CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

NPO法人宮崎自殺防止センターを応援したい

NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
センターでボランティア活動を始めました。
いろいろと勉強中です。

なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
■ TEL 0985(77)9090
■ 毎週 日・水・金曜日
   午後8時から午後11時まで(3時間)


<< 2014年07月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新記事
小説家の三浦哲郎さん死去(NHK、読売、朝日、MSN産経) [2010年08月29日(Sun)]
2010(平成22)年08月29日(日)
NHKオンライン
トップ>ニュース/報道>ニューストップ>暮らし・文化

小説家の三浦哲郎さん死去
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100829/k10013640881000.html

2010年08月29日(日)19時27分
小説『忍ぶ川』や『白夜を旅する人々』など、
故郷の青森を舞台にした作品で知られる
芥川賞作家の三浦哲郎さんが、29日朝早く、心不全のため
東京都内の病院で亡くなりました。79歳でした。



三浦さんは青森県八戸市で生まれ、大学生のときに
同人誌に発表した作品が作家の井伏鱒二に認められ、
小説家の道を歩みました。

みずからの宿命に苦しみながら懸命に生きる男女を描いた
自伝的な小説『忍ぶ川』が昭和36年に芥川賞を受賞し、
この作品は後に映画やテレビドラマにもなりました。

その後も『白夜を旅する人々』など、
故郷の青森の風土や人々を見つめた多くの作品を発表し、
昭和63年には日本芸術院の会員に選ばれました。

昭和59年から平成17年まで芥川賞の選考委員を務め、
平成19年には旭日中綬章を受章しました。

三浦さんは10年ほど前に脳こうそくを患い、療養しながら
執筆活動を続け、今年6月には5年ぶりの随筆集を発表しました
が、家族によると先月初めに体調を崩して入院していた
ということです。

NHKオンライン 2010年08月29日(日)19時27分

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

2010(平成22)年08月29日(日)
朝日新聞
asahi.com>ニュース>おくやみ・訃報

作家の三浦哲郎さん死去 芥川賞『忍ぶ川』、短編の名手
http://www.asahi.com/obituaries/update/0829/TKY201008290195.html



自らの文学について語る三浦哲郎さん
=2000年、東京都内の自宅

簡潔な文体に清冽(せいれつ)な叙情をたたえた
小説『忍ぶ川』や、味わいのある短編で知られる
作家の三浦哲郎(みうら・てつお)さんが、
29日午前4時33分、うっ血性心不全のため
東京都内の病院で亡くなった。79歳だった。

通夜は身内で営み、葬儀は9月6日午前11時から
岩手県一戸町一戸大沢25の広全寺で。
喪主は妻 徳子(とくこ)さん。



6人きょうだいの末弟で、20歳になるまでに
2人の姉が自殺、2人の兄が失跡。
文学を通して、この滅びの血の問題と向き合う。
早稲田大仏文科在学中から井伏鱒二に師事した。

自らの結婚を題材とした『忍ぶ川』で61年に芥川賞を受賞した。
東北出身の大学生と料亭で働く女性が愛し合い、
不幸な生い立ちを乗りこえて生きる物語は、
戦後を代表する純愛小説の1つとされる。

『拳銃と十五の短篇(たんぺん』(野間文芸賞)、
『木馬の騎手』『冬の雁』など優れた短編集がある。

85年に大佛次郎賞を受けた長編『白夜を旅する人々』は、
必死に生きようとしながら滅んでいった兄姉たちへの
鎮魂の思いに満ちている。



ほかにも、東北の座敷わらし伝承を素材に、
劇団四季のミュージカルにもなった『ユタとふしぎな仲間たち』、
天正遣欧使節を描いた『少年讃歌(さんか)』(日本文学大賞)
など多彩な作品群がある。

『短篇集モザイク』シリーズは、原稿用紙10数枚の中に
様々な人生を凝縮させ、川端康成文学賞や伊藤整文学賞を受けた。

84年から2005年まで芥川賞の選考委員も務めた。
88年に日本芸術院会員。

01年に脳梗塞(こうそく)を患い、創作から遠ざかりがち
だったが、今年6月に随筆集『おふくろの夜回り』を出した。
7月から体調を崩し入院していた。

朝日新聞 2010年08月29日(日)20時44分

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

2010(平成22)年08月29日(日)
毎日新聞
トップ>エンターテインメント>芸術・文化

訃報:三浦哲郎さん79歳=作家、日本芸術院会員
http://mainichi.jp/enta/art/news/20100830k0000m040059000c.html



作家の三浦哲郎さん=東京都練馬区で
2001年12月28日、西本 勝 撮影

小説『忍ぶ川』など数多くの作品を手掛けた作家で
日本芸術院会員の三浦哲郎(みうら・てつお)さんが
29日午前4時33分、うっ血性心不全のため
東京都内の病院で死去した。79歳。

葬儀は9月6日午前11時、岩手県一戸町一戸大沢25の
広全寺。喪主は妻 徳子(とくこ)さん。



青森県八戸市生まれ。兄が2人、姉が3人いたが、
長兄は失跡し、長姉と次姉は自殺した。

1949年、早稲田大に入学したが、次兄が失跡した
関係で帰郷。中学教師をしながら小説を書き始めた。

53年、早大に再入学。在学中の55年、『十五歳の周囲』で
新潮同人雑誌賞を受賞し、井伏鱒二に認められた。
61年、自身の結婚をもとにした『忍ぶ川』で芥川賞を受賞。
71年刊行の児童文学『ユタとふしぎな仲間たち』でも
高い評価を受けた。

その後も、兄や姉を相次いで失った体験や
東北の風土を色濃く反映させた作品を精力的に発表した。

76年『拳銃と十五の短篇』で野間文芸賞、
83年『少年讃歌』で日本文学大賞、
85年『白夜を旅する人々』で大佛次郎賞。

短編小説の名手としても知られ、
90年『じねんじょ』で川端康成文学賞、
95年『みのむし』で同賞を受賞した。

『忍ぶ川』は熊井啓監督によって映画化され、
『ユタ……』は劇団四季によってミュージカル化された。

88年、日本芸術院会員。
84年から05年まで芥川賞選考委員を務めた。



01年に脳梗塞(こうそく)で倒れたあとも執筆活動を続けた。
今年6月に随筆集『おふくろの夜回り』が刊行され、

毎日新聞の取材に
「今年に入って、やっと元気になってきました。
 書くのをやめると終わりだと思っています」
と新たな小説執筆への意欲を語っていた。

毎日新聞  2010年08月29日(日)20時28分
(最終更新 2010年08月29日(日)20時43分)

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

2010(平成22)年08月29日(日)
MSN産経ニュース
ニューストップ>文化>ブックス

『忍ぶ川』三浦哲郎さん、心不全で死去 79歳
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/100829/bks1008291859014-n1.htm



死去した作家の三浦哲郎氏 『忍ぶ川』で知られる作家で、
日本芸術院会員の三浦哲郎(みうら・てつお)氏が
29日、うっ血性心不全のため死去した。79歳。青森県出身。
自宅は非公表。

葬儀・告別式は9月6日午前11時、
岩手県一戸町一戸大沢25、広全寺で。
喪主は妻、徳子(とくこ)さん。



昭和6年生まれ。実家は呉服屋で、6人兄弟の末っ子。
6歳の誕生日に起きた次姉の入水自殺をきっかけに、
兄姉が次々と自ら命を落とした。

早大政経学部を中退後、帰郷して中学教師になり
小説を書き始めた。

兄姉が不幸な最期を迎えた劣等感を見つめ、
文学が生きる道になると考え、28年、早大仏文科に復学。
井伏鱒二らに認められ、『十五歳の周囲』(30年)で
新潮同人雑誌賞を受けた。

35年、料亭で働く女性と大学生の恋愛を書いた
『忍ぶ川』を発表し、翌年芥川賞を受賞。
愛の美しさと素朴さを書いたこの作品は映像化されて大ヒット、
一躍人気作家になった。



私小説のほか、童話『ユタとふしぎな仲間たち』(46年)など
作風を広げ、51年、『拳銃と十五の短篇』で野間文芸賞を受賞。
天明の大飢饉(ききん)の地獄絵を描いた
『おろおろ草紙』(57年)など歴史小説も書き、
58年、天正のローマ派遣少年使節を書いた『少年讃歌』で
日本文学大賞を受けた。

自伝的小説『白夜を旅する人々』(59年)は
三浦文学の頂点とされ、翌年、大仏次郎賞を受けた。

兄姉を失った絶望感と、しかし自分はしぶとく生きようとする
積極性という、生をめぐるふたつの意志を描き、
慈愛に満ちた小説世界を作り上げた。



59年から芥川賞選考委員。63年、日本芸術院会員。
短編の名手といわれ、平成2年、7年に川端康成文学賞を
2度受けている。

6月にエッセー集『おふくろの夜回り』を出して、
久しぶりの出版に喜んでいたという。
7月初めに体調をこわして、都内の病院に入院していた。

MSN産経ニュース 2010年08月29日(日)18時57分
コメント
プロフィール

黒水 宣行さんの画像
黒水 宣行
プロフィール
ブログ
リンク集
最新コメント
最新トラックバック