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文学の鬼、苦難の生涯概観 八木義徳展(読売新聞) [2008年12月02日(Tue)]
2008(平成20)年12月02日(火)
読売新聞
ホーム>本よみうり堂>出版トピック

文学の鬼、苦難の生涯概観 八木義徳展
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20081202bk05.htm

「小説家のありがたさは、マイナスの要件が
多ければ多いほどいいんだよ。
表現すると、マイナスがすべてプラスになってくる」。

私小説作家、八木義徳(1911〜99)が映像の中で語る声を、
東京・町田市の町田市民文学館ことばらんどで聞いた。
市内の山崎団地に30年住んだ縁で、いま
「文学の鬼を志望す 八木義徳展」
が開かれている。

北海道・室蘭に庶子として生まれ、左翼運動に加わって
満州(現中国東北部)に逃亡し自殺未遂、44年には
「劉廣福」が芥川賞に決まったとの通知を行軍中の中国で
受けるが、2年後に復員すると妻子は東京大空襲で
亡くなっていた――。
展示を一巡りすると、苦難の生涯が概観できる。

作家はしかし苦しみの中から小説を生み出していく。
妻子を失った喪失感は『母子鎮魂』(48年)、
その後の退廃と娼婦との暮らしは『私のソーニャ』(49年)、
出生と父への屈折した思いは読売文学賞を受けた『風祭』(76年)
に結実する。

とことん自分と、人間と向き合い、真摯に書いた生き方は、
まさに「文学の鬼」。
展示では復員後、焼け野原の東京に立ち、妻子の死を知る絶望の
1日をつづった「戦後日記1946」も見ることができる。

『風祭』を読んだ衝撃が文学的出発点となった
作家の佐伯一麦さん(49)は、「かわさき文学賞」に当選した縁で、
選者の八木に87年に初めて会った。
以後、交流を深めた48歳年上の作家について、
「人の話を引き出すのが上手で、好奇心にあふれていた。
八木さんに質問攻めにあったことで、僕の体験も
書くに値するんだと思えた」
と、先月23日の講演で明かした。

「今も、すっくと立つ1本の木を見ると、
あっ、八木さんだと思う」
と佐伯さんは言う。
来年で没後10年、この作家の再読を誘う好企画だ。
展示は14日まで。
(山内則史)

(2008年12月02日 読売新聞)



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