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NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
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なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
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社会参加へ、飛び出せ僧侶 世界仏教徒会議(朝日新聞) [2008年11月29日(Sat)]
ソーシャル・アクションの抱える常として、
政治と宗教とのリンクなど、たしかに、
危うい部分も抱えてはいるとは思うが・・・;

比較的若い、宗教界のがんばっている方々の
取り組みは、いまの世の中の光だと思う。



「葬式仏教」とさんざん揶揄されて、
それでも何もしないで(できないで)
じっとしておられた方々が、もしかしたら
おられるのかも知れない。

いまの社会との関わりに自覚的であり、
理念と使命をもって行動・実践してくださっている
仏教界の方々は、信頼できるし、尊敬できるのではないか。
そうした方々から学ぶことはとても多い。

以下、引用

*******

2008(平成20)年11月29日(土)
朝日新聞
asahi.com>ニュース>文化トピックス記事

社会参加へ、飛び出せ僧侶 世界仏教徒会議
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200811290116.html



世界仏教徒会議で自殺問題を話し合う僧侶ら。
篠原鋭一さん(左から2人目)は「社会苦」
として見るよう訴えた=東京・浅草、磯村撮影

僧侶は寺にこもるのではなく、社会問題に積極的にかかわろう。
そんな「社会参加仏教」のグローバルな潮流が、
日本の伝統仏教界に押し寄せている。
今月半ばに東京で開かれた世界仏教徒会議は宣言文で
「具体的な行動を起こす」
と踏み込んだ。それが持つ意味合いと日本の現状は――。

世界仏教徒連盟(本部・バンコク)主催の会議は
従来、高僧らのスピーチや理念的な話し合いが中心。
内輪の集まりとの印象が強かった。

しかし11月の日本大会は様変わり。
7つの公開シンポジウムで
「自殺」
「終末期医療」
「環境」
など一般の関心が高い問題を取り上げた。
各分野で活動中の僧侶らが、現場での課題と
仏教の可能性を語った。
最終日に発表された宣言文は述べる。

「私たち世界の仏教徒は、今こそ釈尊が説かれた
『縁起』の教えのもと(中略)人々と苦悩を共有し、
多くの社会問題解決へと具体的な行動を起こすことを
宣言する」

「苦」の原因は心の内面だけでなく、社会の側にもあるはず。
そう考える仏教のあり方は20世紀半ばから注目され始めた。
社会参加仏教(エンゲージド・ブディズム)は
今や、世界的な合言葉となった。

アジア諸国では、多くの僧侶は世俗社会を遠ざけて
禁欲的な修行をする。しかし、圧政や急速な近代化が
もたらす矛盾を前に、仏教の役割が問い直されている。

ミャンマー(ビルマ)で政府に対する抗議デモの先頭に
僧侶が立ったり、スリランカで僧侶・仏教徒らが
貧しい農村の開発にかかわったりしているのは一例だ。

一方、欧米諸国は、近代合理主義に代わる価値観を
示してくれるのでは、と仏教に期待を寄せる。

世界仏教徒連盟が、憲章修正の方向を打ち出したのは06年。
それまで目標の1つには、生きとし生けるものすべてが
幸福であるための「努力」をするとだけ記されていた。
それが
「行動計画に積極的に取り組む」
と改められることになった。

その流れを受けて日本大会を企画したのは、
国内の比較的若い僧侶たち。
「葬式仏教」と揶揄(やゆ)されてもなかなか変わろうと
しない伝統仏教界に危機感を持つ世代だ。
「仏教者の社会問題解決への貢献」
を大会テーマに掲げ、一石を投じようとした。

日本では、一部に変化の兆しはある。
例えば自殺問題で超宗派のネットワークが生まれつつある。
「死」が心によぎる人の相談を24時間態勢で受けている
千葉県成田市の僧侶、篠原鋭一さん(63)は
自殺防止のNPO設立を内閣府に申請中。
既に全国12県以上の僧侶が協力を約束した。

今春には東京に「臨床仏教研究所」というシンクタンクが
つくられた。僧侶は教育や福祉などの現場でどんな役割を
果たせるのか。提言のための地道な調査を始めている。

しかし、宗教の社会参加は手放しで迎えられるものとは限らない。
行き過ぎて「政治参加」になる危うさがあるからだ。
日本の伝統仏教は第2次世界大戦で、教義をゆがめて
植民地支配に加担した過去を持つ。

今、社会参加仏教という言葉が先行し、日本では
「何かしなければ」
と、どこか浮足だった気分さえ漂っている。
だが、これは単なるボランティア活動ではなく、
慈悲などの深い理念に裏打ちされるところに意味がある。
「行動」を約束してしまったものの、
日本型「社会参加」をめぐる本格的な議論はこれからだ。
(磯村健太郎)

2008年11月29日11時56分

*******

以上、引用終わり
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