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年賀状:頼る家族がいない人生に、光を差してくれた友人へ 69歳、初の直筆−−広島(毎日新聞) [2008年12月26日(Fri)]
2008(平成20)年12月26日(金)
毎日新聞 大阪夕刊
トップ>関西

年賀状:頼る家族がいない人生に、光を差してくれた友人へ
69歳、初の直筆−−広島
http://mainichi.jp/kansai/news/20081226ddf041040006000c.html

戦後の混乱でほとんど学校に通えず、03年から広島市西区の
市立観音中夜間学級で読み書きなどを学ぶ坂井ヒサヨさん(69)=同区=
が生まれて初めて自筆の年賀状を書いている。
幼いころ両親を亡くし、貧しさや孤独に苦しんできた身を支えてくれた
友人たちに、感謝を込めて届ける10枚だ。
【黒岩揺光】

「作年は何かとお世話になりました」。
「あっ、『作』じゃなくて『昨』だ」。
無邪気な笑顔が浮かぶ。筆ペンで1字ずつ、しっかり書き、1葉に15分
はかかる。

坂井さんは1939年、島根県邑智(おおち)町(現美郷町)の農家に生まれた。
9人兄姉の末っ子で、兄姉5人は病気などで死亡、3人は広島市の軍需工場など
へ働きに出た。両親も脳卒中で相次いで亡くなった。

終戦後、姉2人は嫁ぎ、年の離れた兄は仕事で家を空けた。
1人残された坂井さんは、ひもじさのあまりよその畑から野菜を盗み、
兄に竹でぶたれた。小学校では貧乏をからかわれ、石を投げられた。
小学3年で松江市の施設に預けられたが、農作業などに追われて
学校に通えなかった。

15歳で施設を出て広島市へ。履歴書が書けず、飛び込みの飲食店や
パチンコ店で頭を下げた。勤めを見つけても同僚から熱湯をかけられるなど
いじめられた。

「生きてても仕方ない」。
19歳で自殺を図った。交際相手の子を身ごもると、
「頭の悪い母親に育てられても不幸になる」
と中絶を繰り返した。今は飲食店でのパートと年金で生計を立てているが、
身よりはない。

苦しい時に姉のように支えてくれたのは最初に勤めた飲食店で知り合った
広島市中区西白島町の中元福子さん(74)。
昨年ヘルニアで入院した時は保証人になってくれた。
夜間中学で今年、中学3年の漢字を学び始めたのを機に、初めて年賀状の文面に
挑戦した。

「頼れる家族が1人もいない暗い人生に光を差してくれた友人へ、
気持ちを伝えられるのがうれしい」。
一字一字に喜びと感謝の思いが刻まれている。

毎日新聞 2008年12月26日 大阪夕刊
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