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NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
センターでボランティア活動を始めました。
いろいろと勉強中です。

なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
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東日本大震災:暮らしどうなる? 見守り活動、被災者つなぐ(毎日新聞) [2011年09月20日(Tue)]
2011(平成23)年09月20日(火)
毎日新聞 東京朝刊
トップ>ニュースセレクト>気象・地震

東日本大震災:
暮らしどうなる? 見守り活動、被災者つなぐ
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110920ddm013040005000c.html

◇仮設巡回、話し相手に/被災者雇用し自立促進

阪神大震災で仮設住宅での孤独死や自殺が相次いだことを
教訓に、東日本大震災の被災地では、被災者の見守りに
力を入れる自治体が増えている。

被災者を雇用する例も多く、被災者の経済的自立に
つながる「一石二鳥」の取り組みとして注目される。
その1つ、仙台市の「絆支援員」を取材した。

「ごめんください。」
絆支援員の斎藤誠一さん(59)と小野寺広和さん(47)が
仙台市太白区の仮設住宅群「あすと長町」の
プレハブ住宅前に立った。

出てきた男性(73)に
「体調はどうですか。」
と話しかける斎藤さん。

男性は
「病院に行ってきた。遠くなって通うのが減ったから、
 薬を2倍出してもらったよ。」
と応えた。

プレハブ住宅は風通しが悪く、熱がこもりやすい。
男性の妻は横になって休んでいた。小野寺さんが
「しっかり水分とってください。」
と言うと、男性は
「あなた方も気をつけて。」
とねぎらった。

業務は地道な戸別訪問だ。
平日午前9時半ごろから午後4時までの間、
担当の約40軒に足を運び、原則1日1回は
入居者の顔を見て回る。

あいさつ程度が多いが、支援員との会話が
日課になった被災者もいる。

1人暮らしの永井和美さん(70)は
「そろそろ来ると思ってた。」
と2人を出迎えた。

震災でパークゴルフインストラクターの職を失った。
仕事の再開を目指し、津波で流された自宅跡から
ようやく見付けた受講者名簿などを作成し直して、
1日を過ごす。

「支援員が来ない土日は寂しくてしょうがない。」
と永井さん。

「前の生活に戻りたい。家に帰りたい。」

ぶつけようのない感情をときどき打ち明ける。
支援員はひたすら聞き役になる。

斎藤さんは

「すぐ何かを解決できるわけではないが、
 つらい気持ちを出すことで、少しでも前向きになれるのなら。
 『聞いてもらって良かった。』
 と言われるとホッとする。」

と話す。



相談が解決につながった例もある。
愛犬と暮らす鈴木良一さん(68)は入居後すぐ、
「犬のフンが落ちている。」
という苦情を耳にした。

鈴木さんの犬のフンではなかったが処理し、
すぐに支援員に報告した。

2日後には、仙台市や動物愛護団体が、
飼い主にフンの処理を呼びかける立て看板やポスターを
数カ所に設置した。

鈴木さんは
「見知らぬ者同士だとすれ違いも起きやすい。
 支援員が潤滑油になってくれれば。」
と期待を寄せる。

一方で鈴木さんは
「住民の自助努力も大切。」
として、道に迷っていた高齢者の帰宅を手助けしたり、
鉢植えの水やりを通して安否を確認し合うなど、
日ごろの交流を心がけている。

◇ ◇ ◇

仙台市の支援員は33人いる。
仙台市内17カ所の仮設住宅群のうち、
従来の集落が維持されていない2カ所の住宅群の集会所に
常駐している。

入居者は、仙台市内外から単独で移り住んだ世帯が多い。
コミュニティーががらりと変わった中で、
新たに人間関係を築くのは容易ではない。

あすと長町には自由に出入りできる集会所がある。
しかし宮城県石巻市から来た女性(72)は
「ミニコンサートや有名人の訪問があれば行くけれど、
 普段はなかなか……。」
と話す。

仙台市内の内陸部から引っ越した村山あき子さん(60)も
「我が家は大きく傾いたが津波の被害に遭っておらず、
 すべてを失った人たちに申し訳ない。」
と、周囲との交流を避けている。

当初は支援員の毎日の訪問に戸惑ったが、
「知り合いがいないので、顔なじみになった人たちの
 存在は心強い。」
という。

支援員は国の震災対応事業として
被災者を雇用する制度に基づいており、
2年間の勤務が予定されている。
福島県相馬市や岩手県大船渡市の仮設住宅にも支援員がいる。

仙台市の工藤敦さん(37)は勤めていた工場を
震災で解雇された。

商品管理部門が長く対人業務の経験はなかった。
しかし支援員になるのに資格は不要。条件は
「コミュニケーションがとれる人。
 話し上手より聞き上手。」
と聞き、応募した。

工藤さんは

「はじめは過度に緊張したが、相手の声や表情に気を配り、
サポートする仕事は、自分にとって学びの場。
 震災が大きな変わり目になった。」

と言い、やりがいを感じている。

課題もある。平日仕事をしている入居者にはなかなか会えない。
名簿など「個人情報」が仙台市から渡されていないため、
家族構成、障害や介護の必要性の有無なども全く手探りという。

また、プライバシーに踏み込みすぎないよう
気をつけているため、酒臭い人や部屋にゴミが散乱している
入居者がいても、注意できない。

◇ ◇ ◇

日常会話を通して信頼関係を築き、
ニーズを聞き出すのに成功した例もある。

認知症の症状が重くなった高齢者の家族に
地域包括支援センターを紹介し、
必要な支援を受けられるようになった。

斎藤さんは
「支援員は地元の人間なので継続的な支援ができる。
 言葉のなまりがわかるのも強み。」
と話す。

今後について、仙台市の武山広美・市民協働推進課長は

「入居者の中でも、早い人は仮設住宅を出た後の
 生活再建に向けて動き出すころ。
 特に仕事をしていない高齢者らの生きがいづくりや、
 わずかな変化に気づけるような気配りが求められる。」

と話している。 【鈴木敦子】

毎日新聞 東京朝刊 2011年09月20日(火)
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