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今日の人119.落合良幸さん [2014年06月22日(Sun)]
 今日の人は、富山市八尾町に7月にプレオープンするブルーベリー農園「ベリー・ベリー・ヤミー」の代表、落合良幸さんです。
2014-06-18 14.02.15.jpg

 落合さんは昭和46年に男3人兄弟の末っ子として千葉の幕張で生まれました。当時の幕張は本当に自然がいっぱいの田舎で、いつも家の裏の森でクワガタやカブトムシを捕まえたり友だちと走り回っていた子ども時代でした。とにかく勉強が大嫌いで、どうやってサボろうか、それをいつも考えていました。授業をサボって友だちと一緒にゲンゴロウやタニシを夢中で捕まえていたなぁ。その友だちのお父さんにイナゴを袋一杯にしたら1万円をやると言われて、2人で必死になってイナゴを捕まえたことがあります。見事袋に一杯にし、1万円をゲット。友だちとわけて5000円もらえたのが嬉しくて嬉しくて忘れられない思い出です。

 その頃は大きくなったらお金を稼ぎたい、そのために社長になりたいと思っていました。落合さんのうちは貧乏だったので、親のために稼ぎたい、そして美味しいものをいっぱい食べさせてあげたいと考えていたのです。元々お父さんは島根の人でした。島根で農業をやり、木こりをやり、その稼ぎで家族を養っていたのですが、おじいさんとケンカをして無一文で家を追い出され、親戚を頼って千葉にやってきたのでした。そして千葉で初めてサラリーマンになり、ようやく落ち着いてきたと思ったら不動産詐欺にあって大工さんにも家作りを放棄されるという大変な目に遭って来た方なのでした。でもお父さんは木こりの腕を活かして、玄関や風呂などは全部手作りしていました。そしてお母さんもいつも笑顔でした。だから家は貧しくとも、落合さんは家族でいる時間がとても幸せだったのです。だからこそ、お金を稼いでお父さんやお母さんに楽をさせてあげたいと思ったのでしょうね。

 夢はでっかくですが、相変わらず勉強は全然せずに外で遊びまくっていました。友だちと一緒にテントを立ててキャンプをしたり野球したり、体操もやっていたのでバク転も得意でした。イタズラもいっぱいしました。ピンポンダッシュをしたり、カエルを爆竹で破裂させたり、高速道路を自転車で走ったり、プールに潜って落ちている小銭を拾ったり…。そんなヤンチャな子ども時代でした。

 中学に入っても、そのヤンチャな仲間とつるんでいました。でも中1の時に、自転車を盗んでその自転車で交通事故を起こし、救急車やパトカーを呼ばれるいう大騒動になった時がありました。落合さんは、警察からこっぴどく怒られました。家でも怒られるんだろうなぁと覚悟していましたが、不思議と怒られませんでした。お母さんによるとお父さんが「警察でさんざん怒られて反省もしているだろうから、これ以上怒る必要はない」と言っていたそうです。それを聞いて落合さんはここままじゃダメだと強く思いました。『何か変えなきゃ!』そうしてその仲間からは抜けたのです。
 
 部活はバレー部に入っていました。夜も自主練をするくらいに打ち込んでいました。でもケンカもよくしました。実は4つ上のお兄さんの時はその中学校は一番荒れている時で、しかもお兄さんはガタイもでかく、番長クラスのツワモノでした。だからよく「あの落合の弟か」と言われたものです。落合さんはお兄さんとちがって小さかったけれど、負けん気は人一倍強く、ケンカも強かったのです。

 中3で部活を引退するまで一切勉強をやっていませんでしたので偏差値は40くらいでした。しかし、中3の夏休みから猛然と勉強に打ち込み、短期間で偏差値を20以上もあげたのです!それだけ打ち込んだらとことんの落合さんなのでした。

 家が貧しかったこともあり、高校は県立一本に絞りました。そして家から自転車でも通える市立習志野高校へ。強豪のバレー部からも誘われましたが、みんな190cmを超える長身でしたし、坊主にしなければならないこともあって断りました。そうしてボクシング部へ入るのですが目が悪くなってしまったので辞め、その後はアルバイト三昧の日々を送ります。コンビニ、弁当屋、スーパー、皿洗い、ウエイター、時給のいい方へいい方へと移り、高校3年で時給1000円をもらっていました。高校に入ると勉強熱はすっかり冷めていて、なりたいものも特になかった。就職試験も2社受けましたが面接で落ちます。家は国立大学しか進学させてもらえないし、お兄さんたちが浪人で苦労しているのも見てきたので浪人はイヤでした。そこで選んだのが東京にある法律の専門学校。特に法律に興味があるわけではなかったのですが、とにかく学費が安かったのです。

 専門学校時代はアルバイトをしつつも学校にはマジメに通い宿題もちゃんとして2年生の時には就職活動もちゃんとやりました。そして、千葉地方検察庁の事務官になったのです。ヤンチャ坊主が公務員、しかも検察庁の事務官になったのですから、まわりはみんなびっくりでした。

 しかし、この仕事は自分には合わないと感じましたし、将来も見えてしまい1年半で辞めてしばらく放浪の旅にでることに。1ヶ月くらいヨーロッパを周り、その後は1年くらいかけて自転車で日本国内を周りました。各地でバイトをしながらの放浪の旅。いろんな人が声をかけてくれて、人の優しさをひしひしと感じる旅になりました。

 こうして1年くらい経った頃、そろそろちゃんと就職しようと思い、旅にピリオドを打ちました。そして面接を受けたのが、富山に本社を持つ廣貫堂だったのです。営業の仕事は落合さんには向いていました。優秀な営業マンとして、千葉、仙台、そして富山へと赴任になったのです。30歳の時でした。

 富山に来ても毎日仕事に打ち込み、真夜中まで飛び回る日々。しかし、営業所を回っている時に体に違和感を感じ、倒れます。そして即入院。そこで不治の病と言われるクローン病に侵されていることがわかったのです。68キロあった体重があっという間に53キロに。ガリガリに痩せました。体力回復の為に千葉の実家に帰省していたとき、何度も「会社を辞めて帰ってこい」と言われました。しかし、入院しているときに両親が言った言葉がどうしても頭から離れませんでした。
「ごめんね…」
なんでオヤジやお袋が謝るんだ?落合さんは申し訳ない気持ちいっぱいになります。そうしてこれ以上に両親に心配や迷惑をかけたくないと、千葉に戻る選択はしませんでした。

 しかし富山に帰ってからも入退院を繰り返し、なんで自分がこんな病気にならないといけないんだ!と自暴自棄となっていました。
 そんな日々を繰り返していた33歳の時のことです。いつも行っていた小料理屋さんから「会ってみない?」と看護師の女性を紹介されたのは。
 二人はすぐに意気投合しつき合い始めました。1年程たって、一緒に旅行していた時、落合さんは熱を出して旅先で倒れてしまいます。彼女はずっとソバで看病してくれました。『こんな子はいない』落合さんは思いました。
「結婚してくれないか?」落合さんはプロポーズします。その言葉に彼女はしっかり応えてくれました。そして言ってくれました。
「病気は関係ない」
「私はあなたの病気と一緒になるんじゃなくって、あなたと一緒になりたいの」

 こうして34歳の時に結婚し、次の年に女の子が誕生します。こんなにも愛おしい存在ってあるんだな、この子のためならなんだってできる。オヤジやお袋も俺たちをこういう想いで育ててくれていたのか…、親になって改めて両親への感謝の気持ちがふつふつと湧いてくるのでした。
 ずっと薬を飲んでいたので2人目を作るのは怖い気持ちもあったのですが、どんな子でも受け入れよう、そう奥さんと話し、2人目の男の子が生まれたのは39歳の時でした。

 その男の子が生まれる前の年、娘さんが3歳の時のことです。
落合さんが仕事がお休みの時に娘さんに聞きました。
「今日、どこに遊びに行きたい?」
すると娘さんはこう言ったのです。
「ゲームセンターに行きたい!」
ショックでした。自分が子どもの頃は貧乏だったけど、両親はいつも子どもたちの前では愚痴ひとつこぼさずにイキイキと働いていた。自分も外で遊びまわっていた。大自然の中で育った。楽しかったことにゲームの思い出なんてない。
 自分は子どもにイキイキとした背中を見せているだろうか…?

 それから落合さんは休みになるといろいろな所に子どもを連れて行きました。富山県内各地も行きましたし、県外にもいろいろ行きました。そんな中で娘さんがいちばん喜んだのが「キッザニア」でした。キッザニアはご存知子どもがいろいろな職業をプチ体験できる職業体験施設です。そこで動物のお医者さんを経験したことで、娘さんは将来の夢は「動物のお医者さん」になりました。それは今も変わっていません。
 子どもたちにこんなワクワクな気持ちを与えられる施設ってすごい!これを富山でも作りたい!そんな強い気持ちがむくむくと湧き上がってきました。

 何かやりたいと思った後の落合さんの集中力は健在でした。それからは知り合いの社長さんから、また別の社長さんへとたくさんの人に会いまくりました。
「富山版キッザニアを作りたいんです!」
でも、言われる言葉はいつも同じでした。
「富山じゃできないよ」
しかし諦めきれませんでした。

 ある時、愛知のブルーベリー農園で500円玉くらいの大きなブルーベリーに出会い、衝撃を受けます。今まで自分が持っていたブルーベリーの常識を覆されました。そして思ったのです。ブルーベリー農園をメインにして富山版のキッザニアを作れないかと。
 もちろん、それまで農業の経験なんてこれっぽっちもありませんでした。自分が農家をやるためにはどうしたらいいのか、さっぱりわかりません。それで、県庁、JA、いろいろな所に相談に行きました。けれどどこでも門前払いのたらい回しで結局為す術が見つかりません。「農地もないなら話にならない。まず農地を見つけてからまた来てくれ」と言われ途方に暮れました。しかし、待っていても何も始まらない。自分が真剣なんだということを見せるためにもなんとしても農地を見つけてみせる!そう思って県内あちこちを一人で回りました。そうした折、八尾町の高台の耕作放棄地にとても素敵な場所がありました。とにかく見晴らしが抜群にいい。こんな場所でブルーベリー農園ができたらどんなに素敵かと思いました。すると、その近くで偶然立っている方を見つけました。その方はその土地の地主さんと知り合いで、なんと地主さんを紹介してくれることになったのです!それからは、あれよあれよという間に話が進み、その土地を借りられることになりました。まさに落合さんの強い思いが引き寄せた出会いだったのでしょう。

 こうして農地が見つかったことで、県の人もようやく重い腰を上げてくれ「じゃあ、書類を作っていきましょう」ということになりました。
 さて、その次は銀行です。しかし、農家として認可されないと融資してくれないとのこと。それで、認定農家になるために研修制度を利用して、一年間福井のブルーベリー農園に研修に行くことになりました。
 さあ、そうなるといつまでもサラリーマンを続けているわけにはいきません。落合さんは自分の思いを奥さんに話します。看護師の奥さんはおっしゃいました。
「好きにやっていいよ。失敗したら私が食べさせてあげるから」

 こうして落合さんは奥さんの大きな応援を得て、ブルーベリー農園へと踏み出したのです。研修に入る前の半年は、耕作放棄地だった場所を草刈りしてすっかりきれいにしました。そのことで地主さんからも大変感謝され、大きな信用を得ました。1年の研修を経て、認定農家としての許可をもらい、補助金と融資で農園を本格的に整備し始めたのです。整備の時には千葉からお父さんも応援に駆けつけてくれました。手際よく作業を進めるお父さんの姿に、「オヤジはやっぱりかっこいいな」と改めて感じた落合さん。そしてブルーベリーをポットに植えたのが2013年の6月26日。ちょうど一年前です。

そしてつい2014年の7月19日に、ブルーベリー農園「ベリー・ベリー・ヤミー」はプレオープンを迎えます。1500坪の場所に1000本39品種のブルーベリーが出迎えてくれる様子は圧巻です。あれ?地植えじゃないの?と思われるかもしれませんが、ブルーベリーは酸性の土壌を好みます。地植えではその環境を整えてやるのがとても難しいのです。
それで落合さんはブルーベリーが美味しく食べられるポット栽培を選んだのでした。この栽培方法のブルーベリー農園は富山では初のお目見えです。

 もちろん、落合さんが目指しているのは単なるブルーベリー観光農園ではありません。もともと子どもたちにイキイキとした体験をさせたくて動き出したのですから、目指すのはブルーベリー農園を中心にした農業版のキッザニア!その名も「トレジャーキッズ」
この後は体験施設・加工施設・レストラン・宿泊施設と、どんどんトレジャーキッズを広げていきたいと思っています。
 体験ではブルーベリー収穫体験・ジャムつくり体験・米つくり体験・野菜つくり体験・販売体験・フロント体験・ウエイトレス・ウエイター体験などなどの仕事体験をして、作物を作る楽しさや、収穫の喜び、売り上げをあげる喜びなどを通して、子供たちに仕事の楽しさや、喜びを教え、自分の将来なりたいものを見つけられる場所にしたい!そんなワクワクの未来を描いています。
 そして子どもたちだけではなく、親もいろいろな体験をして、その姿を子ども達に見せることができます。お父さんがのこぎりを持って家具を作っている姿をきっと子どもたちはカッコいいと思うでしょう。多少曲がっていたっていい。その姿を見せることが大事だと落合さんは思っています。実際、落合さんの農園にある家具はほとんどが落合さんの手作りです。味のある素敵な家具がお出迎えしてくれます。
 ここを親子でいろんなことに気付ける場所にしていきたい。そしてトレジャーキッズでたくさんの笑顔が見られる日を妄想するのが落合さんが今一番ワクワクすることです。

 不安はあるけれど、ストレスはない。だって不安もワクワクの要素だから、と落合さん。
きっと、数年後富山にはこんな子どもたちが増えるでしょう。
「今日はお父さんが休みだから、どこか行きたいところあるか?」
「お父さん、そんなのトレジャーキッズに決まってる!」

みなさん、7月のプレオープンを迎えたら、ぜひ落合さんの夢のブルーベリー農園に行ってみてください。本当に素敵な景色とそして笑顔に出会える場所がそこには広がっています。
ベリー・ベリー・ヤミーfacebookページ⇒https://www.facebook.com/ochiai.berry?fref=ts
ブログ⇒http://ameblo.jp/berry-very-yummy/
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こちらの素敵なカウンターも落合さんの手作りです♪

そして、落合さんの夢のプレゼンを聴けるドリームプラン・プレゼンテーション富山が7月27日に富山国際会議場で開催されます。ぜひ会場で落合さんの夢を直に触れてください。
詳しくはこちら⇒ドリプラ富山2014