面を何度も
想像するつらい作業でもある。わざと笑顔を見せて話を聞いて
も、1人になると寂しさが押し寄せてくる。
夜の眠りは浅く、必ず2時間おきに目が覚めるという。
心に突き刺さった疑問への答えは、見つからないままなのだろう。

98年以降、全国で毎年3万人以上が自殺している。交通事故
死者の5倍以上だ。今年も硫化水素自殺が頻発した。
県警担当記者として、死に接する機会が多い中でも、特に自ら
命を絶つ事件には、やりきれなさばかりが残った。

自殺の動機は人間関係や病気などが複雑に絡み合い、ひとくくり
にはできない。しかし、残された家族が、
「自殺を止められなかった」
と自分を責めたり、だれにも悩みを話せず孤立したりしている
現状があると、県精神保健福祉センターは指摘する。

以前、他県で取材した「いのちの電話」相談員の女性の言葉が
忘れられない。

「どんなに心配になっても、電話の相手に会いに行くことは
許されない。だから電話を切ってから何日も、新聞を隅から
隅まで探して自殺の記事がないことを確認し、胸をなで下ろす
んです。きっと生きていてくれる。よかったって」

(上田 真由美)

■ 自殺の予防と遺族支援

県警が把握した昨年の県内での自殺者は518人。
今年は11月末までに443人で、このうち17人が
硫化水素自殺だった。親が子を巻き添えにした無理心中は
3件あり、6人が命を失った。

県は昨年8月に自殺総合対策協議会を設置。自殺について
理解を深め、地域で予防や遺族支援をするためのフォーラム
を開いたり、医療機関で働く人を対象に早期対応の中心と
なる人材養成講座を行ったりしている。
現在、県内に自死遺族の自助グループはなく、立ち上げ
準備段階だ。

2008年12月20日
天童荒太さんが新作『悼む人』 命に軽重つける世界問う(朝日新聞) [2008年12月20日(Sat)]
2008(平成20)年12月20日(土)
朝日新聞
asahi.com>エンタメ>BOOK>ひと・流行・話題

天童荒太さんが新作『悼む人』 命に軽重つける世界問う
http://book.asahi.com/clip/TKY200812200061.html



「信頼できる大人がいることを、作家として示し続けていく」
と話す天童荒太さん=東京都内

家族や親子関係を通して現代社会と向き合う作家、天童荒太さんの
新作『悼む人』(文芸春秋)が刊行された。



傷を持ち、生きづらさを感じる人の立場から『永遠の仔』などを
描いた経験を深め、命に軽重をつけることを当たり前のこととする
世界のあり方を問い直す7年がかりの力作となった。

物語は、事件や事故死の現場を訪れ、死者を悼む放浪の旅を続ける
男性を中心に、彼に反発を感じながらも変わっていく雑誌記者や、
彼とともに歩き続ける夫殺しの過去を持つ女性の姿などを描いた。

「大きな事件の死者は大きく報道され、ありふれた事件や事故の
死者は軽く扱われることに、どこか矛盾を感じていました。

人の死を公平に扱わない社会は生きている人も公平に扱わず、
軽重をつけてしまうはずです」

『永遠の仔』を書き上げ、つらい立場にいる人たちの側に立つ
気持ちを固めて以来、抱えていた疑問だった。

「人間にとって一番大切なことは、誰に愛され、誰を愛したのか、
何をしたのか―― それを誰かに覚えていて欲しいということでは
ないでしょうか。

誰かが覚えていてくれると思えば、肯定感になる。
人の死に少し思いをはせることで、命の重さのアンバランスさが
変わるはずです」

『悼む人』のアイデアの原型が生まれたのは01年。
7年以上、このテーマを考えてきた。哲学的とも奇想ともいえる
発想は、切実な物語になった。

「『悼む人』のアイデアから、まず『包帯クラブ』を若い人のため
に書きました。死に軽重がつけられるように、心の傷にも軽重が
つけられています。どんな傷も公平にみられるようになれば、
生きづらさも減るはずです」

『包帯クラブ』では高校生たちが傷ついた場所に包帯を巻き、
『悼む人』は死の現場で追悼の言葉をつぶやく。

「そんなことは意味がないと言われると思います。
しかし、世界は意味があるものだけを追って醜くなってしまった。
ささやかなことを続けることが大事だと思います」

格差肯定に進む社会のなかで、この小説は、文学の想像力がかける
セーフティーネットのようにもなった。
小説に求道的に向き合う姿には、地の塩という言葉が似合う。

「何でも書ける作家ではありません。『永遠の仔』に共感してくれ
た読者を裏切らないよう、読者と対話をしながらこつこつと書いて
きたら、思いがけず世界の根幹にふれることになりました」

(加藤 修)
自殺防止:「自殺したらあかん!」NPO理事長の茂さん励まし本出版/福井(毎日新聞) [2008年12月20日(Sat)]
2008(平成20)年12月20日(土)
毎日新聞 地方版
トップ>地域ニュース>福井

自殺防止:「自殺したらあかん!」
NPO理事長の茂さん励まし本出版/福井
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20081220ddlk18040587000c.html

◇ 東尋坊の“ちょっと待ておじさん”の呼びかけ
坂井市の東尋坊で自殺防止パトロールに取り組む
NPO「心に響く文集・編集局」の茂幸雄理事長が、
「自殺したらあかん! 東尋坊のちょっと待ておじさん」
(三省堂、1680円)を出版した。
今月1日から全国の書店で発売されている。
活動記録と共に、自殺を考える人たちへの
励ましのメッセージがつづられている。

茂理事長は04年、東尋坊に自殺志願者の相談所を
開設し、毎日のパトロールを通じてこれまでに
165人を保護してきた。同書では、茂理事長が
「今年、保護した中で最も印象に残った」
という6人の、それぞれが自殺を考えるまで
追い込まれた状況を詳細に記載した。

東尋坊で保護した男性を自宅に帰したものの、
母親が玄関先で首つり自殺していたという
痛ましい現実も赤裸々に書かれている。
だが、茂理事長の
「生きてさえいれば、必ずいいことがある」
との呼びかけに、全員が再起を誓っている。

このほか、県警三国署(現・坂井西署)の
副署長だった茂理事長が行政の自殺対策に
疑問を持ち、定年退職後にNPO活動を始めた
ことや、東尋坊での年間自殺者数の推移、
全国からNPOに寄せられた応援メッセージ
なども紹介している。

茂理事長は
「人生に悩んでいる人がこの本を読み、
自殺を思いとどまる一助になってくれれば」
と話している。

【大久保陽一】

毎日新聞 2008年12月20日 地方版
歳末版 いのちの大切さ伝えたい(毎日新聞/栃木) [2008年12月20日(Sat)]
2008(平成20)年12月20日(土)
毎日新聞 地方版
トップ>地域ニュース>栃木

歳末版 いのちの大切さ伝えたい
=戸上文恵/栃木
http://mainichi.jp/area/tochigi/hako/news/20081220ddlk09070292000c.html

先日、大学のゼミの後輩に招かれ、
自分の仕事について講演する機会があった。
記者になってまだ4年目。
「人前で偉そうに語る資格があるのか」
と自問しながらも、これから就職活動
(就活)に励む後輩たちにエールを送った。

講演を前に、自分の就活を思い出し、
入社志望書を久しぶりに開いた。
「なぜ記者を目指すのか」
「どんな仕事に取り組みたいか」
といった質問が並ぶ。
私が書いた答えは、
「いのちの大切さを伝える報道をしたい」。

そのころ、私の頭の中にあった「いのち」には
いろんな意味があった。
戦争を語り継ぐことや自殺を減らすこと。
中でも、大学時代に家族法のゼミで学んだ
DV(家庭内暴力)や児童虐待の問題に
関心を持っていた。

家庭内で起こる暴力は、しばしば「夫婦げんか」
や「しつけ」として見逃される。
DVや児童虐待を防止する法律ができても、
人々の意識が変わらなければ、問題は解決しない。
当事者の声を伝え、「DVや児童虐待は犯罪だ」
と世の中に訴えられるのは、記者だと思った。
入社試験で志望理由を聞かれ、そんなことを熱弁
した。

この1年、事件や事故、自殺などで身近な人を
失った方の話を数々聞くことができた。
しかし、いのちの大切さを十分伝える報道が
できたと胸を張って言えるのか−−。
反省することは多い。

22歳の私が掲げた
「いのちの大切さを伝える」
という大きすぎる目標。
入社志望書を読み返して、当時の自分に
「ちゃんと頑張っているのか」と叱咤(しった)
されている気持ちになった。
記者になりたいと思った原点を忘れずにいたい。

(宇都宮支局)

毎日新聞 2008年12月20日 地方版
がんを生きる:寄り添いびと/5止 結び直した父との絆(毎日新聞) [2008年12月20日(Sat)]
NPO法人国際ビフレンダーズ宮崎自殺防止
センターでも、電話相談員となるビフレンダー
を養成している。

今年は第4期生、第5期生の研修が行われ、
新たなビフレンダーが誕生した (^_^)



「寄り添いびと」となってくださる方々が、
この世の中にもっと増えたらうれしい。

この活動に興味・関心のある方は、
ぜひともご連絡をいただきたい。

NPO法人宮崎自殺防止センター

電話 0985(77)9090

日・水・金曜日 午後8時から午後11時まで



毎日新聞の一連の記事を読み、
西原ご夫妻のことばが聞こえてくるようで、
なんだか泣けてきた。

初心を忘れることなく、
先輩や仲間たちともども
がんばっていきたい。

以下、引用

*******

2008(平成20)年12月20日(土)
毎日新聞 東京朝刊
トップ>ライフスタイル>健康>福祉・介護

がんを生きる:寄り添いびと/5止
結び直した父との絆
http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20081220ddm041040013000c.html

◇ いつか故郷で人の痛みに
東京・新宿の自殺防止センターで、
3カ月間にわたって開かれた
ボランティア研修が終わった。
10人の研修生が、新たにビフレンダー
(相談員)の仲間に加わった。

「これからが本番ですよ」。
17日夜。末期の大腸がんと宣告されつつ
センターを引っ張ってきた西原明さん(79)が
言葉をかけると、新人たちは居住まいを正した。

その中に直美さん(38)の姿もあった。
3月に故郷の秋田に住む父親(69)を
亡くしている。

「お父さん、末期の胃がんであと半年だって」

母親(63)から電話があったのは昨年9月。
「私にはお父さんとの思い出がない……」。
切ない知らせだった。

物心ついたころから、両親は不仲で、高校生の時に
別居した。直美さんは母や妹と暮らした。
父とは疎遠になり、東京で働き始めてからは、
帰省した時、たまに顔を見せる程度になった。

「まだ間に合う」。
絆(きずな)を結び直そうと思った。
毎週金曜の夜に東京駅から新幹線に飛び乗り、
日曜の最終で帰る。そんな週末帰省を続けた。

最初は父娘の間に戸惑いもあったが、
いつしか心待ちにしてくれるようになった。
「今度は?」
と父が尋ね、直美さんが病室のカレンダーの日付を
丸で囲んだ。
「電車代、大変だろ」
と父は時々、小遣いを渡した。
いつもハイタッチでつかの間の別れを惜しんだ。

少年時代の話もよくしてくれた。
かけっこが大好きだったこと。
魚や野菜をリヤカーに積んで弟と行商したこと。
水入らずの時間だった。

病状が進んだ時、泣き言を口にしなかった父が、
あまりの激痛に
「助けてくれ」
と絶叫した。
思わず抱きしめると、ジョギングで鍛えて
筋骨隆々だったはずの父は、とても小さく、
細かった。

「ごめんね。一度帰る」。
亡くなる前日の日曜日に父親にかけた最後の言葉。
唇に耳を寄せたら
「あ・り・が・とう。げ・ん・き・で・な」
とかすかに聞こえた。

ひつぎには母と相談して運動靴とジャージーを入れた。
「天国に行ったらまた走れるかな」。
病床でつぶやいた父の言葉を思い出した。

秋。直美さんはセンターにやってきた。

<父の死を通して、何か私にもできることが
あればと考えました>

志望動機にはそう記した。故郷の秋田は自殺多発県だ。
「いつか故郷で、人の痛みに寄り添う仕事をしたい」
と仲間たちに言った。

研修の最終日、明さんは妻由記子さん(74)と
一緒に都内のホスピスに面接に行った。
最期の時間の選択肢を増やしておきたいと
思ったからだ。

「できるだけセンターの仕事を続け、
いずれやっかいになるかもしれません」。
明さんは医師に言った。そして
「人が死にゆくプロセスはいかなるものか。私自身を
見つめながら残りの時間を過ごしたい」と続けた。

30年前に大阪で産声を上げた自殺防止センター。
西原夫妻がまいた種は多くの仲間たちを得て、
未来へと命をつなぐ。

【萩尾信也】=おわり

==============

ご意見・ご感想を手紙
(〒100−8051 毎日新聞社会部)、
ファクス(03・3212・0635)、
電子メール(t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp)
でお寄せください。

毎日新聞 2008年12月20日 東京朝刊

*******

以上、引用終わり
孤独死…代々木の借家から白骨遺体、6年以上前に死亡も気付かず(MSN産経ニュース) [2008年12月20日(Sat)]
2008(平成20)年12月20日(土)
MSN産経ニュース
ニューストップ>事件>犯罪・疑惑

孤独死…代々木の借家から白骨遺体、6年以上前に死亡も気付かず
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081220/crm0812200043003-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081220/crm0812200043003-n2.htm



6年以上前に死亡したとみられる男性の
白骨遺体が見つかった借家=東京都渋谷区代々木

年の瀬。ビルのはざまにある東京・代々木の借家から、
男性の白骨遺体が見つかった。
病死とみられ、死後6年以上が過ぎているという。
男性は借家で妻子と「幸せな家庭」を築いていたが、
離婚して行方不明に。人知れず借家に戻って
「孤独死」した。
その後も誰に気づかれることなく、放置された。
師走の悲しすぎる現実…。
都会の人間関係の希薄さが浮かび上がる。
(石井那納子)

■ 偶然の発見

JR代々木駅から徒歩1分、雑居ビルに囲まれた
谷間のような一角に借家はある。
古い木造家屋の窓ガラスは割れ、屋内には落ち葉が
舞い込んでいた。

今月2日、地権者の男性が借家に入ると、
居間にはゴミや本、衣類が散乱し、それらに
埋もれるように、洋服を着たままの白骨遺体が
見つかった。

男性は約10年前から家賃を支払わなくなり、
家具などを残して失踪(しっそう)したと
みられていた。

ところが今年9月に父親から借家を遺産相続した
地権者が、借家を建て替えようと下見に訪れ、
偶然白骨遺体を見つけたのだ。
「事情がよく分からない」。
地権者は困惑するばかり。

警視庁原宿署は男性の弟を捜し出し、
DNAの簡易鑑定を行った。
すると、遺体は失踪していたはずの男性と
判明した。

昭和17年生まれ、生存していれば66歳。
遺体の状況などから死後6〜8年経過しており、
50代後半で亡くなったとみられる。

■ 離婚と失踪

「なぜ、気づかなかったのか」。
生まれたときから代々木に住み、男性と顔見知り
だった自営業、石塚栄さん(70)は
聞き込みに来た原宿署員から男性の死を伝えられ、
後悔を募らせた。
借家に男性が戻っていたことさえも気づいて
いなかった。

石塚さんらの話からは男性のもの悲しい人生が
浮かんでくる。

男性は塗装工で、大工仕事も得意としていた。
平成元年に結婚し、長女も生まれた。
石塚さんが自宅の修繕を頼むと、
長女を隣で遊ばせながら作業をしていた。
「幸せな家庭を持つ父親そのものだった」

ところが、9年に離婚し、一人娘は妻に引き取られて
いった。独り身になり間もなく、男性を見かけなく
なったという。家賃の支払いも途絶えた。
男性は家族と離ればなれになった失意を抱え
一時、姿を消したのか…。

約8年前には金を借りるため弟を訪ねたが、
それ以降、親族とも音信不通に。
捜索願が出されることもなかった。
「幸せな家庭」を忘れられなかったのか、
男性は借家に戻り、そして、ひっそりと死んだ。

「誰にもみとられなかったのか。そう思うとやるせない」

石塚さんは声を落とした。

原宿署は元妻と連絡を取ったが、元妻は男性が
亡くなり6年以上が経過していた事実を
18歳になった娘に知らせていないという。



「孤独死」して何年も遺体が発見されない
ケースはこれまでにも散見されてきた。
高齢化社会が進み、今後も同じ傾向が続くと
危惧(きぐ)されている。

独立行政法人「都市再生機構」が全国で管理する
賃貸住宅での孤独死は平成11年度の207人から、
18年度は517人と7年間で約2・5倍に
急増している。

厚生労働省の調べによると、東京23区では
16年度の孤独死は2718人だった。

16年4月には豊島区池袋のアパート解体現場
から、布団の中で白骨化した遺体が発見された。
遺体は昭和2年生まれの男性。
室内には59年2月の新聞が残され、
同じ月のカレンダーが張られていたことなどから、
病死後、約20年間放置されていたとみられる。

新宿区でも約10年前、アパートで死後5年経過
した白骨遺体が見つかった。
同区が13年に実施した調査によると、
高齢者の14・6%が
「近所とほとんど付き合いがない」
と回答しており、孤独死予備軍の存在が
浮き彫りになっている。



評論家の塩田丸男さんの話
「6年以上という長い間発見されずにいた
ことは信じがたいが、それが起きてしまう
ところに、東京をはじめ大都会が異常な
状況にあると気付かなければいけない。
親族が必死に探していたならまだしも、
捜索願さえ出していないとは。
孤独死は近代都市生活の盲点だ。
人付き合いをわずらわしいと感じる
若年層が増加傾向にある現状では、
孤独死はひとり暮らしの高齢者だけの
問題ではないといえる」

2008.12.20 00:42
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