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今日の人57.沼田 聡さん パート.1 [2012年09月23日(Sun)]
 今日の人は、ドリームプラン・プレゼンテーション2012世界大会プレゼンターの沼田 聡さんです。
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ハーブを取り入れた庭を設計したり、震災で被害に遭った公園を新しく設計したりするのが沼田さんのお仕事です。みんなにぬまっちと呼ばれている沼田さん。私も親しみを込めて、ぬまっちと呼ぶことにします。
 
 ぬまっちが生まれたのは茨城県神栖市。元気だった少年の生活が一変したのは9歳の時でした。盲腸炎を我慢しすぎて破裂。それがお腹の中で飛び散って化膿してしまい、腸閉塞や腹膜炎を起こし、しょっちゅう入院する生活になりました。その後6年間、年間1~2回は2~3ヶ月の入院をする生活。しかも、入院している間は点滴で栄養補給をし、鼻からはお腹の膿を抜く管を入れている状態でした。

 そんなぬまっちでしたが、元気な時は外にいるのが大好き。特に自然の中にいる時間が何よりも好きでした。釣りも大好きで、お父さんによく渓流釣りに連れて行ってもらいました。ぬまっちには2歳年上のお兄さん、4歳年下の妹さんがいるのですが、渓流釣りはお父さんと2人で行く事が多かった。そうやって自然の中でお父さんと過ごした時の記憶は、ぬまっちの中でとても大切なものになりました。
 
自然の中で過ごすこと以外に好きだったのが、絵を描くことです。ガンダムやドラゴンボールのキャラクターを描くのも得意で、友だちがとても喜んでくれたので何枚も描いてはそれをあげたりしていました。そして、アニメのキャラクターに限らず、絵を描いている時間はそれに没頭して、あっという間に過ぎていくのでした。

ぬまっちのお父さんは、釣りに連れて行ってくれたり、家族でキャンプをしたり、とても優しい人でしたが、厳しい人でもありました。ぬまっちに一流の高校、一流の大学に入ってもらいたい、我が子を思えばこその行動だったと今はわかりますが、反抗期のぬまっちにはそれがとてもうざったく感じました。結局、父の薦める高校には行かず、自分が行きたいと思った自由な校風の高校に進学しました。自分の意志を貫いた息子を実はすごく応援してくれていたことを、ぬまっちは後にお父さんの友だちから聞くことになりますが、その時はまだそれを知りませんでした。

こうして片道2時間かかる高校に通い始めたぬまっち。お兄さんの影響もあって入院中にB’zが大好きになり、高校ではギターをやり、友だちとバンドを組んだりもしていました。授業をサボって友だちとマックや海でずっとしゃべっていたのもとても楽しかった。
でも、高校に入っても自然の中で過ごすことと、絵を描くことは相変わらず大好きでした。そして、自分は自然の中で、自然を使った仕事をしたい、と漠然と考えるようになりました。

3年生になり、進路を考える時に、「自然の中でデザインを学ぶ」と書かれた大学のパンフレットを見て、目が釘付けになりました。この大学に行きたい!ではなく、「俺はここに行く!」と決めてしまったのです。他にもいくつかの大学に合格していたのですが、それらには目もくれず、ぬまっちは新潟にある長岡造形大学へと進学しました。

あんなに一目惚れして入った大学なのに、最初の2年間は成績が伸びず悶々と過ごします。自分の感覚をどうやったら形にできるのか?思い悩む日々でした。
3年生になった時、ぬまっちは思いました。「自分はデザインで何かしたい。でもこのままではいけない。2年生の時に、一番最低の評価をされた先生に話しを聞いてこよう!」  
そしてこの決意が、ぬまっちを新たなステージへと導いてくれることになったのです。

ぬまっちは先生といろいろなことを話しました。そして子どもの頃、自然の中で過ごしていた思い出をいきいきと語るぬまっちに先生は言いました。「子どもの頃のことをデザインしてみたら?」はっとしました。デザインの雑誌を買って、それを参考にしながら描いていた時は義務感のような感じで描いていました。でも、自然の中で過ごした思い出を辿りながらのデザインは筆が止まりませんでした。描きたくて描きたくてたまらず、夢中で筆をとり続けました。自然の中に出かけていくとデザインのアイディアが次から次へと湧いてきます。こうしてみるみるぬまっちの成績は上がっていきました。

しかし、そんな時、衝撃の出来事がありました。父の死…。お父さんはうつ病を患って、自ら命を絶ってしまったのです。あの父が、なぜ?…ぬまっちは大きなショックを受け、大学をやめようかと考えました。何も気づかなかった自分がはがゆかった…。
けれど、先生と友だちが必死で引き止めてくれました。今、ここでデザインをやめてどうする?こんな時だからこそ、せいいっぱいやってほしい…

‥ぬまっちは踏みとどまりました。そうして、ますますデザインに没頭していきました。特にデザインと自然を組み合わせた絵をひたすら描き続けました。お父さんと自然の中で過ごした原体験…もしかしたら、自然を描くことで、無意識にお父さんとの絆を確かめていたのかもしれません。

 そしてぬまっちは、学部では飽きたらず、更に大学院へ行って学び続けました。いろんな展覧会で受賞、さらに日本建築家協会の全国学生卒業設計コンクールでは、なんと全国1位になりました。
http://www.jia.or.jp/event/aword/gakusei/2005/main.htm


パート.2に続きます。


RGB.jpg
ぬまっちの描いたイラストの一枚

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