余録:被災地の心の傷 等(毎日新聞)
[2011年03月30日(Wed)]
2011(平成23)年03月30日(水)
毎日新聞
トップ>ニュースセレクト>社説・解説・コラム>余録
余録:被災地の心の傷
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20110330k0000m070163000c.html
「渡り尽くす東西の水/三たび過ぐ翠柳(すいりゅう)の橋/
春風吹いて断たず/春恨幾条条(いくじょうじょう)」
春風が吹いても断ち切れぬ春の恨み、
それが緑の柳のいくつもの枝のように揺らいでいる
−−夏目漱石の五言絶句だ。
▲
野や山が新芽で色づき、生命が一斉にあふれる春は、
逆に人を愁いや恨み、物思いに沈ませもする。
震災以来、冷え込んだ天気がうらめしかった被災地だが、
ようやくやってくる春めいた陽気にも
かえってつのる悲しみもあろう。
いや、それは被災地ばかりではない。
▲
震災の惨状を伝える映像やニュースを見聞きしているうちに
不眠などに陥る例は阪神大震災でも報告された。
今回も震災の被害の少なかった場所でも
ニュース映像や余震のストレスで体調不良になる人々が
増えているという。まさにすべての国民が被災者ともいえる。
▲
ただテレビを見ただけで人の心を引き裂く震災ならば、
そのさなかで不安な避難生活と余震の恐怖に
おののく人々の心中はどれほどだろう。
親を失った子、子を救えなかった親……
「心の傷」という通りいっぺんの言葉がうとましく聞こえる
凄絶(せいぜつ)な体験も数知れない。
▲
福島県では農家の男性が原発事故の影響による
野菜の出荷停止決定の翌日に自殺していた
という報道もあった。
自宅で避難生活をする人も多いなか、
震災被害を孤立して受け止める人々の間の
抑うつ症状も心配されている。
▲
こまやかな思いやりや心のケアが求められる一方、
救援車両に遠県の地名を見るだけで
元気づけられるという被災地だ。
ならばここではっきり伝えたい。
今、全世界の人々の心は被災者と共にある。
その誰であれ決して1人ではない。
毎日新聞 2011年03月30日(水)00時06分
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2011(平成23)年03月28日(土)
毎日新聞 地方版
トップ>地域ニュース>宮崎
支局長からの手紙:頑張り過ぎないで/宮崎
http://mainichi.jp/area/miyazaki/news/20110328ddlk45070375000c.html
人を励ます時、どんな言葉をかけるか。
「頑張って。」と言う人は多いだろう。
私も、つい言ってしまう1人だが、
必ずしもそれがふさわしくない局面もある。
東日本大震災の被災者には、ようやく生き延びたものの、
家族や家を失った方もたくさんおられる。
「頑張ってください。」
というのは違和感がある。
「頑張って。」は便利な言葉で、代わる言い方が少ない。
だが、口に出す方に悪気はなくても、
場合によっては気軽な響きを感じさせてしまう。
○
10年近く前、うつ病など心の病の取材をした時、
専門医に言われた。
「患者を励ますつもりで『頑張れ。』というのは禁句です。
『気合が足りない。』という見方の裏返しだから。
気持ちの問題ではないと理解してほしい。」
患者ではないが、阪神大震災の被災者が
「頑張れ、といわれるのは苦痛だった。
これ以上、どう頑張ればいいのと思った。」
と言うのも聞いた。
今、日本だけでなく世界中の人たちが
被災地に向けてメッセージを送っている。
中には数え切れぬほどの「頑張って。」があるだろう。
支援したいという純粋な気持ちに疑いはない。
それでも、受け止められない人もいることに思いをはせたい。
○
どんな言葉がいいのだろうか。朝日新聞の記事が目に留まった。
将棋棋士の谷川浩司さんがこう言っている。
「被災された皆様には『がんばってください。』ではなく、
『がんばりすぎないでください。』と申し上げたい。」
自身、阪神大震災の被災者という。
気力で乗り切れる期間には限りがあると知っての言葉だ。
本紙宮崎面のはがき随筆にも、被災者に向けて
「これ以上頑張ることはありません。
頑張らなくてはいけないのは私たちです。」
という投稿があった。
被災者の方々に
「頑張り過ぎないでください。」
と伝えたい。
私たちは、その分をどう支えるかを考えたい。
<宮崎支局長・池田 亨>
毎日新聞 地方版 2011年03月28日(月)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2011(平成23)年03月03日(木)
毎日新聞
トップ>ニュースセレクト>社説・解説・コラム>余録
余録:震災と心のケア
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20110303k0000m070128000c.html
阪神大震災では被災者の心のケアのために
多くの精神科医が現地に入った。
そのうちの何人もが被災地から帰った後にも
心の緊張が続いたり、悪夢を見たりする異常を体験したという。
震災はその救援に駆けつけた専門家の心にも深い傷を残すのだ。
▲
以前、神戸に住んでいた人が、テレビでその地の被災の
映像を見ただけで心身症になったケースもあったという。
また過去の戦災や、大規模災害の経験者が
PTSD(心的外傷後ストレス障害)を再発させた例も
見られた。(中井久夫編『昨日のごとく』みすず書房)
▲
一瞬のうちに巨大な力によって多くの人の生死を理不尽に
断ち分け、人間を深い無力感の中に置き去りにする震災だ。
それはまるで触れるものをみな傷つける刃物のように、
かかわる人すべての心を悲嘆と絶望でさいなむ。
▲
救援の医師やテレビの視聴者すら傷つける震災ならば、
所在不明のわが子らの安否情報を被災地で
1週間も待つ家族の心の内はいったいどう言い表せるのだろう。
ニュージーランド震災のビル崩壊現場を
初めて日本人家族が訪れたと聞きながら言葉の無力を痛感する。
▲
多くの安否不明者が出た現場から早期救出された若者も、
喜べない幸運に表情が曇る。
似たような状況を経験した人のサバイバー(生還者)症候群
と呼ばれる罪悪感などの後遺症が気がかりだ。
日本赤十字社は家族や被災者の心のケアにあたる
チームの活動を始めた。
▲
大地震の前では無力な人間だ。
どこの震災であれ、その惨状に心を痛めた人は
みな「被災者」なのだろう。
深い心の傷もそのいたわり合い、
助け合いの中でいつか癒やされるよう祈りたい。
毎日新聞 2011年03月03日(木)00時07分
毎日新聞
トップ>ニュースセレクト>社説・解説・コラム>余録
余録:被災地の心の傷
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20110330k0000m070163000c.html
「渡り尽くす東西の水/三たび過ぐ翠柳(すいりゅう)の橋/
春風吹いて断たず/春恨幾条条(いくじょうじょう)」
春風が吹いても断ち切れぬ春の恨み、
それが緑の柳のいくつもの枝のように揺らいでいる
−−夏目漱石の五言絶句だ。
▲
野や山が新芽で色づき、生命が一斉にあふれる春は、
逆に人を愁いや恨み、物思いに沈ませもする。
震災以来、冷え込んだ天気がうらめしかった被災地だが、
ようやくやってくる春めいた陽気にも
かえってつのる悲しみもあろう。
いや、それは被災地ばかりではない。
▲
震災の惨状を伝える映像やニュースを見聞きしているうちに
不眠などに陥る例は阪神大震災でも報告された。
今回も震災の被害の少なかった場所でも
ニュース映像や余震のストレスで体調不良になる人々が
増えているという。まさにすべての国民が被災者ともいえる。
▲
ただテレビを見ただけで人の心を引き裂く震災ならば、
そのさなかで不安な避難生活と余震の恐怖に
おののく人々の心中はどれほどだろう。
親を失った子、子を救えなかった親……
「心の傷」という通りいっぺんの言葉がうとましく聞こえる
凄絶(せいぜつ)な体験も数知れない。
▲
福島県では農家の男性が原発事故の影響による
野菜の出荷停止決定の翌日に自殺していた
という報道もあった。
自宅で避難生活をする人も多いなか、
震災被害を孤立して受け止める人々の間の
抑うつ症状も心配されている。
▲
こまやかな思いやりや心のケアが求められる一方、
救援車両に遠県の地名を見るだけで
元気づけられるという被災地だ。
ならばここではっきり伝えたい。
今、全世界の人々の心は被災者と共にある。
その誰であれ決して1人ではない。
毎日新聞 2011年03月30日(水)00時06分
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2011(平成23)年03月28日(土)
毎日新聞 地方版
トップ>地域ニュース>宮崎
支局長からの手紙:頑張り過ぎないで/宮崎
http://mainichi.jp/area/miyazaki/news/20110328ddlk45070375000c.html
人を励ます時、どんな言葉をかけるか。
「頑張って。」と言う人は多いだろう。
私も、つい言ってしまう1人だが、
必ずしもそれがふさわしくない局面もある。
東日本大震災の被災者には、ようやく生き延びたものの、
家族や家を失った方もたくさんおられる。
「頑張ってください。」
というのは違和感がある。
「頑張って。」は便利な言葉で、代わる言い方が少ない。
だが、口に出す方に悪気はなくても、
場合によっては気軽な響きを感じさせてしまう。
○
10年近く前、うつ病など心の病の取材をした時、
専門医に言われた。
「患者を励ますつもりで『頑張れ。』というのは禁句です。
『気合が足りない。』という見方の裏返しだから。
気持ちの問題ではないと理解してほしい。」
患者ではないが、阪神大震災の被災者が
「頑張れ、といわれるのは苦痛だった。
これ以上、どう頑張ればいいのと思った。」
と言うのも聞いた。
今、日本だけでなく世界中の人たちが
被災地に向けてメッセージを送っている。
中には数え切れぬほどの「頑張って。」があるだろう。
支援したいという純粋な気持ちに疑いはない。
それでも、受け止められない人もいることに思いをはせたい。
○
どんな言葉がいいのだろうか。朝日新聞の記事が目に留まった。
将棋棋士の谷川浩司さんがこう言っている。
「被災された皆様には『がんばってください。』ではなく、
『がんばりすぎないでください。』と申し上げたい。」
自身、阪神大震災の被災者という。
気力で乗り切れる期間には限りがあると知っての言葉だ。
本紙宮崎面のはがき随筆にも、被災者に向けて
「これ以上頑張ることはありません。
頑張らなくてはいけないのは私たちです。」
という投稿があった。
被災者の方々に
「頑張り過ぎないでください。」
と伝えたい。
私たちは、その分をどう支えるかを考えたい。
<宮崎支局長・池田 亨>
毎日新聞 地方版 2011年03月28日(月)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2011(平成23)年03月03日(木)
毎日新聞
トップ>ニュースセレクト>社説・解説・コラム>余録
余録:震災と心のケア
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20110303k0000m070128000c.html
阪神大震災では被災者の心のケアのために
多くの精神科医が現地に入った。
そのうちの何人もが被災地から帰った後にも
心の緊張が続いたり、悪夢を見たりする異常を体験したという。
震災はその救援に駆けつけた専門家の心にも深い傷を残すのだ。
▲
以前、神戸に住んでいた人が、テレビでその地の被災の
映像を見ただけで心身症になったケースもあったという。
また過去の戦災や、大規模災害の経験者が
PTSD(心的外傷後ストレス障害)を再発させた例も
見られた。(中井久夫編『昨日のごとく』みすず書房)
▲
一瞬のうちに巨大な力によって多くの人の生死を理不尽に
断ち分け、人間を深い無力感の中に置き去りにする震災だ。
それはまるで触れるものをみな傷つける刃物のように、
かかわる人すべての心を悲嘆と絶望でさいなむ。
▲
救援の医師やテレビの視聴者すら傷つける震災ならば、
所在不明のわが子らの安否情報を被災地で
1週間も待つ家族の心の内はいったいどう言い表せるのだろう。
ニュージーランド震災のビル崩壊現場を
初めて日本人家族が訪れたと聞きながら言葉の無力を痛感する。
▲
多くの安否不明者が出た現場から早期救出された若者も、
喜べない幸運に表情が曇る。
似たような状況を経験した人のサバイバー(生還者)症候群
と呼ばれる罪悪感などの後遺症が気がかりだ。
日本赤十字社は家族や被災者の心のケアにあたる
チームの活動を始めた。
▲
大地震の前では無力な人間だ。
どこの震災であれ、その惨状に心を痛めた人は
みな「被災者」なのだろう。
深い心の傷もそのいたわり合い、
助け合いの中でいつか癒やされるよう祈りたい。
毎日新聞 2011年03月03日(木)00時07分



