清水代表の必見ブログ(NPO法人ライフリンク)
[2008年04月29日(Tue)]
NPO法人自殺対策センター ライフリンク
http://www.lifelink.or.jp/hp/top.html
代表の清水康之さんのブログを読ませていただいた。
昨今の硫化水素による自死及びそれらの報道のあり方、
この国の自死対策のあり方、市民が具体的にできることなど、
さまざまなご提言、思いを書かれている。必読。
多くの方々にぜひともお読みいただきたい。
以下、引用
************************
ライフリンク代表日記
2008年04月28日
「坑道のカナリア」の声を聞け
〜「硫化水素自殺」報道に思うこと〜
http://blog.livedoor.jp/bxs00035/
多くの遺族と接してきたからだろうか。
自殺の報道に触れるたび、思い浮かべるのは
亡くなった人やその家族のことである。
《4/24 毎日新聞》
硫化水素自殺 中3女子が死亡 住民80人が避難
新聞報道によると、少女は13歳。母ひとり子ひとりの、
親子二人で市営住宅に暮らしていたという。
「女子生徒は2年時には約7割の日数を欠席していた。
しかし、2年終わりごろの進路相談で、担任教師が
ある高校を薦めると、女子生徒は興味を示していたという。
3年になって登校に意欲は見せていたが、今月7、8日に
登校し、23日まで欠席が続いていた。3年に進級して
学習面に不安があった」
のだそうだ。
そういえば、ちょっと前まで「再チャレンジ」というスローガンが
連呼されていたが、この13歳の少女にはどう響いていただろうか。
失敗を繰り返して成長していく場であるはずの学校で
「再チャレンジ」が果たせないと悟ったとき、いったい誰がその先の
人生に夢や希望をみることができるだろう。
《4/10 産経新聞》
「硫化水素発生中。入るな」36歳男性が自殺 亀有の都営住宅
都営住宅に、親と同居していたという。36歳と言えば、私と同い年。
幼い頃には、ガンプラやファミコンに夢中になった世代(第二次
ベビーブーマー)である。
記事には無職と書かれていたが、ずっと仕事に就いていなかった
のだろうか。
それとも何らかの理由で離職したのか。
いずれにせよ、きっと彼にだって私たちと同じような子供時代が
あったはず。
いったい彼は人生のどの辺りから、自殺へと足が向き始めて
しまったのだろう。
いったい何が、彼を自殺へと追い込んでいったのだろうか。
《4/25 読売新聞》
横浜でも38歳男性が硫化水素自殺…マンション住民も被害
記事の中に「帰宅した小学生の二男(8)が頭痛などを訴えた」
という一文があり、私はそこが一番気になった。
父親が亡くなっている姿を最初に発見したのが、この子だった
のではないかと想像したからである。(実際に遺児の子たちから
話を聞いていいると、子どもが第一発見者である場合が少なくない。)
もしそうだとしたら、この子は父親を見て何を思っただろう。
フラッシュバックに悩まされてはいないだろうか。
それに、「硫化水素自殺=迷惑」という見られ方をする中で、
ちゃんと親父さんとお別れができたのかな。
「父ちゃん、なんで僕をおいて死んじゃうんだよ」
って、亡骸にすがりつきながら大泣きすることができただろうか。
「やだよ、父ちゃん。早く起きてよ」
って。。。
4/09 無職少女が硫化水素で自殺 大阪(産経新聞)
4/13 硫化水素自殺 19歳男性が自宅浴室で 岡山(毎日新聞)
4/13 大阪でも硫化水素自殺 18歳女性が浴室で死亡(産経)
4/16 硫化水素自殺 静岡で34歳女性 ガス吸った父も入院(毎日)
4/16 硫化水素自殺 横浜で27歳男性 隣室2人巻き添え軽症(毎日)
4/17 硫化水素 乗用車内で夫婦中毒死 心中か 北九州(毎日)
4/18 練馬の会社員 硫化水素自殺(産経)
4/23 22歳男性 硫化水素で自殺 横浜市(産経)
4/25 硫化水素で親子自殺? 浴室から異臭 青森(河北新報)
4/26 17歳、硫化水素自殺か=マンション住民50人避難 横浜(時事)
4/27 相次ぐ硫化水素自殺 4月はすでに50件超す(産経新聞)
当たり前のことではあるが、亡くなり方は同じようでも、
亡くなった人に同じ人はいない。
自殺が起きるたびに、誰かのかけがえのない「いのち」が失われて
いっている。誰かにとって大切な人の「いのち」が失われていっている。
だが一連の報道からは、そうしたことがまったくと言っていいほど
伝わってこない。いや「ひと」の気配すら感じられない記事が多い。
「周囲への影響」のことばかりが強調されて、まるで「死にたい奴は
勝手に死ね。ただし、周りに迷惑を掛けずに独りで死ね」
と言わんばかりの論調である。
(そもそもWHOの「自殺報道ガイドライン」を無視した報道も目立つ。)
確かに自殺の巻き沿いを食わされたらたまったもんじゃない。私もそう思う。
でも報道によると、亡くなったほとんどの人たちが「張り紙」を
していたらしいではないか。
「硫化水素発生中 入らないで下さい」
「毒ガス発生中 すぐに通報して下さい」
「危険 硫化水素発生中 絶対に開けないでください」など
社会に対するルサンチマンがあって不思議ではないのに、
人生最後の言葉が「他者への警鐘」だなんて。なんという律儀さかと、
あまりにも切なくなってくる。
「坑道のカナリア」という言葉をご存知だろうか。
坑道の中などで有毒ガスの発生を、人間が感知する前に知るために、
籠にいれて持ち込まれるカナリアのことである。
硫化水素自殺。
奇しくも彼らは、日本社会に蔓延する「生きづらさ」「息苦しさ」を
真っ先に感知して、私たちに警鐘を鳴らしているのではないか。
いやもっと言えば、毎年3万人、一日90人に上る自殺者が、
現代日本社会における「坑道のカナリア」なのだろう。
自殺は、あらゆる社会問題が最も深刻化した末に起きている。
過重労働、いじめ、多重債務、介護疲れ、差別、犯罪被害など。
だから自殺で亡くなった人たちの「声なき声」に耳を傾けると、
この社会で「いのち(私たち自身の者も含めて)」がどんな扱いを
受けているのかが良く見える。
私たちが漠然と感じている「生きづらさ」や「息苦しさ」の正体が、
極めて具体的な形で浮き彫りになってくる。
「硫化水素」という表面的な手段にばかり目を向けていたって、
「天唾」にしかならない。
自殺で亡くなる人たちが何に生きづらさを感じ、どんな支援を
必要としていたのか。それらを明らかにすることこそが、
私たちの社会が抱える奥深い問題点に迫ることにつながって
いくはずなのだ。
自殺の問題について考えるとき、私は決してそうした視点を
忘れてはならないと思う。そこから「ひと」の面影を決して
消し去ってなるものかと思う。
カナリアたちの「声」に耳を傾けるのか。それとも「声」を
聞き流して、聞こえぬふりをして、このまま坑道を突き進んでいくのか。
亡くなられた方々のご冥福を祈りつつ、私は前者に努めることを
ここに誓いたい。
【参考資料】
「1000人の声なき声に耳を傾ける調査(自殺実態調査)」
「いじめ自殺と報道 ガイドライン策定が急務」
代表日記「メメント・モリ〜死を憶えよ〜」
なお、「硫化水素自殺」対策に関して簡単に具体的なことを補足しておく。
考えられるのは、緊急避難的な対策と根本的な問題に迫るための
長期的な対策だろう。
緊急避難的な対策については、大きく2点。
ひとつは、報道の仕方をあらためること。WHOの
「自殺報道ガイドライン」を参考にして、自殺対策に資するような
報道に変えていくことである。
もうひとつは、ネットでの対策。「自殺」「硫化水素」と検索したときに、
相談窓口のHPが先に検索されるような仕掛けにすること。加えて、
2ちゃんや自殺掲示板などに、相談窓口のHPアドレスを
カウンター的に打ち込んでいくこと。そうやって、自殺の方向に
向かう情報ばかりが集まっている状態を、生きる方向に向かう
情報を増やしていくことで「中和」させるべきだろう。
また長期的な対策も、2点。
ひとつは、教育の中で「悩みを打ち明ける訓練」「死にたいと
いう気持ちになったときそれを伝える訓練」をすること。
自殺予防教育というと、すぐに「命の大切さを教えよう」と
いうことになりがちなのだが、子どもたちだって「命が大切なこと」
くらいはすでに分かっているわけで、問題はその「大切な命」を
守れなくなってきたときに助けを求める方法を教えてあげること
なのだと私は思う。
またもうひとつは、「生きるに値する魅力的な社会にしていく」
ということだ。そのためにも、社会がもっと「死から学ぶ」ための
仕組みを整えるべきだろう。当事者の声が施策に反映されるような
仕組みを作っていく必要があるのだと思う。
とりあえず、今日はここまで。
上記に関連することでライフリンクが取り組んでいるプロジェクト
について、追って補足していきたい。
Posted by bxs00035 at 01:15 │Comments(0) │TrackBack(0)
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以上、引用終わり
http://www.lifelink.or.jp/hp/top.html
代表の清水康之さんのブログを読ませていただいた。
昨今の硫化水素による自死及びそれらの報道のあり方、
この国の自死対策のあり方、市民が具体的にできることなど、
さまざまなご提言、思いを書かれている。必読。
多くの方々にぜひともお読みいただきたい。
以下、引用
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ライフリンク代表日記
2008年04月28日
「坑道のカナリア」の声を聞け
〜「硫化水素自殺」報道に思うこと〜
http://blog.livedoor.jp/bxs00035/
多くの遺族と接してきたからだろうか。
自殺の報道に触れるたび、思い浮かべるのは
亡くなった人やその家族のことである。
《4/24 毎日新聞》
硫化水素自殺 中3女子が死亡 住民80人が避難
新聞報道によると、少女は13歳。母ひとり子ひとりの、
親子二人で市営住宅に暮らしていたという。
「女子生徒は2年時には約7割の日数を欠席していた。
しかし、2年終わりごろの進路相談で、担任教師が
ある高校を薦めると、女子生徒は興味を示していたという。
3年になって登校に意欲は見せていたが、今月7、8日に
登校し、23日まで欠席が続いていた。3年に進級して
学習面に不安があった」
のだそうだ。
そういえば、ちょっと前まで「再チャレンジ」というスローガンが
連呼されていたが、この13歳の少女にはどう響いていただろうか。
失敗を繰り返して成長していく場であるはずの学校で
「再チャレンジ」が果たせないと悟ったとき、いったい誰がその先の
人生に夢や希望をみることができるだろう。
《4/10 産経新聞》
「硫化水素発生中。入るな」36歳男性が自殺 亀有の都営住宅
都営住宅に、親と同居していたという。36歳と言えば、私と同い年。
幼い頃には、ガンプラやファミコンに夢中になった世代(第二次
ベビーブーマー)である。
記事には無職と書かれていたが、ずっと仕事に就いていなかった
のだろうか。
それとも何らかの理由で離職したのか。
いずれにせよ、きっと彼にだって私たちと同じような子供時代が
あったはず。
いったい彼は人生のどの辺りから、自殺へと足が向き始めて
しまったのだろう。
いったい何が、彼を自殺へと追い込んでいったのだろうか。
《4/25 読売新聞》
横浜でも38歳男性が硫化水素自殺…マンション住民も被害
記事の中に「帰宅した小学生の二男(8)が頭痛などを訴えた」
という一文があり、私はそこが一番気になった。
父親が亡くなっている姿を最初に発見したのが、この子だった
のではないかと想像したからである。(実際に遺児の子たちから
話を聞いていいると、子どもが第一発見者である場合が少なくない。)
もしそうだとしたら、この子は父親を見て何を思っただろう。
フラッシュバックに悩まされてはいないだろうか。
それに、「硫化水素自殺=迷惑」という見られ方をする中で、
ちゃんと親父さんとお別れができたのかな。
「父ちゃん、なんで僕をおいて死んじゃうんだよ」
って、亡骸にすがりつきながら大泣きすることができただろうか。
「やだよ、父ちゃん。早く起きてよ」
って。。。
4/09 無職少女が硫化水素で自殺 大阪(産経新聞)
4/13 硫化水素自殺 19歳男性が自宅浴室で 岡山(毎日新聞)
4/13 大阪でも硫化水素自殺 18歳女性が浴室で死亡(産経)
4/16 硫化水素自殺 静岡で34歳女性 ガス吸った父も入院(毎日)
4/16 硫化水素自殺 横浜で27歳男性 隣室2人巻き添え軽症(毎日)
4/17 硫化水素 乗用車内で夫婦中毒死 心中か 北九州(毎日)
4/18 練馬の会社員 硫化水素自殺(産経)
4/23 22歳男性 硫化水素で自殺 横浜市(産経)
4/25 硫化水素で親子自殺? 浴室から異臭 青森(河北新報)
4/26 17歳、硫化水素自殺か=マンション住民50人避難 横浜(時事)
4/27 相次ぐ硫化水素自殺 4月はすでに50件超す(産経新聞)
当たり前のことではあるが、亡くなり方は同じようでも、
亡くなった人に同じ人はいない。
自殺が起きるたびに、誰かのかけがえのない「いのち」が失われて
いっている。誰かにとって大切な人の「いのち」が失われていっている。
だが一連の報道からは、そうしたことがまったくと言っていいほど
伝わってこない。いや「ひと」の気配すら感じられない記事が多い。
「周囲への影響」のことばかりが強調されて、まるで「死にたい奴は
勝手に死ね。ただし、周りに迷惑を掛けずに独りで死ね」
と言わんばかりの論調である。
(そもそもWHOの「自殺報道ガイドライン」を無視した報道も目立つ。)
確かに自殺の巻き沿いを食わされたらたまったもんじゃない。私もそう思う。
でも報道によると、亡くなったほとんどの人たちが「張り紙」を
していたらしいではないか。
「硫化水素発生中 入らないで下さい」
「毒ガス発生中 すぐに通報して下さい」
「危険 硫化水素発生中 絶対に開けないでください」など
社会に対するルサンチマンがあって不思議ではないのに、
人生最後の言葉が「他者への警鐘」だなんて。なんという律儀さかと、
あまりにも切なくなってくる。
「坑道のカナリア」という言葉をご存知だろうか。
坑道の中などで有毒ガスの発生を、人間が感知する前に知るために、
籠にいれて持ち込まれるカナリアのことである。
硫化水素自殺。
奇しくも彼らは、日本社会に蔓延する「生きづらさ」「息苦しさ」を
真っ先に感知して、私たちに警鐘を鳴らしているのではないか。
いやもっと言えば、毎年3万人、一日90人に上る自殺者が、
現代日本社会における「坑道のカナリア」なのだろう。
自殺は、あらゆる社会問題が最も深刻化した末に起きている。
過重労働、いじめ、多重債務、介護疲れ、差別、犯罪被害など。
だから自殺で亡くなった人たちの「声なき声」に耳を傾けると、
この社会で「いのち(私たち自身の者も含めて)」がどんな扱いを
受けているのかが良く見える。
私たちが漠然と感じている「生きづらさ」や「息苦しさ」の正体が、
極めて具体的な形で浮き彫りになってくる。
「硫化水素」という表面的な手段にばかり目を向けていたって、
「天唾」にしかならない。
自殺で亡くなる人たちが何に生きづらさを感じ、どんな支援を
必要としていたのか。それらを明らかにすることこそが、
私たちの社会が抱える奥深い問題点に迫ることにつながって
いくはずなのだ。
自殺の問題について考えるとき、私は決してそうした視点を
忘れてはならないと思う。そこから「ひと」の面影を決して
消し去ってなるものかと思う。
カナリアたちの「声」に耳を傾けるのか。それとも「声」を
聞き流して、聞こえぬふりをして、このまま坑道を突き進んでいくのか。
亡くなられた方々のご冥福を祈りつつ、私は前者に努めることを
ここに誓いたい。
【参考資料】
「1000人の声なき声に耳を傾ける調査(自殺実態調査)」
「いじめ自殺と報道 ガイドライン策定が急務」
代表日記「メメント・モリ〜死を憶えよ〜」
なお、「硫化水素自殺」対策に関して簡単に具体的なことを補足しておく。
考えられるのは、緊急避難的な対策と根本的な問題に迫るための
長期的な対策だろう。
緊急避難的な対策については、大きく2点。
ひとつは、報道の仕方をあらためること。WHOの
「自殺報道ガイドライン」を参考にして、自殺対策に資するような
報道に変えていくことである。
もうひとつは、ネットでの対策。「自殺」「硫化水素」と検索したときに、
相談窓口のHPが先に検索されるような仕掛けにすること。加えて、
2ちゃんや自殺掲示板などに、相談窓口のHPアドレスを
カウンター的に打ち込んでいくこと。そうやって、自殺の方向に
向かう情報ばかりが集まっている状態を、生きる方向に向かう
情報を増やしていくことで「中和」させるべきだろう。
また長期的な対策も、2点。
ひとつは、教育の中で「悩みを打ち明ける訓練」「死にたいと
いう気持ちになったときそれを伝える訓練」をすること。
自殺予防教育というと、すぐに「命の大切さを教えよう」と
いうことになりがちなのだが、子どもたちだって「命が大切なこと」
くらいはすでに分かっているわけで、問題はその「大切な命」を
守れなくなってきたときに助けを求める方法を教えてあげること
なのだと私は思う。
またもうひとつは、「生きるに値する魅力的な社会にしていく」
ということだ。そのためにも、社会がもっと「死から学ぶ」ための
仕組みを整えるべきだろう。当事者の声が施策に反映されるような
仕組みを作っていく必要があるのだと思う。
とりあえず、今日はここまで。
上記に関連することでライフリンクが取り組んでいるプロジェクト
について、追って補足していきたい。
Posted by bxs00035 at 01:15 │Comments(0) │TrackBack(0)
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以上、引用終わり



