子どものうつ病(毎日新聞)
[2008年05月01日(Thu)]
2008(平成20)年05月01日
毎日新聞
トップ>ライフスタイル>健康>毎日らいふ>名医に聞く治療の最前線
子どものうつ病
http://mainichi.jp/life/health/mailife/meii/news/20080430org00m100048000c.html
◇ 子どももうつ病になる
子どもはエネルギーのかたまり。たまに落ち込んだり、
憂うつそうな日があってもすぐに元気になるもの、と思っている人が
多いのではないでしょうか。ところが、実際は子どもにも
うつ病は少なくないのです。
児童精神医学を専門とする東京都精神医学総合研究所副参事研究員の
猪子香代さんが診た一番小さなうつ病の子どもは、わずか4歳だった
そうです。この子の場合は、母親のうつが引き金でした。
しかし、本当にうつ病が増えるのは中学生以降。
「学童期にもうつ病がないわけではありませんが、
アメリカの調査では、思春期前の子どもではうつ病の有病率は
1〜2%。それが、思春期をすぎると3〜8%ぐらいといわれています。
日本もあまり変わらないのでは」
と猪子さんは話しています。
つまり、思春期を迎えた中高生の場合、1クラス30人とすると、
クラスに1〜2人はうつ病の子どもがいる計算になります。
20代までに20%ぐらいがうつ病を経験するという報告もあります。
もちろん、この中には軽症から重症まで、さまざまな程度や種類の
うつ病が含まれていますが、思春期を過ぎたらうつ病は珍しい病気
ではないのです。
もっとも、子どものうつ病が急に増えたわけではないようです。
専門家の間では1980年、アメリカの精神医学の診断基準書
(DSMIII)が改定された頃から、すでに子どものうつ病が
注目されていたそうです。
「新しい診断基準に照らして診ると、子どもにもうつ病に
当てはまる例がたくさんあることがわかったのです」
と猪子さん。
それが今、一般に注目されるようになったのは、やはり中高年の
自殺の激増が引き金になっているようです。今、日本では自殺者が
毎年3万人を超えています。その原因としてうつ病が注目される
ようになり、子どものうつ病にも関心が向いてきたのではないかと
いうのです。
しかし、子どものうつ病は大人とは全く違った形で現れることも多く、
それが子どものうつ病を見えにくくしている大きな原因にもなっています。
◇ 現れる症状が、頭痛、腹痛、イライラなどのときもある
真面目で一生懸命勉強をする子だったのに、このごろ派手な服装を
して夜遊びをするようになった、いつもイライラしていて落ちつかず、
ちょっと注意すると怒りだす。こうしたうつ病とはほど遠い
イメージの子どもの中に、うつ病が潜んでいることがあるのです。
猪子さんによると、子どものうつ病は症状の現れ方が非常に幅広く、
「大人と同じような症状を訴える子どももいますが、
一般にイライラや落ちつかない、暴力を振るうなど焦燥感が強く、
抑制はあまり強くないのが特徴」
だと言います。
表1のように、子どもの場合にもうつ病の診断基準は大人と同じです。
まず、抑うつ気分か興味や喜びの喪失のいずれかがあり、加えて
食欲不振や不眠、焦燥感、疲れやすい、自分に価値がないと思う、
思考力や集中力の低下などを加えて9項目のうち5つ以上の症状が
2週間以上続けば、うつ病の疑いが考えられます。
ところが、子どもの場合、実際に表面に現れる症状はいろいろ
なのだそうです。気分が落ち込んで楽しくなくなり、周囲の人と
話をしない、ひきこもる。疲労感や無気力を訴え、自分はダメな
人間だと責める。こういううつ病らしい子どももいる一方で、
頭痛や腹痛など体の症状が前面に出たり、イライラして焦燥感が強く、
家族にも当たり散らす、夜遅くまで家に帰らず不良仲間と刹那的な
楽しみを求めるようになる子どももいるのです。
たとえば、A君はうつ病で集中力がなくなり、前は見るだけで
覚えられた漢字も全然頭に入らなくなりました。本人も焦って
机の前に座るのですがどうしようもありません。ところが、
お母さんは勉強しなさいの一点張り。ある日何とか勉強しようと
机の前に座ったときに、なぜ勉強しないのと責められ、
ついに母親に怒鳴って手を挙げてしまったのです。
「家庭内暴力を主訴に来院する子どもの中にも、話を聞くと
うつではないかと思われる子どもが少なくないのです」
と猪子さんは語っています。
家にいても楽しくない、机に向かっても何もできないから
外に出ると、不良の友人は刹那的に遊んでくれる。
そこから家出に向かう子どももいるのです。うつと一緒に、
不安障害や夜遊び、家出、暴力を振るうなどの行為障害などを
伴うことが多いのも、子どものうつ病の特徴だそうです。
◇ 子どものつらい状態を周囲が理解することが大切
では、どういう子どもがうつ病になりやすいのでしょうか。
以前は、真面目で完璧主義、融通がきかないといった性格が
うつになりやすいといわれました。しかし、猪子さんによると
「今はこうした性格は、すでに軽いうつが始まっていた
からかもしれない」
と考えられているそうです。むしろ重要なのは、
何かあったときにそれをストレスと感じるかどうかです。
今、うつ病は脳の機能不全と理解されています。つまり、
脳の中で情報伝達に働いている化学物質が不足して
脳の働きがうまくいかなくなった状態と考えられています。
ストレスはそのきっかけになるのです。
子どもの場合、友達関係と親との関係がストレスになること
が多いといいます。
家族関係が不安定なのは子どものうつの原因の1つですが、
それは子どもの受け止め方によって違ってきます。
そして、ストレスがあったときに大切なのが、友人や家族など
周囲のサポートです。
「同じストレスがあっても、いい友達がいて一緒に悲しんだり、
話したくなったらいつでも話してとか、あなたのことを大切に
思っていると言ってくれる。頑張れと励ますのではなく、
情緒的にサポートしてくれる人がいると、元気になれるのです」
励ましは、かえって焦燥感を増すばかりです。子どもは話して
くれないと思っている親も多いと思います。しかし、猪子さんによると
「子どもは、誰も自分のことをわかってくれないと思う半面、
誰かに聞いてほしい、わかってほしいと思っているのです」
と言います。周囲の人は、子どもがその気持ちを言葉にできる
ように助けてあげることが大事だと言います。
たとえば、いじめられた子どもは、ひどくうつになって
猪子さんのもとを訪れます。病院では話すのに、なぜ家で
話さないのでしょう。
「お母さんは、嫌なことは嫌とハッキリ言いなさいとか、
いじめられないようにしなさいと言うから」。
子どもにすればそうはいかないから辛いのです。こんなとき、
猪子さんは、いじめている相手がどんな子なのか、
どんな家に住んで、どんな言葉遣いをするのか、
周囲の子どもはなぜ黙ってその子に加担しているのか、
少しずつ話を聞いていくそうです。すると、しだいに子どもは
「相手も寂しいんだ、私がダメだからいじめられるんじゃなくて、
今はたまたま自分なんだ」
と状況を理解していくといいます。つまり、状況に対する認識が
変わっていくのです。
実は、これが認知療法というカウンセリングの手法でも
あるのです(図1)。そこまでいかなくても
「頑張れと言わないでちょっと見守るとか、子どもを向こうへ押さない。
そういう気持ちを親が持っていることが大切だと思います」
と猪子さんは話しています。
◇ 子どものうつへの対応は、医療機関も念頭に
うつ気分は誰にでもあるもの。とくに思春期には多いものです。
でも、その中にうつがひどくなってどんどん辛くなっていく
子どもがいるのです。
診断基準にあてはまっても、日常生活にとくに問題がなければ、
うつ病ではありません。あてはまってかつ、みんなと同じように
課題に取り組めない、前のように勉強に集中できなくなったなど、
問題をかかえ自分が苦しいというときに、うつ病の疑いが
出てくるのです。
「今までの自分と違うというのは、本人には非常に辛いことなのです」
と猪子さん。
時間の経過や誰か助けてくれる人が出てきたり、クラス替えなどで
状況が変わり、自然にうまくいくこともあります。でも、中には
治療が必要な子どももいるのです。
まだ日本では児童精神科は少数。心配であれば地域の精神保健センター
や保健所で適切な医療機関を紹介してもらってくださいと
猪子さんはアドバイスしています。
◇ 猪子 香代(いのこ かよ)さん
児童精神科医。1982年東京女子医科大学卒業。
1998年名古屋大学大学院医学研究科児童精神医学助教授。
2001年東京都精神医学総合研究所児童思春期部門副参事研究員。
現在、東京女子医科大学病院小児科非常勤講師でもあり、
当病院で診療を行っている。
取材・文 祢津加奈子
2008年5月1日
毎日新聞
トップ>ライフスタイル>健康>毎日らいふ>名医に聞く治療の最前線
子どものうつ病
http://mainichi.jp/life/health/mailife/meii/news/20080430org00m100048000c.html
◇ 子どももうつ病になる
子どもはエネルギーのかたまり。たまに落ち込んだり、
憂うつそうな日があってもすぐに元気になるもの、と思っている人が
多いのではないでしょうか。ところが、実際は子どもにも
うつ病は少なくないのです。
児童精神医学を専門とする東京都精神医学総合研究所副参事研究員の
猪子香代さんが診た一番小さなうつ病の子どもは、わずか4歳だった
そうです。この子の場合は、母親のうつが引き金でした。
しかし、本当にうつ病が増えるのは中学生以降。
「学童期にもうつ病がないわけではありませんが、
アメリカの調査では、思春期前の子どもではうつ病の有病率は
1〜2%。それが、思春期をすぎると3〜8%ぐらいといわれています。
日本もあまり変わらないのでは」
と猪子さんは話しています。
つまり、思春期を迎えた中高生の場合、1クラス30人とすると、
クラスに1〜2人はうつ病の子どもがいる計算になります。
20代までに20%ぐらいがうつ病を経験するという報告もあります。
もちろん、この中には軽症から重症まで、さまざまな程度や種類の
うつ病が含まれていますが、思春期を過ぎたらうつ病は珍しい病気
ではないのです。
もっとも、子どものうつ病が急に増えたわけではないようです。
専門家の間では1980年、アメリカの精神医学の診断基準書
(DSMIII)が改定された頃から、すでに子どものうつ病が
注目されていたそうです。
「新しい診断基準に照らして診ると、子どもにもうつ病に
当てはまる例がたくさんあることがわかったのです」
と猪子さん。
それが今、一般に注目されるようになったのは、やはり中高年の
自殺の激増が引き金になっているようです。今、日本では自殺者が
毎年3万人を超えています。その原因としてうつ病が注目される
ようになり、子どものうつ病にも関心が向いてきたのではないかと
いうのです。
しかし、子どものうつ病は大人とは全く違った形で現れることも多く、
それが子どものうつ病を見えにくくしている大きな原因にもなっています。
◇ 現れる症状が、頭痛、腹痛、イライラなどのときもある
真面目で一生懸命勉強をする子だったのに、このごろ派手な服装を
して夜遊びをするようになった、いつもイライラしていて落ちつかず、
ちょっと注意すると怒りだす。こうしたうつ病とはほど遠い
イメージの子どもの中に、うつ病が潜んでいることがあるのです。
猪子さんによると、子どものうつ病は症状の現れ方が非常に幅広く、
「大人と同じような症状を訴える子どももいますが、
一般にイライラや落ちつかない、暴力を振るうなど焦燥感が強く、
抑制はあまり強くないのが特徴」
だと言います。
表1のように、子どもの場合にもうつ病の診断基準は大人と同じです。
まず、抑うつ気分か興味や喜びの喪失のいずれかがあり、加えて
食欲不振や不眠、焦燥感、疲れやすい、自分に価値がないと思う、
思考力や集中力の低下などを加えて9項目のうち5つ以上の症状が
2週間以上続けば、うつ病の疑いが考えられます。
ところが、子どもの場合、実際に表面に現れる症状はいろいろ
なのだそうです。気分が落ち込んで楽しくなくなり、周囲の人と
話をしない、ひきこもる。疲労感や無気力を訴え、自分はダメな
人間だと責める。こういううつ病らしい子どももいる一方で、
頭痛や腹痛など体の症状が前面に出たり、イライラして焦燥感が強く、
家族にも当たり散らす、夜遅くまで家に帰らず不良仲間と刹那的な
楽しみを求めるようになる子どももいるのです。
たとえば、A君はうつ病で集中力がなくなり、前は見るだけで
覚えられた漢字も全然頭に入らなくなりました。本人も焦って
机の前に座るのですがどうしようもありません。ところが、
お母さんは勉強しなさいの一点張り。ある日何とか勉強しようと
机の前に座ったときに、なぜ勉強しないのと責められ、
ついに母親に怒鳴って手を挙げてしまったのです。
「家庭内暴力を主訴に来院する子どもの中にも、話を聞くと
うつではないかと思われる子どもが少なくないのです」
と猪子さんは語っています。
家にいても楽しくない、机に向かっても何もできないから
外に出ると、不良の友人は刹那的に遊んでくれる。
そこから家出に向かう子どももいるのです。うつと一緒に、
不安障害や夜遊び、家出、暴力を振るうなどの行為障害などを
伴うことが多いのも、子どものうつ病の特徴だそうです。
◇ 子どものつらい状態を周囲が理解することが大切
では、どういう子どもがうつ病になりやすいのでしょうか。
以前は、真面目で完璧主義、融通がきかないといった性格が
うつになりやすいといわれました。しかし、猪子さんによると
「今はこうした性格は、すでに軽いうつが始まっていた
からかもしれない」
と考えられているそうです。むしろ重要なのは、
何かあったときにそれをストレスと感じるかどうかです。
今、うつ病は脳の機能不全と理解されています。つまり、
脳の中で情報伝達に働いている化学物質が不足して
脳の働きがうまくいかなくなった状態と考えられています。
ストレスはそのきっかけになるのです。
子どもの場合、友達関係と親との関係がストレスになること
が多いといいます。
家族関係が不安定なのは子どものうつの原因の1つですが、
それは子どもの受け止め方によって違ってきます。
そして、ストレスがあったときに大切なのが、友人や家族など
周囲のサポートです。
「同じストレスがあっても、いい友達がいて一緒に悲しんだり、
話したくなったらいつでも話してとか、あなたのことを大切に
思っていると言ってくれる。頑張れと励ますのではなく、
情緒的にサポートしてくれる人がいると、元気になれるのです」
励ましは、かえって焦燥感を増すばかりです。子どもは話して
くれないと思っている親も多いと思います。しかし、猪子さんによると
「子どもは、誰も自分のことをわかってくれないと思う半面、
誰かに聞いてほしい、わかってほしいと思っているのです」
と言います。周囲の人は、子どもがその気持ちを言葉にできる
ように助けてあげることが大事だと言います。
たとえば、いじめられた子どもは、ひどくうつになって
猪子さんのもとを訪れます。病院では話すのに、なぜ家で
話さないのでしょう。
「お母さんは、嫌なことは嫌とハッキリ言いなさいとか、
いじめられないようにしなさいと言うから」。
子どもにすればそうはいかないから辛いのです。こんなとき、
猪子さんは、いじめている相手がどんな子なのか、
どんな家に住んで、どんな言葉遣いをするのか、
周囲の子どもはなぜ黙ってその子に加担しているのか、
少しずつ話を聞いていくそうです。すると、しだいに子どもは
「相手も寂しいんだ、私がダメだからいじめられるんじゃなくて、
今はたまたま自分なんだ」
と状況を理解していくといいます。つまり、状況に対する認識が
変わっていくのです。
実は、これが認知療法というカウンセリングの手法でも
あるのです(図1)。そこまでいかなくても
「頑張れと言わないでちょっと見守るとか、子どもを向こうへ押さない。
そういう気持ちを親が持っていることが大切だと思います」
と猪子さんは話しています。
◇ 子どものうつへの対応は、医療機関も念頭に
うつ気分は誰にでもあるもの。とくに思春期には多いものです。
でも、その中にうつがひどくなってどんどん辛くなっていく
子どもがいるのです。
診断基準にあてはまっても、日常生活にとくに問題がなければ、
うつ病ではありません。あてはまってかつ、みんなと同じように
課題に取り組めない、前のように勉強に集中できなくなったなど、
問題をかかえ自分が苦しいというときに、うつ病の疑いが
出てくるのです。
「今までの自分と違うというのは、本人には非常に辛いことなのです」
と猪子さん。
時間の経過や誰か助けてくれる人が出てきたり、クラス替えなどで
状況が変わり、自然にうまくいくこともあります。でも、中には
治療が必要な子どももいるのです。
まだ日本では児童精神科は少数。心配であれば地域の精神保健センター
や保健所で適切な医療機関を紹介してもらってくださいと
猪子さんはアドバイスしています。
◇ 猪子 香代(いのこ かよ)さん
児童精神科医。1982年東京女子医科大学卒業。
1998年名古屋大学大学院医学研究科児童精神医学助教授。
2001年東京都精神医学総合研究所児童思春期部門副参事研究員。
現在、東京女子医科大学病院小児科非常勤講師でもあり、
当病院で診療を行っている。
取材・文 祢津加奈子
2008年5月1日