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今日の人54.マット・ダグラス(Matt Douglas)さん [2012年08月29日(Wed)]
 今日の人は、CLAIR(クレア)財団法人自治体国際化協会の多文化共生部多文化共生課兼協力支援部経済交流課のマット・ダグラスさんです。
写真 12-07-11 15 14 15.jpg
 
マットさんはオーストラリア、ニューサウスウェールズ州スワンシーの出身。7人兄弟の末っ子で家族からはベイビーと呼ばれて育ちました。そんなベイビーは、小さい頃からとにかく外で遊ぶのが大好きでした。食事までに戻らなくて、呼ばれても聞こえないふりをして遊び続けていました。家族でキャンプに行くのも大好きで、山登りをしたり、川で砂金を集めたりして遊びました。オーストラリアにはゴールドラッシュの名残で、まだ金が混じっている川もあるそうです。

こんな風にアウトドアが大好きなベイビーでしたが、小学校に入ると勉強も大好きになります。
 そして、小学校の3年生の時に衝撃的な出会いがありました。担任の先生が病気で数日学校を休んだ時、代わりに来てくれた先生が日本語ができる人でした。その先生は授業の時に、ひらがなを教えてくれたのです。初めて目にしたアルファベット以外の文字に衝撃を受けたマット少年!「こんな文字があるんだ!勉強したい!!」
そう強く思ってしまった小学校3年生の男の子は親に頼んで、日本語の家庭教師をつけてもらいました。こうして、マットさんと日本語の長い付き合いが始まったのです。

初めて日本に来たのは15歳の時。日本語のスピーチ大会で優勝し、2週間の日本への旅がプレゼントされたのでした。スピーチ大会の審査基準は「ラム肉は柔らかくておいしいです」をなめらかに言える人、だったらしい。(真偽の程は定かではありませんが…。でも確かに、やわらかいの発音はなかなか難しいですね。)
こうして高校2年の時に2回来日したマットさんは、超名門校オーストラリア国立大学に入学した後ももちろん日本語を専攻。しかし、ここで日本語だけではなく、生物学も専攻してしまうところが、さすがです!
オーストラリア国立大学には、なんと歌舞伎部があります!そこでマットさんは、女形を演じていました。三島由紀夫の歌舞伎「鰯売恋曳網」では蛍火を演じるなど、我々よりはるかに歌舞伎への造詣が深いマットさん。今、お勤めのクレアは国立劇場が近いので、時々見に行っていますよ、とニッコリ笑顔になられました。

大学の時に交換留学生として、東北大学にも1年間在籍しました。そして、卒業後は日系企業で一年働いた後、JETプログラムで来日し、高知県で4年間勤務しました。今でも日本の中で一番帰属感のある場所は高知です。四国山脈で隔てられた高知は、日本国内ではなく太平洋に目が向いている特異な土地柄です。「自由は土佐の山間より」という言葉があるように自由民権運動はまさに土佐から。オープンで誰でも受け入れてくれる県民性、ひろめ広場へ行くと、すぐに友だちができる、そんな高知が大好きなマットさん。
JETのみんなで土佐弁による外国人ミュージカルを行ったり、「ちょびっとJAPAN映像祭」と称して、テーマを変えて3分以内で高知を伝える映像を作ったりと、本当に楽しい時間でした。

 高知で町役場、そして県庁での仕事に携わり、その後 国の機関であるクレアで働きはじめて、8月でちょうど3年になります。町、県、国、それぞれの仕事を経験できたことは、それぞれの立場を知る上でもとてもいい勉強になりました。
クレアでは東日本大震災での多言語支援センターの仕事をしたり、国際交流協会の職員対象の研修会の企画立案をしたり、外国人の心のケアの研修を行うなど、自分に得るものが大きかった。
また海外の地方自治体等の職員を日本の地方自治体に受け入れる際、財政面や受入実務面での支援を行う「自治体職員協力交流事業」(Local Government Officials Training Program in Japan)も担当しました。世界8カ国から自治体職員を招集してJIAM(全国市町村国際文化研修所)で5~6月にかけて泊まりこみの研修もあるのですが、その期間は彼らとずっと泊まりこみだったマットさん。2ヶ月近く一緒にいて、すっかり仲良くなったので、彼らが帰国したら、韓国、中国、ベトナム、インドネシア等、世界各国を回りたいなぁと思っています。

そんなマットさんの夢のひとつは、日本の100名山を制覇すること!
今77山まで登ったので、あと23山を制覇したい!ととっても楽しそうに話すマットさん。ベイビーのアウトドア好きは大人になっても変わらないようです。
もう一つの夢は、大学の先生になること。日本かアメリカの大学で日本語と日本文化を教えたいと思っています。日本語教育の世界でマットさんが大活躍してくれたら、一介の日本語教師としてこんなにうれしいことはありません。

防災にしろ、何にしろ、日本人が外国人を支援するという一方的な構造は絶対によくない、社会の構成員として、相互支援しあえる関係、そして、草の根レベルで支え合える関係がいい。でも、そうしていくためには、やはり国のリーダーシップがないと難しいと言うマットさん。
でも、日本は差別が浅い国だと思うので、ダイバーシティ的な考えがみんなに伝われば、結構はやく変わるんじゃないかなと、とっても素敵な笑顔で言ってくれました。
その言葉、私たちには大きな力になります。
これからも、その深い洞察力とみんなを惹きつける笑顔で、末永くぜひ日本でご活躍くださいね!
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