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NPO法人宮崎自殺防止センターを応援したい

NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
センターでボランティア活動を始めました。
いろいろと勉強中です。

なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
■ TEL 0985(77)9090
■ 毎週 日・水・金曜日
   午後8時から午後11時まで(3時間)


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28棟の団地、無人に トヨタ田原寮(読売新聞) [2008年12月17日(Wed)]
2008(平成20)年12月17日(水)
読売新聞
ホーム>中部発>ニュース

28棟の団地、無人に トヨタ田原寮
――きしむ暮らし 商店売り上げ半減
/社員も残業代ゼロ
http://chubu.yomiuri.co.jp/news_top/081217_1.htm

トヨタの期間従業員が立ち退き、無人となった
団地棟(11日、愛知県田原市浦町で)

トヨタ自動車の世界的な販売不振が、
トヨタを支えてきた地域の商店街に
深刻な打撃を与えている。

今秋、高級車「レクサス」などを生産している
田原工場(愛知県田原市)の期間従業員が
大幅に削減され、近くの団地から立ち退いた。
長年、従業員を相手に商売を続けてきた商店街
は冷え込み、今月から残業がなくなった
トヨタ社員も将来への不安を口にした。

(今井正俊、写真も)

工場から約2キロ離れた西浦地区に28棟の
団地が立ち並ぶ。社員の社宅や期間従業員の寮
だが、現在はほとんどが無人。
9月から11月にかけて、満期を迎えた
期間従業員が相次いで消えた。
周辺の人通りは少なく、団地前に軒を並べる
スーパーや薬局、喫茶店など14店舗のうち、
7店舗はシャッターが下りていた。

「10月頃までは昼間でも客がいたが、
売り上げが半減した。もう地元の客に
期待するしかないね」。
すし屋の店主(50)は、こう嘆いた。

工場の始動は1979年1月。団地の建設は
その前後で、同じ頃、従業員を目当てに商店街
「西浦発展会」
も発足した。当初は昼夜、絶えることのない
人通りで、タクシーの往来も多かった。
バブルの頃まで盛況が続いた。
「今回は、バブルがはじけた時よりもひどい。
今じゃ、猫くらいしか歩いていないよ」。
そうつぶやくと、寂しく笑った。

「客はほとんどトヨタの従業員。いつも商売に
波はあったが、こんなに大きな波は初めて」。
4年前からラーメン店を始めた夏目信弘さん
(54)の言葉に、ため息が混じる。
秋以降、売り上げは半分以下に落ち込んだ。

店の隣で25年前から経営しているスナック
も閑古鳥が鳴いていた。
「この秋、団地で自殺した期間従業員も
知っている。寂しいことが多すぎるよ」



「仲間は『田舎に帰っても仕事がない』
と嘆いている」。
スーパーに買い物に来ていた30代後半の
期間従業員は、顔をしかめた。

独身で、両親はいない。職を転々としていたが、
冷暖房、テレビ完備の寮に住み込みで働ける
という求人広告を見て、今春から組み立て
ラインで働き始めた。手取りは20万円前後。

ただ、今月からなくなった残業代分の3、4万円
は減る。3年は働きたいと希望していたが、
1年に短縮された。

「先行きは不安。でも、いきなり首を切られた
いすゞ自動車の従業員よりはまし」。
来春には満了金72万円と引き換えに寮を立ち退く。
雇用保険を頼りに、貯金を削って職探しをするという。

不安は社員にも広がっている。

レクサスの組み立てラインで働く30代前半の
社員は、6月頃から残業が減り始め、今月から
ゼロになった。
レクサスは昨年の今頃、1日700台を生産
していたが、現在は320台に減り、
来年1月からは160台になる。
勤務も現行の昼夜2交代制から昼間勤務だけ
になるため、残業代に加え、夜勤手当、交代手当
もなくなり、6月に32万円あった手取りは、
1月から22万円ほどに減る。

「上司から『残業代を見込んだ給料で
ローンは組まないように』
と指示があった。しばらくマイホームは
持てそうもない」
と悩ましげに語った。

田原工場
レクサスやランドクルーザーなどを生産
しているトヨタ最大の車両工場。
370万平方メートルの敷地に、
3本の組み立てライン、エンジン工場など
を併せ持つ。
昨年の総生産台数は約61万台。
トヨタ自動車広報部によると、社員、
期間従業員は計約1万人だが、
今年に入り大幅に削減したとみられる。

(2008年12月17日 読売新聞)
純粋で熱いメッセージ 野孤禅(MSN産経ニュース) [2008年12月17日(Wed)]
2008(平成20)年12月17日(水)
MSN産経ニュース
ニューストップ>エンタメ>音楽

純粋で熱いメッセージ 野孤禅
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/music/081217/msc0812172110007-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/music/081217/msc0812172110007-n2.htm



【サウンドボックス】アルバム「野狐禅」(野狐禅)
12月17日発売(提供写真)

「野狐禅(やこぜん)」は、大学時代に知り合ったという
竹原ピストル(ボーカル、アコースティックギター)と
濱埜宏哉(はまの・ひろちか、鍵盤、コーラス)
が1999年、北海道・旭川で結成されたフォークユニット。
2003年にシングル「自殺志願者が線路に飛び込むスピード」
でメジャーデビューを果たした。

その衝撃的なタイトルから一部ラジオ局で放送を自粛されたこと
もあったが、
「それくらいのパワ−でおれは生きていく」
という前向きな決意が込められた歌だ。

かつて何もできずに死んでいるような日々を過ごしていたという
2人がユニットを結成するに至った
「生きてもないのに死んでたまるか」
という思いを象徴する歌でもある。

まるで時代に逆行するかのような情景とともにつづられる
ストレートで生々しい心情をさらけ出した強烈なメッセージ性を
秘めた歌詞。泥臭く、時に痛いほど切ない竹原の力強いボーカル。
これほどまでに純粋で、熱い血の通った音楽を奏でられる
アーティストはそう多くない。

12月17日、2年半ぶりのリリースとなった4枚目の
アルバムにユニット名と同じ「野狐禅」とつけたのは、
原点回帰の意味でもあるという。余計なものをそぎ落とし、
ピアノとアコースティックギターのみで奏でるシンプル
な旋律には、彼らならではの世界観が表れている。
(フリーライター 山口良子/SANKEI EXPRESS)



■ 野狐禅(やこぜん)
「禅の修行者が悟ってもいないのに、あたかも悟りきったかの
ようなものの言い方をすること」
「なまかじりの禅」
「生禅(なまぜん)」
といった意味の仏教用語。





■ やまぐち・よしこ 
1974(昭和49)年生まれ。フリーライター。
共立女子短期大学卒業後、FMラジオ局で音楽情報番組、
アーティスト番組の制作に携わり、その後フリーライターに。
ラジオ番組の制作も継続している。

2008.12.17 21:10
司法解剖率全国2位 声なき遺体“語る死亡状況”(読売新聞/和歌山) [2008年12月17日(Wed)]
2008年(平成20)12月17日(水)
読売新聞
ホーム>地域>和歌山

司法解剖率全国2位 声なき遺体“語る死亡状況”
近藤教授ら8人「黒子」で捜査支え
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/wakayama/news/20081216-OYT8T00798.htm



司法解剖を通して捜査を支える
近藤教授(和歌山市の県立医科大で)

死因を突き止めるため、遺体にメスを入れる
司法解剖は、事件や事故の捜査に大きな役割を
果たす。
県警が2007年に検視した遺体のうち、
司法解剖された割合は9・9%で全国2位と高い。
県立医科大の近藤稔和教授(41)ら法医学教室
の8人が
「声なき遺体を詳しく調べると、死亡時の状況を
知ることができる」
との信念で、「黒子」に徹して捜査を支えている。

司法解剖は刑事訴訟法に基づき、事件や事故の
犠牲者だけでなく、身元不明の漂流遺体など、
状況に不審点のある遺体に行われる。
傷の深さや程度、凶器使用の有無と種類、
損傷部位だけでなく、胸部や脳なども診たうえで
死因を調べる。
事故か自殺か、あるいは事件か。
所見の書かれた鑑定書は、証拠として裁判所に
提出されることもある。

近藤教授は金沢大で法医学を学び、03年に司法解剖
に実績のある県立医科大の教授に就任。
03年の司法解剖は83件だったが、年々増加し、
今年は11日現在で158件にのぼる。

1人の遺体を解剖するのに、通常で3〜4時間
かかり、半日近くの時間を要することもある。
「五感をとぎすませて、ご遺体を診る。
適切な処置をするという意味では、
臨床医の治療と同じ」
という。

解剖が終われば火葬され、やり直しはきかない。
プレッシャーは大きい。
それでも、臨床医を目指す学生にこそ、
法医学を学んでほしいと願う。

近藤教授は
「何十年も生きてきた人がなぜ死んだのか
わからないままでは、これ以上の命に対する
侮辱はない。例えば子どものアザを診て、
転んだのか、殴られたのかが見抜ければ、
虐待などの事件を防ぐことも出来る」
と話している。

(2008年12月17日 読売新聞)
地方点描:気になる数字[湯沢支局](秋田魁新報) [2008年12月17日(Wed)]
2008(平成20)年12月17日(水)
秋田魁新報
トップ>秋田のニュース>地方点描

■ 秋田のニュース:地方点描

地方点描:気になる数字[湯沢支局]
http://www.sakigake.jp/p/column/chihou.jsp?kc=20081217ay

湯沢市に関して、気になる統計がある。
2007年の「出生数」と「自殺者数」。
生命の誕生と死という対照をなす現象のデータ
が、文字通り「明暗」を分ける格好となった。

07年の同市の出生数は321人。
合併新市が発足した05年以来最も多く、
前年の272人を49人上回った。
人口が減少の一途をたどっている現状では当然、
少子化が進行しているものと思い込んでいただけ
に意外だった。
今年も最終的に300人を超えるペースで
推移している。

団塊の世代の子どもたちが親になる時期を
迎えたとの見方もあるが、人口ピラミッドを
見れば、団塊ジュニアが目立って多いわけではない。

鈴木俊夫市長は、生まれた子どもの約半数が
第2子であることを挙げ、
「市の子育て支援の環境充実の成果」
と胸を張る。

もう一方の自殺者数は前年比10人増の24人。
県全体で全国最多の62人が減少、
秋田市をはじめ、能代、大仙、横手の
各市でも大きく数を減らす中、湯沢市の悪化が
際立った。
市は現実を重く受け止め、来年度に
自殺の実態や背景を探る市民アンケートを
実施することにした。

市の財政指標も、住民にとって大いに
気になる数字だろう。ことに07年度の
経常収支比率は98・5%と県内市町村
の中で最も高く、財政の硬直化はかなり深刻だ。
来年度の予算編成が困難を極めることは
容易に想像できる。

当地でも経済・雇用の落ち込みは暗たんたる
状況にある。
こんな時こそ、人に優しい政策が必要なはず。
行政には机上の計算を超えた果断な対応が
求められる。

(2008/12/17 09:26 更新)
がんを生きる:寄り添いびと(読売新聞) [2008年12月17日(Wed)]
「寄り添いびと」ということばは、おそらく
映画『おくりびと』からの着想かなと思ったが、
どちらも自分には、泣けてたまらなかった (T^T)

******

2008(平成20)年12月17日(水)
毎日新聞 東京朝刊
トップ>ライフスタイル>健康

がんを生きる:寄り添いびと/2
やりたいことは何?
http://mainichi.jp/life/health/news/20081217ddm041040087000c.html

◇ 人はいかようにも言葉で心を変えられる
たったひと言が、相手の気持ちを変えることがある。
絶望に突き落とすこともあれば、
生きる力を沸き上がらせることもある。
東京・新宿の自殺防止センターの仲間たちは、
それを試行錯誤の中で学んできた。

梅雨空が広がっていたころ、末期の大腸がんを患う
センターの大黒柱、西原明さん(79)は
少し気弱になっているように見えた。

尿に血が混じり、鈍痛が始まっていた。
「いよいよかな」。
手で下腹部をさすっては、小首をかしげた。

「センターの活動に支障が出るのはいやだな。
動けなくなったらホスピスに行くよ」

「長くはないんだから家でみるわよ」

妻の由記子さん(74)とそんな言葉を交わした。

初夏。明さんは私の知人の紹介で、在宅訪問診療を
長く続ける中村洋一医師(53)の診察を受けた。
さまざまな病で命の丈を知った患者のサポートを
してきた中村医師は、にっこり笑って言った。

「やりたいことは何ですか」

どう死ぬかではなく、どう生きるか。
中村医師の問いかけは、センターに電話をかけてくる
人々に、明さん自身が投げかけてきた問いでもあった。

「自殺防止セミナーが2回あります。
外国にも行きたい。ボランティアの研修もあるし、
できるだけ電話に出たいですね」

「やりましょうよ」

中村医師は言った。

10月中旬。明さんは大阪で開いたセミナーの
合宿に参加した。
下旬には、センターが加盟する国際組織の
ワークショップに出席するためタイに向かった。
世界中から集まった同志に、いま一度あいさつ
したいという願いをかなえた。

11月。夫婦で英国に飛んだ。半世紀以上も
前に自殺防止の電話相談を始めた恩師の
追悼礼拝に参列し、感謝の気持ちを伝えた。

昨年逝った恩師は、2人がセンターを設立する
際に来日し、言葉が人の気持ちを変え得ること
を教えてくれた。

由記子さんに車椅子を押されて明さんがロンドン
を歩いているころ、私は中村診療所の一行と、
もみじのトンネルを抜けて温泉旅行をしていた。
今年で17回目の旅路だった。

103歳を筆頭に、病を抱えた男女が家族や
ボランティアに付き添われて参加していた。
医学的には治る見込みのない患者もいたが、
みんな生気に満ちていた。

師走。明さんはクリスマスイブの礼拝で話す
メッセージの原稿を書いている。
聖書は死と復活の物語を伝えている。

「実に面白いね。やはり言葉が心を動かすんだ」

明さんは今に至って改めて思う。
人はいかようにも心を変えられる、と。
「だからきっと、僕たちは電話相談を続ける
ことができるんだね」

【萩尾信也】

=つづく

==============

ご意見・ご感想を手紙
(〒100−8051 毎日新聞社会部)、
ファクス(03・3212・0635)、
電子メール(t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp)
でお寄せください。

毎日新聞 2008年12月17日 東京朝刊

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