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福岡・西区の小1殺害:「難病理解されず孤立」 被告の母、悔悟 6年間の思い出に涙(毎日新聞) [2008年12月31日(Wed)]
2008(平成20)年12月31日(水)
毎日新聞 西部朝刊
トップ>オッショイ! 九州>社会

福岡・西区の小1殺害:「難病理解されず孤立」
被告の母、悔悟 6年間の思い出に涙
http://mainichi.jp/seibu/shakai/news/20081231ddp041040012000c.html



◇ 毎日新聞記者接見
福岡市西区の小戸公園で9月に起きた小1男児殺害事件。
1人息子の富石弘輝(こうき)君(当時6歳)を殺害した
として起訴された母親の富石薫被告(35)は、自身の難病
と弘輝君の障害に悩み、周囲の助けも得られぬまま孤立していた。
拘置先で接見に応じた薫被告は、とりかえしのつかない行為に
悔悟の涙を流しつつ、弘輝君と過ごした6年を思い返す日々を
送っていた。

【朴 鐘珠】

接見室で向かい合った薫被告は顔のむくみが取れ、落ち着いた
様子だった。9月22日の逮捕後、3カ月で体重が11キロ
落ちたという。

事件後、約2カ月間にわたって精神鑑定を受けたが、うつ状態
とパニック状態を繰り返し、自傷行為にも及んだという。
「私は、自分が死にたいという気持ちが大きくて、
弘輝に手をかけることは全然頭にはなかったんです。
いまだになぜ死んだのが弘輝で、私じゃなかったんだろうかと
思います」。
薫被告はそうもらした。

薫被告は2年前、難病の「線維筋痛症」と診断された。
軽微な刺激でも全身に激痛が走り、家事もままならなかった。
症状が悪化すると、うつ病と不眠も併発した。追い打ちを
かけるように、小学校入学前の弘輝君に発達障害があることが
分かった。
「私が難病で、弘輝は障害。ハンディキャップを持った
親子の気持ちをどう説明しても分かってくれる人は少ないと
思う。主人だって理解していなかったくらいですから」

当時、会社員の夫は仕事に忙殺されていた。情緒不安定な
弘輝君の教育についても、周囲に相談できる相手がいなかった。
孤独感に悩んだ薫被告は事件の10日ほど前、睡眠薬を大量に
飲んだが、死にきれなかったという。

薫被告は小戸公園内の身体障害者用トイレで、弘輝君の
首を絞めて殺害したとして起訴された。当日は、トイレで
介助を弘輝君に頼んだが、嫌がられるなどしたため衝動的に
自殺用に持っていたホースで殺害したという。

過ちを省みる転機は、夫と両親との接見だった。
「3人とも私の病気のことを調べてきてくれて。分かって
やれなくてごめんって謝ってくれて。待っているからって……。
それ聞いたら、肩の荷が下りたんです」

拘置先では、朝に夕に手を合わせ、弘輝君の冥福を祈っている
という。日記には息子との楽しかった思い出を書き留めている。
記者の前で、薫被告は弘輝君のあどけない口ぶりをまねてくれた。

「野球選手になってお金をいっぱいもらって、ママに
赤い車をプレゼントしてあげる」
「ママはいつも病気でお留守番しているから、今度は
パパがお留守番して、弘輝とママ2人で旅行しようよ」

その声は場違いなほど弾み、口元もほころんでいた。
だが、そのうち眼鏡の奥に涙があふれ、ほおを伝い落ちた。
記者にはその泣き笑いが母の愛の証しに感じられ、
思わず声をかけた。
「薫さん、いい顔していますね」

「暗い顔をしてばかりだと、弘輝が悲しむから」
と薫被告。接見の終わりを告げる職員の言葉に、薫被告は
立ち上がりながら言った。
「仕方のないことなんで。受け止めていくしかありません……」



毎日新聞 2008年12月31日 西部朝刊
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