劇団四季『春のめざめ』 『若者の性』 語り合う土台に(東京新聞)
[2009年05月30日(Sat)]
2009(平成21)年05月30日(土)
東京新聞 朝刊
トップ>放送芸能>紙面から一覧
【放送芸能】
劇団四季『春のめざめ』 『若者の性』 語り合う土台に
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2009053002000066.html

台本の作者のスティーヴン・セイター氏(左)と、
音楽を担当したダンカン・シーク氏=東京都港区で
東京都港区の自由劇場で上演中の劇団四季の最新ミュージカル
「春のめざめ」は、性に目覚め、抑圧する大人へ反発する
若者たちが描かれている。
台本を手掛けたスティーヴン・セイター氏が
「若い人に見てほしい」
との思いを込めた、衝撃的な性表現を含む若いエネルギーに
満ちた舞台だ。
そのメッセージ性に共感し、同作を学校観劇して、
生徒と性の問題等を考える題材にしようとする高校も。
担当教師は
「生徒と教師がタブー視しがちな問題を語る土台になれば」
と期待する。 (高橋知子)
冒頭、少女・ベンドラは歌う。
『ママお願い
知りたいの
ほんとのこと教えて
私もう
子供じゃない
いろんなこと
知りたいの』
成長していく自分の体に戸惑いを隠せないベンドラ。
姉に2人目の赤ちゃんができると知り、母親に
「子供はどうやったらできるのか」
と問いかける場面から物語は始まる。
しかし、母親はきちんと答えることができない−。
もともと「春のめざめ」は、1891年にドイツの
フランク・ヴェデキントが思春期の性への目覚めを赤裸々に
描いた戯曲。
1906年の初演当時も論議を呼び、性表現が削除されて
上演されたこともあった。
それをスティーヴン・セイター(台本・詞)と
ダンカン・シーク(音楽)の両氏が現代によみがえらせた。
舞台は、100年以上前のドイツ。時代は違うが、
「若者が持つ悩みは普遍的」
として原作通りの設定とし、若者の爆発する思いを現代的に
ロックでストレートに表現した。
瑞々(みずみず)しい若さがあふれる舞台は、
米国でティーンに圧倒的な支持を受けた。
冒頭、母親が口ごもるシーンは、タブーと向き合いたくない
大人の気持ちを象徴。
「親が子供に対して率直に話ができない。
親も恥ずかしいと思うのが、性の話」
と言うスティーヴン氏が付け加えた。
大人がタブーを避けた結果、物語では妊娠、さらに中絶という
悲劇が起こってしまう。
「思春期に感じる喜び、苦悩、複雑な悲しみ、声を上げても
聞いてもらえない若者たちの悲劇を示すことで、
若者が直面している困難を表した。若者にこそ見てほしい」
と同氏は力を込める。
◇
劇団四季作品では、『ライオンキング』などが学校観劇の定番。
『春のめざめ』も作者の意を受けて学校側に内容を説明したが、
「わが校では無理」
との反応が多かったという。
性表現だけでなく、学校への不満、虐待、妊娠、自殺、
ドラッグなど多岐にわたる問題を含む作品。
学校側も生徒がどう反応するかリスクを考えたようだ。
だが、前向きにとらえ、学校観劇を決めたところもある。
日本大学高校(横浜市港北区)は、来月5日に3年生約500人
が観劇する。漆間弘好教務部主任は
「作品が生徒へのメッセージになると考えた」
と言う。
「四季でも性表現をどこまで行うか議論があったと聞くし、
われわれも作品に盛り込まれたタブーに踏み込むリスクを
考えた。
でも、この作品なら前向きな姿勢でぶつかることができると
判断した」
10代の性とどう向き合うかについて
「明確な答えはないと思う」
と、漆間主任。上から目線の“指導”でなく、
生徒と一緒に考えるスタンスで性に踏み込むには
「こういう機会でもないと話しづらい」
とも。
生徒たちは事前に同作の誘致に携わった四季のスタッフから、
作者が作品に込めた思い、経緯などの背景についてレクチャーを
受けた上で観劇に臨む。
その後に、特別な授業は予定されていないが
「教師が生徒と同じ目線で作品を見て感想を言い合うことで、
タブー視されていることをフランクに話し合う土台」
(漆間主任)
ができることに、期待しているという。
東京新聞 朝刊 2009年05月30日
東京新聞 朝刊
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劇団四季『春のめざめ』 『若者の性』 語り合う土台に
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2009053002000066.html

台本の作者のスティーヴン・セイター氏(左)と、
音楽を担当したダンカン・シーク氏=東京都港区で
東京都港区の自由劇場で上演中の劇団四季の最新ミュージカル
「春のめざめ」は、性に目覚め、抑圧する大人へ反発する
若者たちが描かれている。
台本を手掛けたスティーヴン・セイター氏が
「若い人に見てほしい」
との思いを込めた、衝撃的な性表現を含む若いエネルギーに
満ちた舞台だ。
そのメッセージ性に共感し、同作を学校観劇して、
生徒と性の問題等を考える題材にしようとする高校も。
担当教師は
「生徒と教師がタブー視しがちな問題を語る土台になれば」
と期待する。 (高橋知子)
冒頭、少女・ベンドラは歌う。
『ママお願い
知りたいの
ほんとのこと教えて
私もう
子供じゃない
いろんなこと
知りたいの』
成長していく自分の体に戸惑いを隠せないベンドラ。
姉に2人目の赤ちゃんができると知り、母親に
「子供はどうやったらできるのか」
と問いかける場面から物語は始まる。
しかし、母親はきちんと答えることができない−。
もともと「春のめざめ」は、1891年にドイツの
フランク・ヴェデキントが思春期の性への目覚めを赤裸々に
描いた戯曲。
1906年の初演当時も論議を呼び、性表現が削除されて
上演されたこともあった。
それをスティーヴン・セイター(台本・詞)と
ダンカン・シーク(音楽)の両氏が現代によみがえらせた。
舞台は、100年以上前のドイツ。時代は違うが、
「若者が持つ悩みは普遍的」
として原作通りの設定とし、若者の爆発する思いを現代的に
ロックでストレートに表現した。
瑞々(みずみず)しい若さがあふれる舞台は、
米国でティーンに圧倒的な支持を受けた。
冒頭、母親が口ごもるシーンは、タブーと向き合いたくない
大人の気持ちを象徴。
「親が子供に対して率直に話ができない。
親も恥ずかしいと思うのが、性の話」
と言うスティーヴン氏が付け加えた。
大人がタブーを避けた結果、物語では妊娠、さらに中絶という
悲劇が起こってしまう。
「思春期に感じる喜び、苦悩、複雑な悲しみ、声を上げても
聞いてもらえない若者たちの悲劇を示すことで、
若者が直面している困難を表した。若者にこそ見てほしい」
と同氏は力を込める。
◇
劇団四季作品では、『ライオンキング』などが学校観劇の定番。
『春のめざめ』も作者の意を受けて学校側に内容を説明したが、
「わが校では無理」
との反応が多かったという。
性表現だけでなく、学校への不満、虐待、妊娠、自殺、
ドラッグなど多岐にわたる問題を含む作品。
学校側も生徒がどう反応するかリスクを考えたようだ。
だが、前向きにとらえ、学校観劇を決めたところもある。
日本大学高校(横浜市港北区)は、来月5日に3年生約500人
が観劇する。漆間弘好教務部主任は
「作品が生徒へのメッセージになると考えた」
と言う。
「四季でも性表現をどこまで行うか議論があったと聞くし、
われわれも作品に盛り込まれたタブーに踏み込むリスクを
考えた。
でも、この作品なら前向きな姿勢でぶつかることができると
判断した」
10代の性とどう向き合うかについて
「明確な答えはないと思う」
と、漆間主任。上から目線の“指導”でなく、
生徒と一緒に考えるスタンスで性に踏み込むには
「こういう機会でもないと話しづらい」
とも。
生徒たちは事前に同作の誘致に携わった四季のスタッフから、
作者が作品に込めた思い、経緯などの背景についてレクチャーを
受けた上で観劇に臨む。
その後に、特別な授業は予定されていないが
「教師が生徒と同じ目線で作品を見て感想を言い合うことで、
タブー視されていることをフランクに話し合う土台」
(漆間主任)
ができることに、期待しているという。
東京新聞 朝刊 2009年05月30日



