CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

NPO法人宮崎自殺防止センターを応援したい

NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
センターでボランティア活動を始めました。
いろいろと勉強中です。

なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
■ TEL 0985(77)9090
■ 毎週 日・水・金曜日
   午後8時から午後11時まで(3時間)


<< 2008年09月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新記事
ニート支援:7個人・団体が連携、研究会発足 行政へ施策提言も(毎日新聞/栃木) [2008年09月13日(Sat)]
ひとことで「ニート」といっても、実にさまざまな背景がある。
さまざまな機関・団体が知恵や能力を持ち寄ることが
必要だと考える。

個人や家族のQOL(生活の質)向上や、地域社会における
労働力の確保にもつながるのではないか。

もちろん、行政との連携は欠かせない。
現場からの取り組みが政策提言にまでつながれば、
たいへんすばらしいと思う。
ここ宮崎県の取り組みにおいてもヒントになるのではないか。

以下、引用

************

2008(平成20)年09月13日(土)
毎日新聞 地方版
トップ>地域ニュース>栃木

ニート支援:7個人・団体が連携、研究会発足
行政へ施策提言も/栃木
http://mainichi.jp/area/tochigi/archive/news/2008/09/13/20080913ddlk09040114000c.html

◇ スキル共通化目標
定職を持たず、学校にも通わないニートの若者の
自立支援に取り組む県内の7個人・団体が連携して
支援態勢や支援策の強化を目指す
「若者自立支援研究会」
が発足した。日常のケースごとの支援に加えて、
行政に施策を提言していくことも目標にしている。

日光市のハートネット(阿部和子代表)の呼びかけで、
参加したのは、自立塾栃木▽TBCスキャット
▽とちぎ若者サポートステーション▽NPO法人国際自然大学校
▽ふらっぷ▽作新学院大の臨床心理士と大学生。
いずれも、ニート支援の最前線で活躍している。

阿部代表によると、県内には現在、1万3000人の
ニートがいると言われ、官民119団体が支援活動に取り組んで
いる。若者への支援方法は、その団体ごとに異なることから、
「連携して、最低限のスキルを共通化する」
ことを目標にしている。同時に
「ニートへの処方せんは、ここに来れば対応できる」
ような「ワンストップサービス」の体制構築を目指している。

さらに
「ニートの予防には、イギリスが導入した『コネクションズ』
のように、早期発見・対処が必要」
なことから、行政との連携が不可欠と判断。このため、
行政が施策として取り入れることのできる具体策を作り、
自治体に提言していくことも計画している。

具体的には、低所得のニート向けに就職支援策として、
奨学金制度を創設することや、自殺対策として、
家族向けのうつ病デイケア施策を研究することなどを
検討している。

阿部代表は、
「中長期的な政策を実現するためにも、行政との協力は欠かせない。
そのためにも、支援する側の政策立案能力を高めたい」
と話している。

【浅見茂晴】

毎日新聞 2008年09月13日 地方版
【インタビュー】本木雅弘 気付けば「役」を超え…(MSN産経ニュース) [2008年09月13日(Sat)]
2008(平成20)年09月13日(土)
MSN産経ニュース
ニューストップ>エンタメ>芸能界

【インタビュー】本木雅弘 気付けば「役」を超え…
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080913/tnr0809130814000-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080913/tnr0809130814000-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080913/tnr0809130814000-n3.htm
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080913/tnr0809130814000-n4.htm



「おくりびと」に主演する俳優の本木雅弘さん
■ 「おくりびと」で納棺師を演じる

この作品を構想したのは15年前になる。27歳の時から
「いつか、自分が演じよう」
と決めていた。映画「おくりびと」(13日公開)で演じた主人公
の職業は、亡くなった人の体を清め、棺に納める納棺師。作品は
モントリオール世界映画祭でグランプリを獲得、幸先のいい
スタートを切った。

「人は誰しもいつか死にます。年を重ねる中で、送り、送られる
立場になる。納棺師とは、亡くなった人の魂を現世から天国へ送り
出すまでの“最期の準備”をする人。自分自身40代に入り、人生
の折り返し地点に立った今、死生観をテーマにしたこの映画に出演
できたことが素直にうれしい」。
静かに、言葉を選びながら話し始めた。



《上京してオーケストラのチェロ奏者となった大悟(本木雅弘)は、
リストラで転職を余儀なくされる。故郷の山形に戻った彼は納棺師
になり、師匠(山崎努)のもと、悪戦苦闘の日々を送ることに…》

27歳の時、プライベートで約1カ月間、インドを旅し衝撃を
受けた。
「ガンジス川ではごく自然に遺体が流れていました。死が身近で
日常の中にある。死生観について意識せざるを得なかった」。
帰国後、納棺師になったいきさつを自伝的につづった青木新門さん
の著書「納棺夫日記」を読み、さらに死生観について深く考える
ようになり、「おくりびと」の構想が生まれた。

撮影前、本職の納棺師に付いて訓練を受けたが、未知の職業を
演じることは
「不安でしようがなかった」
と明かす。それを克服するため、ある行動に出た。

「納棺の場に立ち会いたいと無理を言ってお願いしました。そこ
にはどんな空気が流れているのかを知りたかった。この空気感を
理解できなければ、とても納棺師を演じることはできないと
思ったんです」。
そしてスタッフの一員として現場に同行。遺族の心情に配慮して、
変装して顔だけは隠した。

「おばあさんのご遺体でした。足がとても冷たくて…。でもまだ
魂はそこに残っているようでした。家族の人たちは、納棺が進む
過程でその死を徐々に受け入れ、納得していくのだと実感でき
ました」

2カ月間の集中レッスン後、指導してくれた納棺師は
「もうあなたは立派に納棺師ができますよ」
と太鼓判を押してくれた。



俳優のキャリアは25年。“個性派、芸術家肌”という印象が強い
が、
「実は役者という仕事に対し挑戦的ではありません。もっと意欲的
であるべきなんでしょうが…」
と苦笑する。
「元来が面倒くさがりで放っとけばぐずぐずしている」
とも。
「でも何かを課せられると反発し、がんばってしまう。受け身だが、
気付いたら役者の枠をはみ出している」
と照れながら自己分析した。

大学相撲部員を演じた「シコふんじゃった。」では体重を増やし、
まわし姿で奮闘した。
「巌流島 GANRYUJIMA」では剣豪・宮本武蔵を演じ、
壮絶な20人斬りのラストシーンの撮影のため、2カ月半に及ぶ
殺陣の猛特訓に挑んだ。「おくりびと」では納棺師の仕事と並行し、
チェロの練習に励んだ。撮影中も常にチェロを抱えて移動し、多く
のスタッフが現場の片隅で自主トレしている彼の姿を目にして
いる。
「悪戦苦闘の末、今ではチェロは趣味」
と笑う。プレッシャーを力に変えるタイプと自覚している。

「どんなにがんばっても役者は“かけら”しか表現できない。
それがもどかしい。でも、見る人に“かけら”からその奥深くに
あるものを汲み取ってもらえたら…。それが救いですね」
(文 戸津井康之)



【プロフィル】
本木雅弘 もとき・まさひろ
昭和40年、埼玉県生まれ。高校生だった56年にテレビドラマ
「2年B組仙八先生」で俳優として、翌年、アイドルグループ
「シブがき隊」のメンバーとして歌手デビュー。平成元年に
「226」で映画デビューする。10年にNHK大河「徳川慶喜」
で主演。来年、放送開始のNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」
で主演を務める。「おくりびと」は13日から全国公開される。

2008.9.13 08:13
市町村の取り組み(栃木県下野市/下野新聞) [2008年09月13日(Sat)]
自殺対策基本法、自殺対策大綱でうたわれているように、
自死対策/自死遺族支援で大きな役割を占めるのは、
地方自治体、とりわけ身近な市町村だと考える。

市町村として何ができるのか、宮崎県内の市町村でも
担当者がさまざまな模索や試行、努力を重ねている。
まさに地方の自治が問われる課題である。

気付いた首長や市町村議会、そして市民が動き、
まずは自殺対策に取り組む「意志」を先に示すことが
だいじではないか。
そうすると、民間機関なども安心して動きやすくなると思う。



全国のニュースを見ると、実は、さまざまなメニューが
ありうることが分かってくる。
良い取り組みがあれば、ぜひとも見習っていきたい。

以下、引用

*********

2008(平成20)年09月13日(土)
下野新聞
トップ>地域一覧

地域
自殺防止へ初の講演会 下野市
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/region/news/20080913/48048

【下野】
県内でも自殺者が高水準で推移するなか、
市は12日、下古山のグリムの館で、初の自殺対策講演会を開き、
約260人の住民が耳を傾けた。市は、住民の自殺予防に取り組む
庁内連絡会議を年内にも立ち上げる方針で、16日までの
自殺予防週間に合わせたこの日の講演会を第1弾として
対策に本腰を入れる。

市は本年度当初予算に講演会開催などのための
「自殺予防対策事業費」76万円を計上した。
事業費に「自殺対策」と明記したのは市と宇都宮市だけ。
下野市健康増進課は
「市内自殺者は年10人以下だが、自ら命を絶つ人がいるのは事実。
事業名をはっきりさせ啓発したい」
と説明する。

講師は県自殺対策連絡協議会長の中村好一自治医大教授。
中村教授は自殺対策基本法や自殺の危険因子、県内の自殺の現状
などを幅広く解説し、
「自殺にはいくつもの要因が複雑に関係しており、
さまざまな分野の包括的な取り組みが必要」
などと訴えた。

市は、多重債務など自殺につながりかねない悩みを抱える
住民への情報を一元的に提供するため、年内にも庁内横断的な
連絡会議を発足させる方針。同課は
「会議で2009年度の対策も詰めていきたい」
としている。

(9月13日 05:00)

********

以上、引用終わり
海外医療協力、風に立つライオン… 生きる力は患者さんから(読売新聞) [2008年09月13日(Sat)]
さだまさしは、歌もトークも抜群である。
かれの歌「風に立つライオン」のモデルが、
じつは、宮崎県のドクターだったとは初めて知った。

柴田先生がおっしゃるように、医療従事者と
患者さんとの対話はとてもだいじだと考える。



病を抱えたり、業務が過密だったりすると、
どうしてもゆとりがなくなってしまいがちである。

医療従事者と患者さんとが、お互いに寛容さと思いやりを
持って出会うためには、やはり、時間やお金や気持ちの
ゆとりが欠かせないと思う。

以下、引用

*******

2008(平成20)年9月13日(土)
読売新聞
ホーム>九州発>文化>医療ルネサンス・セミナー

講演
「海外医療協力、風に立つライオン… 生きる力は患者さんから」
前宮崎県立日南病院長 柴田紘一郎さん
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/medical/809/me_809_091303.htm

◆「ありがとう」に支えられ



1940年生まれ。長崎大医学部卒。
さだまさしさんの歌「風に立つライオン」のモデル。
宮崎医大(現宮崎大医学部)第2外科助教授など歴任。
患者と心を通わせ、病と闘うLOVE運動を提唱。

高校時代からの夢だったアフリカでの医療奉仕が
医師としての原点になっている。
1971〜73年にケニアのナクール病院に外科医として赴任し、
インド系やイタリアから派遣された医師とともに、
あらゆる外科系手術を年間1500件ほどこなした。

赴任したのは、大学を卒業して5年目。
技術も未熟で、必死に勉強しながらの医療奉仕だったが、
患者さんからの「ありがとう」の言葉が私を鼓舞してくれた。
患者さんに助けられたと思っている。

しかし、現代の医療現場は、患者さんと医師の思いが隔たり、
事故が起きればすぐに裁判になるなど、医師にとって
非常に厳しい状況になっている。

患者さんの多くには
「医者にかかれば、何でも治してもらえる」
という思いがあると思うが、万が一の事故や合併症の発生は、
完全には回避できないのが現実だ。

患者さんの望む医療を実現するのは難しいが、
医師として患者さんに寄り添う心だけは失いたくない。
どうか、みなさんも医師との十分な話し合いや
主治医以外の意見を聞くセカンドオピニオンの実践などを通して、
医師との信頼の度合いを高めてもらいたい。

(2008年9月13日 読売新聞)

*******

以上、引用終わり
死は怖い…を乗り越えて 人生の復路の風景を描く南木佳士さん(作家)(東京新聞) [2008年09月13日(Sat)]
「生き延びるというのは、きれいごとではなく、
誰かの犠牲のうえに成り立つものではないでしょうか」

最近、国内外の悲惨なニュースを観るたびごとに、
南木佳士さんのことばのリアルさを感じる。



死ぬこと/生きることに対しては、
「しっかりした死生観をもって臨まなければいけない」
と、まさに自分は思っているところだった。

このことは、もしかしたら、死ぬことが自分にとっては
「遠いこと」「怖いこと」だとする自分の側の前提条件
(色メガネ)のせいだったのかも知れないと気付かされた。



「終わるときは、終わるのよね」
自分自身の問題としては、このことばを、
本音ではまだまだ実感・納得できない。

まだまだ南木佳士さんの境地にまでは
至っていないなぁ、生きることにしがみいて
いるなぁと思う。

小説をぜひ読んでみたい。

以下、引用

*************

2008(平成20)年09月13日(土)
東京新聞
トップ>暮らし・健康>土曜訪問一覧

【土曜訪問】
死は怖い…を乗り越えて 
人生の復路の風景を描く 南木佳士さん(作家)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/doyou/CK2008091302000223.html

人生はよくマラソンにたとえられるのだから、
それに折り返し点があり、往路と復路があると
考えることもできるだろう。

南木(なぎ)佳士(けいし)さん(56)の近著
『草すべり その他の短篇』(文芸春秋)
は、<人生の復路>に入ってから見えてきた
心の風景をとらえた私小説風の作品集である。

収録された4編のうち、「旧盆」は生と死、家族、郷里
など、これまでの南木文学の要素が凝縮された佳品。
表題作の「草すべり」は高校の同級生だった女性と
約40年ぶりに再会し、ふたりで浅間山に登った1日を
山の風に溶け込んだような、軽やかな文章で描いている。
各編に山歩きの話が出てくるのも作品集を彩る大きな特徴だ。

長野県佐久市の自宅を訪ねると、南木さんはとても
晴れ晴れとした様子。長くうつ病に苦しんできた作家は
50歳から山歩きを続けており、かなり健康を回復している
ようだ。



人生の往路と復路の違いについて、南木さんは
最近一緒に山に行った若い人たちの例を挙げ、
こう説明する。
「彼らは景色を眺めたり、稜線(りょうせん)を
わたる風を味わったり、ということをあまりしないで、
とにかく先を急ぎたがる。自分も若いころなら、
地図に記されたコースタイムよりどれだけ早く着いたとか、
そういうことに価値観を見いだしたんでしょうね」

信州の病院に赴任した若い女医を主人公にした
「破水」(文学界新人賞)で1981年にデビューして
以来、南木さんは医師として直面した現実、
ひとは死ぬものだということをテーマに
小説を書き続けてきた。

例えば、88年下期の芥川賞受賞作
「ダイヤモンドダスト」には印象的な場面が出てくる。
主人公の看護師の妻が
「結婚して、子どもを産んで…動物の、哺乳類(ほにゅうるい)の
雌としての果たすべき役割ができたことに不思議な安心感がある」
と言って息を引き取り、ベトナム戦争に従軍した経歴を持つ
米人宣教師は、戦闘機からパラシュートで脱出したときに見た
星空と同じ規則で誰かにアレンジされている自分を見いだし、
人工呼吸器の使用を断って死んでいくのである。

このように、南木さんはひとの死をリアルに描き、
丹念に意味づけをしていた。

それが今度の「草すべり」では、速いペースで登っていた
女性が途中で急激に息切れし、帽子をとったときの頭髪の様子から
命が長くはないかもしれないことを暗示するだけにとどめている。
切なさを感じさせても、暗さはない。



「この20年とは結局、そういう経過だったのだと
思いますね。かつては死とは怖いもので、
しっかりした死生観をもって臨まなければいけないという
意識があった。自分も病になり、死んでしまいたいという
強迫観念のようなものにとらわれた時期もありましたが、
それを乗り越えてみると、死とはそんなに怖いものでは
ないかもしれないと思うようになった。
“もう少し歩いていたいよね”
という彼女の最後のせりふは、もう少し歩いていたいけれど、
終わるときは終わるのよね、というわりと自然な感じなんですね」



秋田大医学部を卒業したあと、育ての親の祖母が住む
群馬の村に近いという理由で、佐久市の総合病院に就職。
呼吸器の専門医として毎年多くの肺がん患者を看取(みと)った。

その数が300人を超えたころ心身に変調をきたし、
芥川賞受賞の翌年、うつ病と診断された。
その後、2年半ほどは書くことも読むこともできなかったという。



病院では病棟勤務をはずしてもらい、外来診療と人間ドックを
担当してきた。「旧盆」のなかで作者は、末期がん患者を
引き継いだ後輩の医師がわずかな休みも返上して
仕事をした末に悪性腫瘍(しゅよう)で早世したことを思い出し、
自分は
<そうやって生き延びた>
と苦い感慨を吐露している。



「ひとが亡くなっていく過程、ひとが息を引き取る現場に
立ち会うというのは、後でお葬式をあげるのとはまったく
違うのです。

よく戦争に行ったひとが、あいつが先に出ていって
弾に当たってくれたお陰で自分は助かったなどと
言うことがありますが、ふつうの生活のなかでもそういうことは
あると思いますね。

生き延びるというのは、きれいごとではなく、
誰かの犠牲のうえに成り立つものではないでしょうか」



医師としての体験なしに南木さんの文学が成立しないのは
確かだけれど、医師であることと作家であることは
どう関係しているのだろう。

「両輪ですね。医師として話せない言葉や思いを、
私は小説に託してきたわけです。小説に出てくるような医者だと
思って病院に来られると困るのですが…」。

こう言って、南木さんは朗らかに笑った。 

(後藤喜一)

2008年09月13日

*********

以上、引用終わり
県信用生協:セーフティーネット貸し付け業務(毎日新聞/岩手) [2008年09月13日(Sat)]
いわば「日本版グラミン銀行」のようなシステムが
ぜひとも必要ではないかと考える。

そもそも返済能力がないのに融資され、
元本プラス高い利子返済で追い込まれ、
自ら命を絶たざるをえなかった方々も
少なくなかったのではないか。

岩手県消費者信用生活協同組合(信用生協)
の取り組みがたいへん興味深い。

以下、引用

***********

2008(平成20)年09月13日(土)
毎日新聞 地方版
トップ>地域ニュース>岩手

県信用生協:セーフティーネット貸し付け業務、
北東北3県の特区申請−−来月/岩手
http://mainichi.jp/area/iwate/news/20080913ddlk03040002000c.html

◇ 多重債務者脱却を狙い申請
県消費者信用生活協同組合(信用生協)は10月、
多重債務者が消費者金融から借金を重ねる悪循環から
脱却するためのセーフティーネット貸し付け業務を
県内だけでなく北東北3県の広域で行えるよう
国に特区申請する。認められれば早くて来年6月には
活動を開始できる見通しだ。
【念佛明奈】

セーフティーネット貸付制度は、信用生協が銀行から
借金できない多重債務者が、法的手続きまで
問題を解決できない場合などに融資して多重債務から
脱却する機会を提供する仕組み。

融資だけでなく生活再建のための債務整理など
細やかなカウンセリングを重ねて問題解決に協力する
「顔の見える融資」
が特徴だ。

また、低年収の人がとっさにまとまった額を
必要とする時の生活再生資金も融資する。

融資の資金は、市町村が地元金融機関に
一定の預託金を出し、それを基に地元金融機関が
信用生協に融資する。

岩手と同様に自殺率の高い秋田、青森両県でも、
借金で事業を継続できず、自殺に追い込まれる人々の
再出発に効果的だとの観点から貸付制度のニーズは
高かった。だが両県には貸付事業を行える信用生協と
いう組織がない。新設は財政的な面などで厳しいことから
信用生協が特区申請をすることになった。

信用生協は融資利息のみで運営を賄い、
カウンセリングや生活支援への対価を受け取っていない。
ただでさえ運営は厳しいうえ、最近は消費者金融業者に
返し過ぎた「過払い金」が回収できるケースが増え、
融資なしのカウンセリングで済む事案が多くなっている。

そのような事情のある信用生協にとっても、
広域活動は管理コスト節減の面でメリットになるという。

信用生協の上田正専務理事は
「実現すれば、現地運営型にして
岩手以外でも『顔の見える融資』にしたい」
と話している。

毎日新聞 2008年09月13日 地方版

*********

以上、引用終わり
【書籍紹介】自殺で家族を亡くして(三省堂) [2008年09月13日(Sat)]
大野 裕先生(慶應義塾大学教授)が、9/13(土)に行われた
「自殺対策フォーラム2008」(宮崎県・宮崎県看護協会主催)
において、本書のことをコメントくださっていた。

たとえば、藤澤克己さん(自殺対策を考える僧侶の会代表)
が寄稿された
「安心して悩める社会づくり」
というコンセプトについて触れられ、評価しておられた。

この本、自分はまだ入手できていなかった。早く手に入れて読みたい。

以下、引用

*********

2008(平成20)年09月13日(土)
時事通信社
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080913-00000011-jijp-soci.view-000



親や子、配偶者が自殺した遺族らの手記をまとめた
「自殺で家族を亡くして」(三省堂)。

自殺には社会の偏見もあり、遺族は周囲に話せず、
苦しみを抱えている場合が多い。
「生きる支援」として遺族会などの資料も掲載
(時事通信社)

2008年09月13日14時29分配信 時事通信



2008(平成20)年09月12日(金)
毎日新聞 大阪夕刊
トップ>関西>アーカイブ


自殺:“連鎖”断ち切るため 遺族18人が手記
「社会として予防を」
http://mainichi.jp/kansai/archive/news/2008/09/12/20080912ddf041040010000c.html

自殺で家族を亡くした遺族が、思いを記した手記を出版した。
夫や妻、子供、親を自殺で失った18人の物語。
身内を亡くした衝撃に加え、周囲の自殺への偏見にも苦しんできた。
国内の自殺者は98年以降、10年連続で年間3万人を超え、
遺族はその数倍に達する。
「これ以上、同じ悲しみに暮れる人を増やしたくない」。
悲劇の連鎖を断ち切るため、自殺の実態を知ってもらおうと、
苦しい胸の内を赤裸々につづった。
16日まで、国の「自殺予防週間」。

本は
「自殺で家族を亡くして 私たち遺族の物語」
(全国自死遺族総合支援センター編)。
遺族支援などをする「こころのカフェきょうと」(京都市)
代表の石倉紘子さん(64)も文章を寄せた。
職場の人間関係などを機に精神的に追い込まれた
夫(当時42歳)は85年4月、
「君と生きた10年間は幸せだった。
僕の分まで長生きしてください」
との遺書を残し、命を絶った。

「なぜ、どうして」。夫を救えなかった自分と
自分をおいて逝った夫を責め、酒におぼれ、
自殺未遂も2回、経験した。その後、
95年の阪神大震災でボランティア活動に参加。
夫の死を無駄にしたくないと考えるようになり、
遺族ケアを始めた。

「自殺は、さまざまな要因が絡んだ社会的な問題。
遺族や知人らに深い悲しみを残し、深刻な影響を与える」
と自らの体験を踏まえ語る石倉さん。
「自殺防止は周囲の理解が大切で、
1人1人が何ができるかを考えてほしい」
と訴える。

本は3章構成で、1章の手記のほか、2、3章に
遺族支援や自殺対策に取り組む市民団体代表や
官僚、弁護士ら9人のメッセージも掲載している。
1575円。
問い合わせは三省堂(03・3230・9442)。

【玉木達也】

毎日新聞 2008年09月12日 大阪夕刊

***********

以上、引用終わり
大切なあなたへ(リメンバー名古屋/神戸/福岡) [2008年09月13日(Sat)]
9/13(土)の「自殺対策フォーラム2008」
(宮崎県・宮崎県看護協会主催 宮崎公立大学)
において、参加者約400名の方々に、
リメンバー名古屋/神戸/福岡のみなさまが
作成してくださった小冊子『大切なあなたへ』
を配付させていただいた。

井上久美子さん(リメンバー福岡 自死遺族のつどい代表)
のご講演ともあいまって、このいのちのメッセージが、
ここ宮崎県にも波紋のように広がっていくことを願っている。

以下、引用

*********

2008年08月22日
中日新聞 夕刊
トップ>社会>紙面から一覧

【社会】
愛する家族生きた証し 自死遺族が思い冊子に
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008082202000298.html



自死遺族らが思いをつづった小冊子「大切なあなたへ」

家族を自殺でなくした遺族らが、
自分たちの思いなどをまとめた小冊子
「大切なあなたへ−自死遺族のメッセージ」
を制作した。日本では10年連続で自殺者が
3万人を超えているが、遺族の声が表に出る機会は少ない。
悲しみ、自責の念、感謝−。
冊子には、さまざまな思いや失った家族へのメッセージが
あふれている。

作ったのは、リメンバー名古屋、神戸、福岡の自死遺族の会。
昨秋、福岡市と名古屋市で開いた自死遺族支援シンポジウムで
遺族の声をパネル展示したのをきっかけに、冊子の話が持ち上がった。

「なんで? どうして? 生きていてくれる だけで よかったのに」
「自分で終わらせたその命 それもあなたの決めたことだから
 僕はその命を大切に想(おも)い続ける」

自死遺族といっても思いは1人1人違う。
親や兄弟、子どもを失った31人が、それぞれの言葉を
つづっている。

自死遺族の1人で、制作に携わったリメンバー名古屋
自死遺族の会の担当者は
「少しでも多くの人に思いが伝わることが、
大切な人が確かに生きていたことの証しになるように思える」
と語る。冊子を読んだ遺族からは
「毎日読んでいます」
との声も寄せられた。

同会の近藤浩子代表幹事は
「いろいろな感情を持っていいと遺族の方に知ってほしい。
自死遺族が身近にいる方にも読んでもらえたら」
と話している。

A5判変型、37ページ。
希望者は〒458 8799 名古屋市緑郵便局留め
「リメンバー名古屋自死遺族の会」
あてに、200円分の切手を同封し住所、氏名を添えて送る。
メールアドレスはremember_nagoya@yahoo.co.jp

2008年08月22日 夕刊

************

以上、引用終わり

宮崎県の最低賃金は627円(NHK) [2008年09月13日(Sat)]
宮崎県の最低賃金(時給)は627円。
東京都のそれよりも139円も安く、
東京都の82%ぐらいでしかない (T^T)

経済的な地域間格差はますます広がり、
宮崎県においては、最低賃金が生活保護の水準を下回る
「ねじれ減少」が解決されないままである。

いわゆるワーキング・プアの問題、生活保護のあり方の問題は、
ここ宮崎県ではますますシビアとなっている。



先日、『ワーキング・プアvs生活保護』を読み、
この国のあり方、方向性について考えさせられた。

経済的諸指標が低かったとしても、豊かに暮らす方法は
十分にあると思うが、バランスがだいじではないかと思う。

日本全体が「身の丈に合った」暮らしを考えるとともに、
セーフティ・ネット[トランポリン・ネット]のあり方を
国民全体できちんと考えるべきときではなかろうか。

以下、引用

**********

2008(平成20)年09月13日(土)
NHKオンライン
ニューストップ>暮らし



最低賃金 平均で700円余に
http://www3.nhk.or.jp/news/k10014102911000.html

企業が従業員に最低限支払わなければならない
今年度の最低賃金は、全国の平均で16円上がり、
初めて時給700円を超えることになりました。

最低賃金は、労使が参加する各都道府県の審議会が、
毎年この時期に見直しを議論していて、
これまでにすべての都道府県で答申が示されました。

その結果、新しい最低賃金は、全国平均で今より
16円上がって時給703円となり、
初めて700円を超えることになりました。
16円の引き上げは、この10年で最も高い水準です。

都道府県別で最も高いのは、東京と神奈川の766円で、
次いで大阪の748円、愛知の731円などとなっています。
逆に最も低いのは沖縄と宮崎、鹿児島の627円で、
最も高い東京、神奈川との開きは139円と、
地域間の格差は一段と広がりました。

最低賃金が生活保護の水準を下回っていた
12の都道府県のうち、千葉、青森、秋田の3つの県では
今年度の引き上げによって逆転が解消されることになりました。
新しい最低賃金は来月から11月にかけて、
各都道府県で順次適用されます。

09月13日 17時55分

**************

以上、引用終わり
| 次へ
プロフィール

黒水 宣行さんの画像
黒水 宣行
プロフィール
ブログ
リンク集
最新コメント
最新トラックバック