【番宣】こころの遺伝子(西原理恵子)(NHKオンライン、毎日新聞)
[2010年04月26日(Mon)]
2010(平成22)年04月26日(月)
NHKオンライン
トップ>情報/ワイドショー>こころの遺伝子>
2010年04月26日(月)放送
トップ>Special−これまでの放送&more−

第5回 どん底でこそ笑え 西原理恵子
http://www.nhk.or.jp/idenshi/special/index.html

運命の人 鴨志田 穣(かもしだ ゆたか)さん
負の連鎖から逃れるため、東京へ
西原さんは実父をアルコール依存症で亡くし、
その後、母の再婚により義父となった人は
ギャンブル依存症で自ら命を絶つという壮絶な家庭環境で育つ。
この「負の連鎖」を断ち切るため、
西原さんの母は西原さんに現金100万円を手渡し、
「東京へ行きなさい」
と告げた。
母の意をくんで上京した西原さんは、
好きだった絵で食べていきたいと
アダルト雑誌などで小さいイラストを描き始める。

初めて舞い込んだ連載企画は、義父を追いつめた
ギャンブルの体験ルポ。
西原さんは仕事だと割り切って、
ギャンブルの世界に足を踏み入れた。
しかし、不安や弱い心を追い払うかのような強い刺激と高揚感に
心を奪われ、大金をつぎ込むようになっていく。
それは恐れていたギャンブル依存症の入口だった。
<かもちゃんとの出会い>
ギャンブル依存症を患った西原さんは
年に500万円以上も使うようになってしまう。
そんな彼女を変えたのは、タイの取材旅行で出会った
“かもちゃん”こと、鴨志田 穣さんだった。
戦場カメラマンである鴨志田さんは
西原さんをアジアの紛争地帯へと連れ出した。
西原さんは想像も出来ないような
どん底の貧困生活にあえぎながらも、「笑って」強く生き抜く
人々の姿を目にし、自身の甘えを痛感する。
「どん底でこそ笑え」、
それこそが鴨志田さんが西原さんに伝えたメッセージだった。
やがて西原さんは鴨志田さんと結婚。
ギャンブル依存症を克服し、漫画家としても
名作『ぼくんち』を生み出し順風満帆と思われたとき、
新たな負の波が西原さんと鴨志田さんに襲いかかる。
鴨志田さんが、戦場のフラッシュバックで
アルコール依存症となってしまったのだ。
幼いころの経験と重なった西原さんは
「どん底でこそ笑おう」
と、西原さんなりのエールで
あえて現状を「笑い」として描く方法を取る。
しかし、それは鴨志田さんを追いつめることになり、
2人は離婚という道を選択した。
<2人の約束>
離婚後、アルコール依存が深刻化していく中で、
鴨志田さんは戦場カメラマンとして師事した
橋田信介さんの死に衝撃を受ける。
それが転機となり、病気を克服し家族のもとへ戻りたい一心で
治療施設に入院。
鴨志田さんの懸命さを感じ始めていた西原さんも
再び鴨志田さんを家族として迎え入れる決意を固めた。
しかし、そんな矢先に鴨志田さんが
末期の腎臓がんであることが判明してしまう。
残された時間がわずかだと知った2人は
「どんなに辛くても最期まで笑って過ごそう」
と約束し、最期の半年間は家族水いらずで
笑顔があふれる毎日を送る。
そして、2007年3月。
鴨志田さんはたくさんの幸せな思い出と笑顔の記憶を遺し、
息を引き取った。
2人のこどもは、泣き崩れる西原さんを
必死に笑わせようとしたという。
それは鴨志田さんと西原さんの遺伝子が
確かに受け継がれている証拠だった。
●
西田敏行

鴨志田さんと西原さんが作り上げた熱い思いが
胸に迫ってきました。
本当に素敵な家庭を築かれていたんですね。
僕もどん底に行ったとしても、笑える自分でいたいです。
【参考】
NHKオンライン
トップ>福祉>ハートをつなごう>NHK福祉ポータル
ハートネット>ハートネットピープル>西原理恵子

NHKオンライン 2010年04月26日(月)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2010(平成22)年04月26日(月)
毎日新聞 東京朝刊
トップ>エンターテインメント>芸能
視聴室:こころの遺伝子
http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20100426ddm018200193000c.html
◆こころの遺伝子(NHK=後10・0)
◇西原ワールドの根っこ
「毎日かあさん」など月に40本の連載を持つ人気漫画家、
西原理恵子の軌跡をVTRと西田敏行とのトークでつづる。
3歳で実父がアルコール依存で死亡し、
義父はギャンブルにおぼれて自殺という暗い少女時代。
自身もギャンブルにはまったが、
戦場カメラマンの夫、鴨志田穣と出会い、
「どん底でこそ笑おう」
を合言葉に、苦難を乗り越えていく。
歯にきぬ着せぬ作風ながら、ホロリとさせる
西原ワールドの根っこがここにある。 (岩)
毎日新聞 東京朝刊 2010年04月26日(月)
NHKオンライン
トップ>情報/ワイドショー>こころの遺伝子>
2010年04月26日(月)放送
トップ>Special−これまでの放送&more−

第5回 どん底でこそ笑え 西原理恵子
http://www.nhk.or.jp/idenshi/special/index.html

運命の人 鴨志田 穣(かもしだ ゆたか)さん
負の連鎖から逃れるため、東京へ
西原さんは実父をアルコール依存症で亡くし、
その後、母の再婚により義父となった人は
ギャンブル依存症で自ら命を絶つという壮絶な家庭環境で育つ。
この「負の連鎖」を断ち切るため、
西原さんの母は西原さんに現金100万円を手渡し、
「東京へ行きなさい」
と告げた。
母の意をくんで上京した西原さんは、
好きだった絵で食べていきたいと
アダルト雑誌などで小さいイラストを描き始める。

初めて舞い込んだ連載企画は、義父を追いつめた
ギャンブルの体験ルポ。
西原さんは仕事だと割り切って、
ギャンブルの世界に足を踏み入れた。
しかし、不安や弱い心を追い払うかのような強い刺激と高揚感に
心を奪われ、大金をつぎ込むようになっていく。
それは恐れていたギャンブル依存症の入口だった。
<かもちゃんとの出会い>
ギャンブル依存症を患った西原さんは
年に500万円以上も使うようになってしまう。
そんな彼女を変えたのは、タイの取材旅行で出会った
“かもちゃん”こと、鴨志田 穣さんだった。
戦場カメラマンである鴨志田さんは
西原さんをアジアの紛争地帯へと連れ出した。
西原さんは想像も出来ないような
どん底の貧困生活にあえぎながらも、「笑って」強く生き抜く
人々の姿を目にし、自身の甘えを痛感する。
「どん底でこそ笑え」、
それこそが鴨志田さんが西原さんに伝えたメッセージだった。
やがて西原さんは鴨志田さんと結婚。
ギャンブル依存症を克服し、漫画家としても
名作『ぼくんち』を生み出し順風満帆と思われたとき、
新たな負の波が西原さんと鴨志田さんに襲いかかる。
鴨志田さんが、戦場のフラッシュバックで
アルコール依存症となってしまったのだ。
幼いころの経験と重なった西原さんは
「どん底でこそ笑おう」
と、西原さんなりのエールで
あえて現状を「笑い」として描く方法を取る。
しかし、それは鴨志田さんを追いつめることになり、
2人は離婚という道を選択した。
<2人の約束>
離婚後、アルコール依存が深刻化していく中で、
鴨志田さんは戦場カメラマンとして師事した
橋田信介さんの死に衝撃を受ける。
それが転機となり、病気を克服し家族のもとへ戻りたい一心で
治療施設に入院。
鴨志田さんの懸命さを感じ始めていた西原さんも
再び鴨志田さんを家族として迎え入れる決意を固めた。
しかし、そんな矢先に鴨志田さんが
末期の腎臓がんであることが判明してしまう。
残された時間がわずかだと知った2人は
「どんなに辛くても最期まで笑って過ごそう」
と約束し、最期の半年間は家族水いらずで
笑顔があふれる毎日を送る。
そして、2007年3月。
鴨志田さんはたくさんの幸せな思い出と笑顔の記憶を遺し、
息を引き取った。
2人のこどもは、泣き崩れる西原さんを
必死に笑わせようとしたという。
それは鴨志田さんと西原さんの遺伝子が
確かに受け継がれている証拠だった。
●
西田敏行

鴨志田さんと西原さんが作り上げた熱い思いが
胸に迫ってきました。
本当に素敵な家庭を築かれていたんですね。
僕もどん底に行ったとしても、笑える自分でいたいです。
【参考】
NHKオンライン
トップ>福祉>ハートをつなごう>NHK福祉ポータル
ハートネット>ハートネットピープル>西原理恵子

NHKオンライン 2010年04月26日(月)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2010(平成22)年04月26日(月)
毎日新聞 東京朝刊
トップ>エンターテインメント>芸能
視聴室:こころの遺伝子
http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20100426ddm018200193000c.html
◆こころの遺伝子(NHK=後10・0)
◇西原ワールドの根っこ
「毎日かあさん」など月に40本の連載を持つ人気漫画家、
西原理恵子の軌跡をVTRと西田敏行とのトークでつづる。
3歳で実父がアルコール依存で死亡し、
義父はギャンブルにおぼれて自殺という暗い少女時代。
自身もギャンブルにはまったが、
戦場カメラマンの夫、鴨志田穣と出会い、
「どん底でこそ笑おう」
を合言葉に、苦難を乗り越えていく。
歯にきぬ着せぬ作風ながら、ホロリとさせる
西原ワールドの根っこがここにある。 (岩)
毎日新聞 東京朝刊 2010年04月26日(月)



