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今週の本棚:大岡昇平 生誕100年特集(その2止) 丸谷才一・評(毎日新聞) [2009年03月08日(Sun)]
2009(平成21)年03月08日(日)
毎日新聞 東京朝刊
トップ>エンターテインメント>毎日の本棚>今週の本棚>記事

今週の本棚:大岡昇平
生誕100年特集(その2止) 丸谷才一・評
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20090308ddm015070047000c.html

◇女人救済という日本文学の伝統
戦後日本最高の作家は、やはり大岡昇平なのではないか。
雑誌『群像』は2度にわたって戦後の秀作についてのアンケート
をおこなったが、どちらも1位は『野火(のび)』(新潮文庫・
340円)だった。

そしてわたしは先年、三浦雅士、鹿島茂の両氏と共に
『文学全集を立ちあげる』という本を出し、架空の文学全集を編集
したが、その巻立てでは漱石3巻、谷崎3巻、鴎外2巻、大岡2巻となった。戦後作家で2巻は彼1人だけ。
この作家の高い評価はほぼ確立したように見受けられる。

今回『野火』を何回目かに読み返して、またしてもその偉容に
打たれた。第1に、かつてクリスチャンであった結核病みの
若い知識人である敗残兵、という設定が必要にして十分である。
余分な線が邪魔をしていないし、要るだけのものはしっかりと
揃(そろ)っている。これが長めの中篇小説ないし短めの長篇小説
にさいわいした。

次に、敗残兵による人肉食という題材が鮮烈である。それは信仰の
薄い日本の知識人にふたたび神を意識させる力をよく備えている。
そして筋の展開は巧みな話術によってなされるし、なかんずく緩急
自在な時間の処理がすばらしい。

第3に、文体がこの主題に適切であり、しかも美しい。明治訳聖書
の系統を引く欧文脈の文章は、主人公の人となりにもキリスト教的
な雰囲気にもふさわしいものであった。
この文体美の問題は、わが文芸批評が一般になおざりにしがちな
要素なので、とりわけ強調して置きたい。

難があるとすれば、末尾のキリスト教的信仰への復帰が狂人によっ
てなされるせいで意味が曖昧(あいまい)になることだろうか。
しかしこれも、わが近代の知識人の精神風俗を写すのに向いていた
と見ることができよう。

とにかくわたしは今回もまた深い感銘を受け、ついでに、
第1次大戦にくらべて第2次大戦は、戦争小説にかけては上をゆく
らしい、という奇怪な感想をいだいた。

前者は、ヘミングウェイ『武器よさらば』も
レマルク『西部戦線異状なし』もさしたることがない
(ただしハシェク『勇敢なる兵士シュヴェイク』は名作)のに対し、
後者はノーマン・メイラー『裸者と死者』、J・G・バラード
『太陽の帝国』そして大岡のこの作品を生んだのである。

長篇小説でもう1つ選ぶとすれば『花影(かえい)』
(講談社文芸文庫・1260円)。
これはわたしのいわゆる新花柳小説に属するもので、銀座のバーの
ホステスがマダムとなり、落魄(らくはく)し、自殺するという
筋である。哀れ深い名篇だが、発表当時の反響には納得できない
ものがかなりあった。
これをモデル小説と見なし、女主人公の描き方が冷酷だとか、
作者が自分を甘やかしてるとか、誰それに迷惑をかけるとか、
そんなことをしきりに言ったのである。

文学の専門家およびその周辺にある人々のこういう反応は、
素人っぽくて滑稽(こっけい)だった。
大岡が住み馴(な)れた大磯から東京へ居を移したのもこれに厭気
(いやけ)がさしたせい、という噂(うわさ)を耳にしたことが
ある。

しかしわたしの見る所では、女の流転の姿を描いた名篇で、
女主人公への愛情にみちている。読んでいてまことに切ないが、
しかし読後に一種のカタルシスが訪れる。
これは多分、日本文学伝来の女人往生の物語なのだろう。

『野火』におけるキリスト教への関心といい、『花影』の女人救済
といい、大岡には意外に宗教的なものへの思慕があるのかもしれ
ない。

言い落してならないのは、短篇小説の名手としての大岡昇平で
ある。大正文学と森鴎外訳『諸国物語』で育った人だから
この領域に長じているし、音楽に親しむことで形式美の感覚が
さらに磨かれた。

わたしがまず指を屈するものは『黒髪』(『大岡昇平全集3』所収、
筑摩書房・品切れ)である。これも流転の女の半生を叙したもの
だが、配するに京の地誌をもってし、水のイメージをあしらって
様式美に富み、艶麗(えんれい)にして哀愁にみちている。
人がこれについてあまり語らないのは、初出が『小説新潮』である
せいか。

『逆杉(さかさすぎ)』(『温泉小説』所収、アーツアンドクラフツ
・2100円)も忘れがたい。これは尾崎紅葉『金色夜叉』の跡を
追って塩原に旅した小説家が密通者と覚(おぼ)しき男女を見かけ
るという話だが、文学論、小説論をまじえながらの叙事は楽しく、
紅葉の文語体(「宮が息絶えて浮び出でたりし其処(そこ)の景色
に、似たりとも酷(はなは)だ似たる岸の布置(ただずまひ)、
茂(しげり)の状況(ありさま)、乃至(ないし)は漾(たた)
ふる水の文(あや)も、透徹(すきとほ)る底の岩面(いはづら)
も、広大の程も、位置も、趣も、子細に看来れば逾(いよい)よ
違(たが)はず」)と張合う大岡の口語体はしなやかで強く、
清新にして見事である。文体の見本帖(ちょう)でもある異色の
作として、一読をすすめたい。

もう1つ、『ハムレット日記』(『野火/ハムレット日記』、
岩波文庫・品切れ)。批評家的才能と作家的才能との組合せとして
も、政治への関心の表現としてもおもしろい。
志賀直哉、小林秀雄、太宰治など、『ハムレット』に材を取った
文学者は多いが、彼らのなかで最も知的なのは大岡である。
オフィーリアに対する哀憐(あいれん)の思いの最も深いのも
彼であった。

毎日新聞 2009年03月08日 東京朝刊
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