CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«今日の人51.及川信之さん | Main | 今日の人52.土井佳彦さん パート.2»
<< 2020年02月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
プロフィール

宮田妙子さんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
最新記事
https://blog.canpan.info/diversityt/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/diversityt/index2_0.xml
月別アーカイブ
このブログをSNSで紹介
最新コメント
おかうえ
今日の人152.吉谷奈艶子さん (08/21) りんりん
今日の人114.村木真紀さん (05/19) ゆかり
今日の人114.村木真紀さん (05/09) 宮田妙子
今日の人149.河除静香さん (09/24) 橋本桂
今日の人149.河除静香さん (09/08) 高木敏夫
今日の人123.高橋太郎さん (04/14) 大太
今日の人4+.森本耕司さん (07/17)
最新トラックバック
今日の人52.土井佳彦さん パート.1 [2012年08月14日(Tue)]
 今日の人は、NPO法人「多文化共生リソースセンター東海」代表理事の土井佳彦さんです。
写真 12-05-09 19 37 40.jpg
多文化リソースセンター東海は、多文化共生社会づくりに役立つリソースの収集・整理・発信を通じて、東海地域の社会発展に貢献することを目的に2008年に設立されました。多文化共生理解促進事業をはじめ、外国人住民の社会参画促進事業、多文化共生関連の研修企画・運営及び講師派遣事業など、多文化共生社会に向けた活動に幅広く取り組んでいらっしゃいます。

 土井さんは広島生まれ、18歳まで広島で過ごしました。広島といえば、広島東洋カープ。でも、土井さんはカープのファンクラブに入りながらも、実は巨人ファンで、巨人戦の時だけ、球場に足を運んでいたのでした。特に好きだった選手は緒方耕一選手と川相昌弘選手。緒方選手、かっこよかったですよね〜。

ご自身も小学校の時はソフトボール、中学では野球をやっていました。高校では新しいスポーツにチャレンジしようとバスケットボール部に入ります。
バスケット自体はとても楽しかったのですが、顧問の先生とそりが合わず高2の春に辞めてしまい、人生初めての「帰宅部」生活が始まります。

 その頃、土井さんのクラスに広島大学の学生が実習生として国語を教えにきていました。彼の授業はいつも半分は脱線して、自分がバックパッカーで周った世界一人旅の話でした。でも、土井さんはその話が大好きでした。アラスカ空港のうどん屋さんの話、タイで船頭にナイフを突きつけられて大河を泳いで逃げた話・・・。いつか自分もそんな旅がしてみたいと思いました。そして、その先生が貸してくれた沢木耕太郎の「深夜特急」新潮文庫版の全6巻。面白くてワクワクしながら読みました。「世界遺産」という番組も大好きで、日本では常識だと思っていることが、世界では常識ではない、そのことにすごく心惹かれるものを感じました。

 そしてついに、土井少年は一人旅を決意します。今いる場所から一番離れたところに行こう!夏休みに入ってまもなく、時刻表も読めなかった土井少年は、青春18きっぷを握りしめて、なんのあてもないまま西行きの電車に乗ったのでした。そして、なんとか鹿児島まで辿り着き、そこからフェリーに乗って25時間、沖縄本島につきました。思っていたより「都会」だった沖縄に違和感を覚えた土井少年は、フェリーを乗り継ぐこと13時間、石垣島に辿りついたのでした。そこで拠点となる民宿を確保し、あちこちと島巡りをはじめました。
 石垣島、西表島、由布島、竹富島を回り、たくさんの地元民や旅行客、バックパッカーのお兄さん・お姉さんたちと語り合った10日間は、それからの土井さんの生き方に大きな影響を与えたそうです。旅行から帰った土井さんは、初めて大学進学のことについても考え始めました。「これから僕がやっていくことはなんだろう。僕は知らない世界をもっと知りたい。僕は外国に行こう。外国に行くにはどうしたらいいか…」

 その頃、ちょうど、「ドク」というドラマをやっていました。私はその時もう日本語教師でしたので、よく覚えているのですが、香取慎吾が日本語学校で学ぶ外国人学生役、安田成美が日本語教師役のドラマでした。土井さんはドクを見て日本語教師という職業を知り、「日本語教師になったら世界各国を転々としながら生活できるんじゃないか」と思って夢の実現に向けて歩き始めます。こうして、大学で日本語教育を学ぶことに決めたのでした。

 大学生になり、いろいろなアルバイトも経験しましたが、就職活動はしなかった土井さん。しかし、まるでそんな土井さんを待っていたかのように、ひょこんと留学生別科に講師の空きができます。「まぁ、とりあえず申し込んでみるか」と軽いノリで申しこんで、その後土井さんはオーストラリアへ語学留学に行っている友人のもとへ遊びに行きます。そこで大学の日本語教育の授業を見せてもらいました。そして、小学校2年生の子どもたちの日本語の授業を見て、とても感動します。「ああ、子どもたちがいきいきと勉強している時って、こんなにいい表情をしているんだ!やっぱり日本語教育って素敵だ!」そう感じて日本に戻ってきたのは、実に大学の卒業式の2日前のことでした。そして、その時、ちょうど家のポストに大学からの採用通知が届いていたのでした。

 こうして留学生別科で読解と聴解の授業を受け持つことになったものの、教授法が全く身についておらず、ろくに教えられないことに気付きます。これではいけないと、先輩教師に紹介してもらった地域の日本語ボランティア教室に通うことになりました。ボランティア教室とは言っても、ここで教えている人はほとんどがプロの先生で、教授スタイルも日本語学校と同じような形式だったので、ここなら「ちゃんとした教え方」が身につくと思ったのです。
 
 ある時、ALTの学習者に授業をしていると、「これは何と言いますか?」と「黒板消し」のことを指します。ALTだから教室で子どもたちに授業をする時に、毎日使っているだろうに、「黒板消し」を知らないなんて!・・・でも、確かにそんな単語は、日本語の教科書には出てきません。ああ、そうだな。必要な語彙は人によって違うんだ。一見当たり前だけど、すごく大事なことに、その時土井さんは気付いたのでした。

 日本語教育の世界で食べていくためには、学士では心もとない、修士だけはとっておけ、と周囲から強く薦められたこともあって、土井さんは大学院に通うことにします。当時、考え方に興味を持っていた細川英雄先生のいらっしゃる早稲田に行こうか、教育ファシリテーションのコースがある南山に行くかで迷いましたが、授業見学をして感銘を受けた南山を選びました。この選択も、のちの土井さんの進む方向を決めた選択だったといえるでしょう。

 大学院の学費を稼ぐため、半年間、トヨタ自動車で期間工として働いた土井さん。その間、ボランティアで地域の農家にお嫁に来た外国人女性に日本語を教えていました。奥さんたちは、日本語が上手になりたいと市販の教科書を持って教室に来ますが、実際には「今日は暑いで、はよ帰ろうや」など、その地域の方言を使っていました。でも、それを直す必要があるのか?彼女たちに必要なのは、まさにこの地域の日本語なのであって、教科書通りの日本語ではない。そういう生活日本語について考えさせられました。

 その後、縁があって豊田市の保見団地の日本語教室に参加するようになります。保見団地は、住民の半数近くが外国人住民という外国人集住団地です。そこで、日本語教育というよりは、外国人が地域住民と交流しながら生活に必要な日本語を身につけていく現場を目にします。ボランティアが教科書にそって日本語を教えている、というのではなく、みんなでおしゃべりしながらわからないことを聞きあっているイメージ。でも、みんな日本語を覚えていくのです。コミュニケーションしながら日本語を習得していく、きっと自分がやりたかったのは、こういうことなんだ。土井さんは大学院に通いながら、保見団地にも毎週通うようになりました。

パート.2に続きます。

次項有お知らせ
今週末(8月17日~20日)日本語教育国際研究大会2012が名古屋で開催されます。
その中の「土曜つながる広場」では土井さんたちが企画した「多文化映画祭」を開催。
「だれもが暮らしやすい社会の実現」「多様な人々がたがいにつながりを持って生きていける社会」は,みんなの願い。
でも,どうしたらそんな社会になるのでしょうか? 「移民」「難民」「ろう者」の生活から現在の日本社会の「多様性」を映し出した3作品には,そのヒントがいっぱい。
全作品入場無料,上映後に監督のトークショーもあります。
みなさん、18日はぜひ名古屋大学東山キャンパスへ!
http://www.nkg.or.jp/icjle2012/events2.html

コメントする
コメント