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酒屋受難 規制に守られ、緩和で泣いた(毎日新聞) [2009年03月25日(Wed)]
2009(平成21)年03月25日(水)
毎日新聞 東京夕刊
トップ>ニュースセレクト>話題

特集ワイド:酒屋受難 規制に守られ、緩和で泣いた
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090325dde012040009000c.html

◇過去10年、転廃業・倒産5万件余 自殺は152件

転廃業・倒産数 5万3,997件。自殺 152件、
失踪・行方不明 3,338件。
これは、約10年間に全国の町の酒屋に起きた現実だ。
「経済活性化」や「消費者利益」などの掛け声の下で進められて
きた規制緩和。その背後で、一体何が起きているのだろうか。
【中川紗矢子】

◇「限定流通」で生き残りも

東京都足立区の北千住駅からバスで15分ほどの場所に、
昔ながらの飲食店が点在するのどかな商店街がある。
その一角で、主人が民生委員を務めるなど地域の世話役的な役割
を担ってきた酒屋が2月末、大正時代から続いた約90年の歴史に
幕を閉じた。店を訪ねると、店主の男性(73)が迎えてくれた。

男性は、十数年前から緑内障を患い、自転車の運転も危なくなる
中で、配達がほとんどを占める経営に見切りを付けたという。
創業者の父親から引き継いだ2代目。商売が安定したいい時代も
あった。

しかし、2年前に2軒隣に大手ディスカウントチェーン店が進出。
昨年には、約100メートルの距離に、安さを売りにする大型
スーパーがオープンし、店に入ってくる客はほとんどいなく
なった。

「普通の酒を売っていたら、食べていけなくなっちゃったね。
やっぱり今はもう、値段で勝負だから。問屋で仕入れるより、
そこのスーパーで買った方が安いんだよ。でも、いくらなんだって、
まさか買いに行くわけにもいかないし……」

男性は、年金を商売につぎ込む状態で、このままでは生活も大変
だと感じたと説明した。周囲を見渡すと、50歳くらいの年代の
店主は、やめるにやめられず、奥さんが他のアルバイトに出ている
ケースも聞くという。

「『やめられていいね』なんて言われたりします。
看板を残すには、みんな他からの収入を継ぎ足ししていますよ」



国税庁酒税課によると、酒屋の営業には税務署長が付与する
一般酒類小売業免許が必要だ。供給過多にならないよう、
大都市部は人口1,500人に対して1軒、大都市以外の都市部
は同1,000人に1軒(97年度まで)といった形に、
人口に対して酒屋免許の数が制限されていた。

また、既存の酒屋との距離を、都市部では100メートル以上、
郡部では150メートル以上離すといった距離基準もあり、
それらは結果として酒屋を守ってきた。

しかし、それらは規制緩和で段階的に廃止され、距離基準は
00年12月末に、人口基準は03年8月末に完全廃止された。

以後、コンビニやスーパー、ドラッグストアやホームセンター
など、あらゆる業種が新規参入し、昔ながらの町の酒屋の経営は、
急激に圧迫された。

正確な数値はないものの、国税庁のサンプリング調査によると、
コンビニなどすべての酒類小売業者に占める一般酒店(酒屋)の
割合は01年度には69・8%だったが、06年度には49・3%と激減した。

酒流通コンサルタント「I・P・A 日本酒情報研究所」(札幌市)
の橋本隆志社長は、こうした状況について、

「免許制度という構造の中、酒屋はかなり優遇されたポジション
で、並べれば売れる時代が長く続いていました。その結果、売る力
や市場を作る能力がほとんど培われてこなかった」

と分析する。

全国小売酒販組合中央会(444組合、約8万1000組合員)
の四十万(しじま)隆会長は、その指摘を認めた上で、
「逆に言うと、そうさせたのは行政でした」
と話す。

「私から言うと、甘えではなく、その中に押し込まれてきたのです。
もう一店舗出そうとしても許されなかったし、伸びようとする
チャンスも失わされてきた。行政は、ひ弱なものばかり作ってきて、
こうなることは予測できたのに、規制緩和で一気に直撃させた」

冒頭紹介した<転廃業・倒産数5万3,997件>というデータは、
同中央会が98年3月31日から08年8月31日(03年
2月1日から同8月31日を除く)の間の約10年間の集計である。
それを踏まえて、
「152人もの経営者が自ら死を選んだのは、国の政策のひずみ
です」
と訴える。



一方で、そんな厳しい状況下でも、売り上げを伸ばしている
酒屋もある。

競走馬の産地として知られる人口3万人弱の北海道新ひだか町に
ある酒店「地酒と米のときわ」は、最も売れる12月の月間
売り上げが昨年、規制緩和後の過去最高を記録した。

その理由を、店主の不動健治さんは
「皆さんが扱っていない商品を扱っているから売れてきている
のかな」
と分析。周辺では購入できない数百アイテムを扱い、00年ごろ
から「銘酒を楽しむ会」を組織した。

会での酒代はほとんど店持ちで、会費3000円で料理と銘酒を
楽しみ、つくり手の話に耳を傾ける。口コミで輪が広がり、
通信販売での売り上げも伸びた。

東京都江東区亀戸にある「はせがわ酒店」は、この20年近く、
毎年2ケタ成長を遂げている。普通の酒屋だったが、
「このままではじり貧だ」
と考えた長谷川浩一社長が、全国各地を地道にまわり、埋もれて
いるおいしい酒を発掘。90年代から日本酒に特化し始めたこと
から流れが変わった。

他の店にはないおいしいものを紹介することで、客からも蔵元から
も信用を得て、商品を企画・開発するまでになった。
蔵元と協力し独自ブランドとして誕生させたお酒は、
既に100商品以上。サミット(主要国首脳会議)などの国際会議
でも酒を紹介、納品するなど独自の立場を確立している。

そんな「はせがわ酒店」の成功の秘訣(ひけつ)は
「みんながやっていない分野で流行を作ってきた」(高木伸之専務)
こと。

つまり苦境の中でも売り上げを伸ばす店は品ぞろえなどで
独自の市場を切り開いている共通点がある。
これらの店で扱われている商品のほとんどは、蔵元が選んだ
限られた店舗でしか売られていない「限定流通」商品だ。
限定流通は、商品の希少性を高めると共に価格破壊に巻き込まれることを避けられるという利点がある。

酒販売の著書が多数ある酒販工学研究所の宇賀神重治さんは、
酒屋の生き残り戦略の1つとして限定流通を育ててきた人でも
ある。宇賀神さんは
「限定流通商品があれば、波及効果があります。それを探すには、
熱心な姿勢を見せて、好きな酒を探す。それが出発点です」。

多くの業種が厳しい経営状況の中、「限定流通」に生き残りの
ヒントが隠されているのかもしれない。

==============

◇「特集ワイド」へご意見、ご感想を
t.yukan@mbx.mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2009年03月25日 東京夕刊
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