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【遙か ハンセン病隔離100年】(2)差別と偏見今もなお(MSN産経ニュース) [2009年10月31日(Sat)]
2009(平成21)年10月31日(土)
MSN産経ニュース
ニューストップ>生活>からだ

【遙か ハンセン病隔離100年】(2)差別と偏見今もなお
http://sankei.jp.msn.com/life/body/091031/bdy0910312222001-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/life/body/091031/bdy0910312222001-n2.htm

今年生誕100年という、ハンセン病療養所と同じ年数を
刻んだ松本清張のベストセラー小説「砂の器」。

大臣の娘と婚約し将来を嘱望された天才作曲家が、
ハンセン病の父を持っていたということを暴露されたくない
ため、連続殺人を犯すストーリーだ。

「忌まわしい父」
「因業な病気」
とまで表現されているところに、
この病気が持つ根深い偏見が投射されている。

清張がこの小説を描いたのは昭和35〜36年。
当時はまだ、「無らい県運動」という“患者狩り運動”
が残っていた。

地域にハンセン病患者がいないことを誇り、
隠れて暮らす患者を警察に密告したり、
患者の家に印を付けたりするのだ。

昭和初期に始まったこの運動は徹底的に全国に広がり、
ハンセン病が恐ろしい伝染病であるという誤解を
国民に根付かせた。

そればかりか、患者が地域社会に脅威をもたらす
危険な存在である、という迷信を定着させる原因となった。

   □   □


「この病気になったら、神仏にすがらないと
 他に道がないといわれてね」。

ハンセン病療養所の邑久光明園(岡山市瀬戸内市)に住む
宮川清子さん(82)は18歳のときに発病。
まゆ毛が抜け出した。

「やはりショックで自殺しようという気持ちが先に立って。
 母親がそれを感じたのか、ずっと一緒に寝るようになりました」

元患者のほとんどが、発病したときの状況を「絶望」と表現する。
有効な治療方法がなく、不治の病とされただけでなく、
外見上の特徴から穢(けが)れ思想を背景とした
偏見や差別が絶望の理由だ。

宮川さんは、家族が受けた偏見について
当初は何も聞かされなかった。
病気が回復し外出が可能になったとき、
母親が昔のことをぽつぽつと教えてくれた。

その話に宮川さんは愕然(がくぜん)とした。
通っていた学校は校舎を消毒され、
姉は家族が病気持ちという理由だけで結婚話が破談になっていた。

   □   □

大島青松園(高松市庵治町)に住む男性(82)は、
病で垂れ下がった唇に足の腱を取って入れる手術を施した。

「体に結節ができて腐敗して苦しんで死んでいく人を見てきた。
 そんな人に比べれば僕はましなもんです」。

しかし病が治っても、外見上の痕跡は
今も偏見や差別を生んでしまう。

熊本県・黒川温泉のホテルが平成15年11月、
療養所の入所者の宿泊を
「ほかの宿泊客に迷惑がかかる」
として拒否した事件は記憶に新しい。

ホテル側がホームページに
「宿泊拒否はホテル業として当然の判断」
と主張したことも騒ぎに拍車をかけた。

後に当時の社長らが旅館業法違反で有罪判決を受けたものの、
入所者が受けた衝撃は大きい。

男性は
「いまだにそんな扱いをされるのかと驚きました。
 この顔で外へ出るのは、やはり怖いです」
と嘆いた。

MSN産経ニュース 2009年10月31日(土)22時20分
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