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NPO法人宮崎自殺防止センターを応援したい

NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
センターでボランティア活動を始めました。
いろいろと勉強中です。

なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
■ TEL 0985(77)9090
■ 毎週 日・水・金曜日
   午後8時から午後11時まで(3時間)


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死んだらアカン」訴え…福井・東尋坊で巡回  等(読売新聞) [2011年08月29日(Mon)]
2011(平成23)年08月29日(月)
読売新聞
ホーム>地域>福井

思い伝わる記事を
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukui/news/20110828-OYT8T00731.htm

「貴女(あなた)の記事を毎朝楽しみにしている人がいる
 と信じ、書き続けて下さい。」

いつも手帳にはさんでいる手紙があります。
くじけそうになると見つめて、勇気づけられています。



差出人の女性は夫を自殺で亡くし、
家にこもりがちだったそうです。
自死遺族の会の活動を紹介した私の記事に励まされ、
少しずつ外出できるようになったと、つづられていました。

2007年4月の入社以来、福井支局で勤務してきました。
取材や原稿執筆に手間取ったり、上司にしかられたり、
思うような記事を書けなかったり……。

悔しさで涙がこぼれた時、顔も知らない
読者の方々の言葉に何度も救われました。



これまでに届いた手紙は27通に上ります。
便せん7枚に小さな文字を詰め込んだものや、
筆でしたためた達筆のはがきなど。
どれも自分の思い入れが深い記事への感想でした。

冒頭の手紙にある自殺問題の記事が、その1つです。
中学時代、友人が自ら命を絶った
悲しみや悔しさが忘れられず、
取材を続けてきました。

活字の力を知ると同時に、
今後も記者の思いが伝わる記事を数多く
書きたいと、気持ちを新たにしています。



9月1日(木)付で奈良支局に赴任することになりました。
4年半を過ごした福井は第2の故郷です。

手紙を書いてくれた方、
支えてくれた多くの人に感謝しています。
ありがとうございました。

(青木さやか)

読売新聞 2011年08月29日(月)

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

2011(平成23)年08月22日(月)
読売新聞
ホーム>新おとな総研>ニュース

「死んだらアカン」訴え…福井・東尋坊で巡回
http://otona.yomiuri.co.jp/news/news110822_05.htm?from=popin

■NPO法人「心に響く文集・編集局」事務局長
 川越みさ子さん(58)

主婦業をこなしながら、5月から福井県坂井市・
東尋坊での自殺防止活動の責任者を務めている。

自殺しそうな人がいないかを確かめる毎日2回の巡回や、
思い詰めてやって来た人の相談業務にあたる。

頑張れるのは
「みんなに生きて欲しいから。」
にほかならない。
今月8月17日(水)までに、13人を保護したという。



川越みさ子さん



7年間、茂幸雄代表(67)のサポート役に徹してきた。
NPOは5月、福井市のJR福井駅前にも事務所を開設。
親身になって救いの手を差し伸べる“東尋坊の茂さん”が、
新事務所に活動の軸足を移したのを機に、
重責を引き継ぐことになった。

東尋坊タワー近くの事務所には、
深刻な悩みを抱えた人がやって来る。

「死にたい。」
せっぱ詰まった相談者に
「死んだらアカン。」
と心から訴える。



宮崎県で生まれ育った。多感な中学2年の頃、
父親と激しいけんかをした末に
「死んでしまえ。」
と言い放った。

土地を巡るトラブルで悩んでいた父は、翌日に自殺する。
「死んだらアカン。」
と声をかけることすらできなかった。

一家の大黒柱を失って精神的に追いつめられたのか、
最愛の母も翌年、自ら死を選んだ。

中学卒業後、逃げるように故郷を離れ、
大阪市内の繊維会社に就職した。
福井市内の男性と結婚後、親戚や自分の娘にも、
両親の自殺をしばらく隠し続けた。



福井県警本部の喫茶店で働いていた2003年、
顔見知りで旧三国署の副署長だった茂代表に声をかけられて
活動を始めた。

家族間のトラブル解決などのため、全国を車で走り回り、
相談の電話で夜中にたたき起こされることも。

就職の手助けをした人が数日後、
仕事を辞めて音信不通になるなど、
怒りやむなしさがこみ上げることも多かった。

「私は15歳から1人で頑張って生きてきたのに、
 どうしてあなたに出来ないの……。」

だが、少しずつ心境が変化し、
相手の苦しみに寄り添えるようになった。

昨年夏、5か月間生活支援をした人が、
別の場所で自殺を遂げた。

「つらかったね。
 苦しくて周りのことが見えなくなっちゃったんだね。」
という感情が自然と沸いた。

「社会や周りの人に愛されず、許されずに
 自殺を考えた人たちから
 『許す』ことの大切さを学んだ。」

という。



再起の道を歩み始めた人たちからのうれしい報告も相次ぐ。

「頑張って働いてる。
 川越さんに会いにまた東尋坊に来たよ。」
「出会えてよかった。」――

見守るおだやかなまなざしは「お母さん」そのもの。

「誰でも意味があって人間に生まれたはず。
 つらくても生き抜いてほしい。」

(青木さやか)

読売新聞 2011年08月22日(月)
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