CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

NPO法人宮崎自殺防止センターを応援したい

NPO法人国際ビフレンダーズ 宮崎自殺防止
センターでボランティア活動を始めました。
いろいろと勉強中です。

なお、このブログは、自死等の相談に応じるものではありません。


NPO法人宮崎自殺防止センター
■ TEL 0985(77)9090
■ 毎週 日・水・金曜日
   午後8時から午後11時まで(3時間)


<< 2014年07月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新記事
五木寛之―「鬱、愁、悲」不安を背負って生き抜く智慧(プレジデントロイター) [2009年03月25日(Wed)]
2009(平成21)年03月25日(水)
プレジデントロイター
ホーム>キーパーソン図鑑

キーパーソン図鑑 2009年03月 25日
【Vol.3】五木寛之
―「鬱、愁、悲」不安を背負って生き抜く智慧
http://president.jp.reuters.com/article/2009/03/25/DE8C87C6-1362-11DE-BAF0-A2C13E99CD51.php?rpc=187
http://president.jp.reuters.com/article/2009/03/25/DE8C87C6-1362-11DE-BAF0-A2C13E99CD51-1.php

プレジデント 2009年01.12号

いま、国民は健康に対して不安を持っています。
また老後に対しても不安を持っている。

小川 剛=インタビュー・構成 大沢尚芳=撮影

国のメタボ基準を疑え!



五木寛之●作家

年間自殺者数が3万人を超える状況に対処する目的で、06年に
自殺対策基本法が制定されました。
具体的に何をしたらいいのか政府はわからなかったのですが、
「自殺者の中に鬱病患者がいるのは確実。
鬱病をなくせば自殺者も減る」
という有識者の意見もあって、癌と同様、鬱病も早期発見が
大事という方向になってきた。

地方自治体の中にはお先走りして、健康診断のときに任意の
アンケートを書かせるところがあります。
「朝起きたときに今日も1日頑張ろうという気持ちが起きない」
「肉親や友達を疎ましく感じるときがある」
などのチェック項目があって、どれも鬱病に見られる
典型的な症状です。

つまり経済活動だけではなく、いまや1人1人の心理状態まで
国家は把握できる。
「あなたの心はちょっと危ないところがあるから専門医に
診てもらいなさい」
と言われるわけです。

「メタボリック症候群」という言葉がすっかり流行語になりました
が、あんなものに踊らされるのが一番いけない。
日本は世界で最もメタボ基準が暴走した国です。
本当に長生きで健康なのはちょっと小太りな人だとよく言われる。
ウエスト幅の健康基準などというものを国家が決めるのは
ファシズムです。ところが国民がそれを受け入れ、メディアと
一緒になってメタボ対策に躍起になっている。

政治家は国民を味方につけなければ何もできません。
国民の意思に反したことは行えない。しかしながら、
国民が持っている欲望の萌芽、そういう芽を育てて上手く利用
すれば何でもできるのです。

いま、国民は健康に対して不安を持っています。
また老後に対しても不安を持っている。
病院や医療のあり方についても不安を感じている。

そこで病気にならないようにする、すなわち「養生」ということ
が大きなテーマになってくるわけです。
「メタボ」は、「養生」という国民の心理にぴったり適う。

いまや大きな市民権を得ている「エコ」もそうです。
エコというのは二酸化炭素の排出量を規制するというように、
地球環境のためにそれまで自由だったものを制限することです。

ゴミの分別も自由の制限の1つです。しかし、エコのため、地球の
資源を守るためという大義名分が立てば人々は喜んで協力する。
誰もメタボやエコがまさか統制とは思っていないでしょう。

しかし、新しい時代の統制経済はそういうところからスタートして、
いずれ個々人の生活に及んでくる。

タバコ1つ買うにも厄介な手続きが必要になり、少年法や道路交通
法が改正されて重罰化の傾向はますます強まっています。
戦後、野放図にされてきた自由がどんどん縮小され、規制が強化
される方向で時代は推移してゆく。

「メタボ」や「エコ」のようなゆるい言葉をまぶされると
国民は賛成するから、国はどんどん進めてゆける。
この流れを先読みすると、やはり時代は怖い方向へ向かうのでは
ないでしょうか。

平安末期、短い間ですが、都が京都から福原に移されたときが
ありました。
その時代に藤原定家が詠んだと思われる言葉があります。

「旧都は荒れ果て、新都いまだならず」。

福原での新都造営はなかなか進まず、京都は荒れ果てたまま。
空き家になった公家の家に浮浪者が住み込んで、荒涼たる有り様
だった。

時代が下って1930年代、共産ソビエトは当時の進歩的な知識人
たちの憧れの的でした。彼らにとっての新都だったわけです。
それがイリュージョンであり砂上の楼閣だったことは自明です。

新都はもはやない。しかし旧都である資本主義もマルクスの
予言通り、恐竜が滅びるように地響きを立てて崩壊しつつある。
横倒しでもがき苦しむ過程で、たくさんの草や木がなぎ倒される
ように大きな犠牲を強いられている。

戦後の焼け跡、闇市の中で苦しい生活をしていても日本人の目
には希望の光があった。平和国家、民主主義、経済成長……。
だけどいまは何があるのか。
いままさに私たちは新都なき旧都の荒廃に直面しているのです。

プレジデント 2009/03/25
コメント
プロフィール

黒水 宣行さんの画像
黒水 宣行
プロフィール
ブログ
リンク集
最新コメント
最新トラックバック