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NPO法人宮崎自殺防止センターを応援したい

NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
センターでボランティア活動を始めました。
いろいろと勉強中です。

なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
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■ 毎週 日・水・金曜日
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反響多数 … つらさ話せる場欲しい(読売新聞) [2009年05月30日(Sat)]
2009(平成21)年05月30日
読売新聞
ホーム>医療と介護>介護・老後>ケアノート

本田美奈子さんの母 工藤美枝子さん
反響多数 … つらさ話せる場欲しい
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/kaigo/note/20090530-OYT8T00224.htm



我が子を思い、しのぶ工藤さん。
その思いに、多くの共感が集まった(埼玉県内で)

「くらし健康」面で5月10日に紹介した、歌手で女優の
本田美奈子さんの母、工藤美枝子さん(68)の「ケアノート」
に、子を亡くした親を中心に多数の反響が寄せられた。

娘の病を知った時の不安や、亡くなってからも我が子を支えに
過ごす工藤さんの思いに、共感の声が集まった。(月野美帆子)

本田美奈子さんは2005年11月、急性骨髄性白血病のため、
38歳の若さで亡くなった。工藤さんは約10か月の闘病中、
「必ず治ると信じて」
日記をつけ、励まし続けた。

寄せられた意見には、工藤さんと同じように我が子の病や
死に直面した親の戸惑いと悲しみをつづったものが多かった。

35歳の娘を5年前にがんで亡くした北九州市の女性(67)
は、病名を知らされても
「まさか自分の娘がと、信じることができなかった」
と手紙につづった。

「痛がって苦しむ娘をさすってやるしかできず」、
工藤さんと同じように
「出来ることなら代わってやりたいと、何度思ったことか」
と記した。

次男(16)が2年前に骨肉腫とわかり、今も治療を続けている
という千葉県の会社員女性(46)も
「病名や生存率を告知されてもピンとこなかった」。

そして
「びっくりして涙があふれ、胸が苦しい状態が続いた」
とメールに書いた。

工藤さんが難病に苦しむ人の支援活動をしていることを
記事で読み、
「前向きに生きる姿勢を見習いたい」
と結んだ。

「子を亡くした同じ境遇同士で慰め合いたい」
と、親の会に関する情報を求める声も何通も寄せられた。

「34歳の娘を同じ病で亡くしました。
 間もなく1周忌ですが、まだ娘の死が信じられません」
とファクスを寄せたのは千葉市の女性(65)。

明るく振る舞っていた娘の姿が目に焼き付き、
「今も涙が止まらなくなる」。

写経や読経をして過ごす日々だが、
「同じ境遇に涙する親の会や、グリーフケア(悲しみのケア)
 について知りたい」
と言う。

一方、
「病気の子どもの前では笑顔で」
と説く工藤さんに

「笑顔は本当に大切」
としつつも、
「笑顔でいられない時、できない自分を責めてしまう」
と、子どもが闘病中の親からの意見もあった。

工藤さんは
「私もそうでしたが、つらい時は、自分だけがつらいと思って
 しまいがち。思いを聞いてもらえる人がいるといいですね」
と話す。



子どもを亡くした親たちのサークル
「めんどりの集い(愛児・子喪失家族連絡会)」(東京)
は、同じ境遇の親同士で語り合う会を、
東京を中心に全国各地で1993年から開いている。

代表の橋本明子さんは、我が子を亡くし悲しみの中にいる親は
「心が複雑骨折している状態で、つらくて痛くて起きあがれない」
のだと言う。

「話したいことを思いのままに話すことが大事。
 泣きたければ泣き、怒りたければ怒る。
 聞く人は慰めたり励ましたりせず、論評も解釈もせずに
 ただ傾聴してほしい」

と助言する。手紙を書くのもいいそうだ。

思いを吐き出すことを「声呼吸」と呼び、
これまで約100回の集いを開いてきた。

「語り尽くすと、6年ぐらいで集いを“卒業”できるようです。
 泣きたいだけ泣きましょう」

と話している。

(2009年05月30日 読売新聞)
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