困難な「ER型」 孤立する現場(下)(朝日新聞/関西)
[2008年06月28日(Sat)]
2008年06月28日
朝日新聞
asahi.com>関西>特設>救急存亡
困難な「ER型」、孤立する現場(下)
http://www.asahi.com/kansai/tokusetu/kyuukyuu/OSK200806270098.html

夜間に訪れた子どもを診察する飯田みどり院長
=大阪府富田林市、川村直子撮影
日没後も救急外来入り口の照明をともさない病院がある。
北海道の市立函館病院。ツツジが植えられた構内道路の
両側に10数メートルおきに立つ大看板は、
赤い文字で訪れる人にこう呼びかける。
「午後5時から深夜0時の時間外の急患は
受け付けておりません」。
代わりに、軽症患者のために毎晩交代で
開業医らが詰める市夜間急病センターの利用を
求めている。
市立病院は救命救急センターとして重篤な患者を救う一方、
一見軽い症状に潜む重病患者を見落とさないよう、
軽症でも迎え入れる北米式の「ER型」救急を進めてきた。
その結果、90年に1万1千人だった救急患者は
ここ数年、約2万人で推移。夜間にマイカーで来る
「コンビニ受診」も増え、疲弊した内科医が相次いで職を離れた。
同じ悩みを抱える市内の9救急病院が出した結論は
「原点回帰」。
軽症は1次救急の急病センター、重症は2次、3次救急の病院と、
本来の役割を徹底した。消防にも協力を要請。救急車に乗せても
軽症なら急病センターに送ってもらうことにした。
4月以降、急病センターの受診者は前年の2割増し。
9病院に軽症患者はほとんど来ず、急患は半減した。
◇
こうした成功例ばかりではない。日本の救急体制の足元を
支える1次救急施設は、各地で危機にひんしている。
毎朝6時まで患者を受け入れてきた兵庫県加古川市の
「加古川夜間急病センター」
は、4月から小児科の診療を午前0時までで打ち切った。
「子どもは小児科医に診てほしい」
といった住民の要望に応え、小児科開業医が交代で週3日、
残りは大学病院の応援医師が当直を務めてきた。
開業医17人中、11人が55歳を超す。当直明けは
徹夜のまま自分の診療所に戻り、かかりつけの患者を診ていた。
それが、大学病院から
「もう医師を送れない」
と通告された。開業医だけで毎日朝までの当直を回すのは無理。
開業医の1人は
「小児科医不足は深刻。一度縮小したら、元に戻すのは
難しいだろう」。
大阪府河内長野市も06年3月、大学の医師不足や開業医の
高齢化で休日急病診療所の小児科診療を断念。
滋賀県長浜市にあった休日急患診療所も昨年3月で廃止された。
患者が救急病院に流れ、1日平均わずか3人。
市の監査で費用対効果を指摘された。
◇
梅雨入りした平日の午後8時半すぎ、発熱した2歳の男の子を抱き、
母親(36)が仕事を終えた後に駆け込んできた。
大阪府富田林市で昨秋オープンした小児科「みどりクリニック」。
飯田みどり院長(39)が夜間診療にこだわったのには、理由があった。
2人の子育てに追われていた数年前、大学の医局人事で
府内の民間救急病院に派遣された。上司は理解があった。
でも、子どもが熱を出せば保育所に呼ばれる。休めない学校行事もある。
自分の仕事を同僚に頼むうち、周囲の目が気になるようになった。
「辞めます」。
働く女性の厳しさを思い知った。
「緊急性はないけれど、夜間や休日の診療を求める人は多い。
その支えになりたかった」
夜遅くの診療はスタッフ確保が難しく、コストもかかる。
挑戦する医師への支援の充実が欠かせない。
午後10時まで診療所を開けている
東京都荒川区の金子慎一院長(55)は
「苦労している勤務医の力になりたいと考える開業医は少なくない」
とみる。
市民サービスの「呪縛」から、救急病院を解き放す。
そのかぎは、住民に身近な診療所が握っている。
(この連載は龍沢正之と向井大輔が担当しました)
2008年06月28日
朝日新聞
asahi.com>関西>特設>救急存亡
困難な「ER型」、孤立する現場(下)
http://www.asahi.com/kansai/tokusetu/kyuukyuu/OSK200806270098.html

夜間に訪れた子どもを診察する飯田みどり院長
=大阪府富田林市、川村直子撮影
日没後も救急外来入り口の照明をともさない病院がある。
北海道の市立函館病院。ツツジが植えられた構内道路の
両側に10数メートルおきに立つ大看板は、
赤い文字で訪れる人にこう呼びかける。
「午後5時から深夜0時の時間外の急患は
受け付けておりません」。
代わりに、軽症患者のために毎晩交代で
開業医らが詰める市夜間急病センターの利用を
求めている。
市立病院は救命救急センターとして重篤な患者を救う一方、
一見軽い症状に潜む重病患者を見落とさないよう、
軽症でも迎え入れる北米式の「ER型」救急を進めてきた。
その結果、90年に1万1千人だった救急患者は
ここ数年、約2万人で推移。夜間にマイカーで来る
「コンビニ受診」も増え、疲弊した内科医が相次いで職を離れた。
同じ悩みを抱える市内の9救急病院が出した結論は
「原点回帰」。
軽症は1次救急の急病センター、重症は2次、3次救急の病院と、
本来の役割を徹底した。消防にも協力を要請。救急車に乗せても
軽症なら急病センターに送ってもらうことにした。
4月以降、急病センターの受診者は前年の2割増し。
9病院に軽症患者はほとんど来ず、急患は半減した。
◇
こうした成功例ばかりではない。日本の救急体制の足元を
支える1次救急施設は、各地で危機にひんしている。
毎朝6時まで患者を受け入れてきた兵庫県加古川市の
「加古川夜間急病センター」
は、4月から小児科の診療を午前0時までで打ち切った。
「子どもは小児科医に診てほしい」
といった住民の要望に応え、小児科開業医が交代で週3日、
残りは大学病院の応援医師が当直を務めてきた。
開業医17人中、11人が55歳を超す。当直明けは
徹夜のまま自分の診療所に戻り、かかりつけの患者を診ていた。
それが、大学病院から
「もう医師を送れない」
と通告された。開業医だけで毎日朝までの当直を回すのは無理。
開業医の1人は
「小児科医不足は深刻。一度縮小したら、元に戻すのは
難しいだろう」。
大阪府河内長野市も06年3月、大学の医師不足や開業医の
高齢化で休日急病診療所の小児科診療を断念。
滋賀県長浜市にあった休日急患診療所も昨年3月で廃止された。
患者が救急病院に流れ、1日平均わずか3人。
市の監査で費用対効果を指摘された。
◇
梅雨入りした平日の午後8時半すぎ、発熱した2歳の男の子を抱き、
母親(36)が仕事を終えた後に駆け込んできた。
大阪府富田林市で昨秋オープンした小児科「みどりクリニック」。
飯田みどり院長(39)が夜間診療にこだわったのには、理由があった。
2人の子育てに追われていた数年前、大学の医局人事で
府内の民間救急病院に派遣された。上司は理解があった。
でも、子どもが熱を出せば保育所に呼ばれる。休めない学校行事もある。
自分の仕事を同僚に頼むうち、周囲の目が気になるようになった。
「辞めます」。
働く女性の厳しさを思い知った。
「緊急性はないけれど、夜間や休日の診療を求める人は多い。
その支えになりたかった」
夜遅くの診療はスタッフ確保が難しく、コストもかかる。
挑戦する医師への支援の充実が欠かせない。
午後10時まで診療所を開けている
東京都荒川区の金子慎一院長(55)は
「苦労している勤務医の力になりたいと考える開業医は少なくない」
とみる。
市民サービスの「呪縛」から、救急病院を解き放す。
そのかぎは、住民に身近な診療所が握っている。
(この連載は龍沢正之と向井大輔が担当しました)
2008年06月28日



