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今日の人51.及川信之さん [2012年08月08日(Wed)]
 今日の人は、東京三立学院副校長兼教務主任の及川信之さんです。及川先生は日本語教育振興協会の主任教員研修実行委員長も務めていらっしゃいます。
写真 12-07-10 20 01 12.jpg
 
 及川先生は1964年、東京オリンピックの年に札幌で生まれ、18歳まで札幌で育ちました。子どもの頃は、今と真逆の性格で、自分に全く自信がなく、コンプレックスの塊でした。5歳くらいの時に、いつも一歩引いている自分を自覚していたそうです。
 それが変わったのは小学校4年生の時でした。その時まで及川少年は自転車に乗れませんでした。それまではお下がりの自転車しか持っていなかったし、下手くそと言われるのが嫌で、あえて乗ろうとはしなかったのですが、新品の自転車を買ってもらい、必死に練習したのです。きっと自分に中にも、自分を変えたいという思いがあったのかもしれない。そして自転車に乗れるようになった時、「僕もやればできるんだ!」という自信が生まれました。そして、とび箱で3段多く飛べるようになったり、走るのが速くなったりしたことも自信につながり、友達の数がうんと増えました。
 この時、及川少年は思ったのです。自分が変われば環境は変えられるんだ。いろんなことに受け身でいちゃいけないんだ、と。
  
 こうして、積極的になっていった及川先生。中学生の時には、教育雑誌の読者のページで「みんなでつながりませんか」と呼びかけて、毎月全国の100人から手紙をもらって、その手紙を元に新聞を作っていました。みんなが書いてくれたひと言を新聞に載せ、それをまたみんなに送るのです。この時思いました。「誰かが何かを始めないと、新しいことは生まれない。僕は何かを生み出していける人間になろう」
 
 高校の時は生徒会の文化委員長として活躍します。イベントが好きで、いいね、と感じたことはやろう、という主義でした。やろうとして頓挫するのは仕方がないけれど、やらないうちにあきらめるのは面白くない。何か欲しいけれど、それがない時は、外から買ってくるんじゃなくて、まず組み合わせを考えて自分たちで作り出そう。全てのアイディアは組み合わせの妙から生まれると思っています。自分ができることを工夫して価値を生むことに喜びを感じる及川先生。
 ですから、先生の作られる教材はいつも創意工夫にあふれています。常に何かの価値を生み出していきたい!それは及川先生にとって、一生をかけた課題です。

 大学時代には、新宿のスナックでのアルバイトも経験しました。ここで、いろいろな人の話しを傾聴することの大切さを学びました。こんな話、自分には関係ないや、ではなく、全てのことが自分に関係があるんだと感じました。こちらの受け止め方次第で、どんな話にも興味が持てるし、こちらが真剣に聞けば聞くほど、真剣に話してくれました。60代の会社の重役の人たちが、こんな若造相手に想いを吐露してくれる、ああ、聴くって大事なんだなぁと、身を持って実感したのでした。
 
 大学を卒業した及川先生は、大阪で半年営業の仕事をやりました。しかし、自分でいいと思ったものでないと売れない性格だったので、営業の仕事は半年で辞め、その後、塾や予備校の講師の仕事を始めます。大阪で2年半過ごしましたが、及川先生は関西弁に染まりませんでした。なんちゃって関西弁を使いたくなかったのです。しかし、関西弁を使わなくても、よそ者扱いをされず、関西の懐の深さを感じました。異文化を排除するのではなく、相手の良さを認めて、自分のアイデンティティも守ることの大切さを学んだのでした。マイノリティをどう受け止めるか、及川先生がその素地を伝えてもらったところは新宿のスナックであり、大阪だったのでした。
 
 この時の経験から、そして、日本語教師をしてきた経験から、外国の人が日本に入ってきた時に、自国の文化、アイデンティティを守りながら、その土地の文化をしなやかに吸収して、かつ自分の文化も上手に伝えていくこと、それが大事だと及川先生は考えています。

 さて、大阪で予備校の講師をしていた及川先生が日本語教育に出会ったのは、30歳を過ぎてからでした。留学生は純粋に学びたい人たちにちがいない、と勘違い?した及川先生は、養成講座を受け、日本語教師としてスタートします。創意工夫して新しいものを作り出していくことが大好きだった及川先生に日本語教育の現場はぴったりでした。そして、自分が大阪でしなやかに受け止めてもらえたように、自分も外国の人たちをしなやかにうけとめていこう、そう思って日々留学生と接しています。留学生には多様な人がいます。その学生の多様性を受け入れていく力、これは日本語教師にとっては欠くべからざる要素です。
 
 今、多くの若い日本語教師を指導する立場にある及川先生が伝えたいことは、何もないところから作り出す力を大切にしてほしい、ということです。例えば、教材が何もない砂漠でも日本語を教えられる、そんな教師になってほしい。何かがなければできません、という教師にはなってほしくない。
 及川先生は留学生に何かを考えさせる時間を授業の中でたくさん取り入れています。教師はQ&Aではなく、Q&Hでいこう。Hはヒントです。答えを与えてしまうのではなく、ヒントを与えて、答えを出すのはあくまでも学習者であって欲しい、そう思っています。
 
 こんなふうに日本語教育に情熱たっぷりの及川先生、プライベートではいろいろな分野の第一線で活躍している人たちを見るのが大好きです。演劇、スポーツ、音楽、共通して、何かを極めた人のすごさを感じます。生で見るのはもちろんその凄さをいちばん感じられて好きですが、画面を通してでも、そのエネルギーを感じることができます。何かを突破した人は美しい。その美しさは人の心の奥底に響きます。その美しさを感じるのが大好きなのだ、と及川先生。ロンドンオリンピックで生まれる数々のトップアスリートのドラマにきっと寝不足の毎日を送られていることでしょう!
 
 そして及川先生は、日本語教育の世界で自分がトップアスリートでいたい、そう思っています。しかし、それと同時に、次の世代をきちんと育てていきたい、それもとても大切にしています。日本語教育振興協会の主任教員研修実行委員長として、全国の日本語教師を指導する立場の及川先生。日本語教師のネットワーク作りにも力を注いでいらっしゃいます。

 これからもその日本語教育にかける情熱で、たくさんの若い日本語教師を育てていってくださいね。私も日本語教育に関わる一人として、そしてダイバーシティを広めていく一人として、地域と日本語教師をつないでいきたい、そう思っています。

次項有
アクラス日本語教育研究所で、「『これからの日本語学校』について考えてみませんか」と題した日本語サロンが開催されます。及川先生が講師なので、お近くの方はぜひいらしてくださいね!
http://www.acras.jp/?p=502

8月は日本語教育関係の大会が盛りだくさんです。

8月10日、11日 日本語教育振興協会 日本語学校教育研究大会

8月17日~19日 日本語教育学会主催 2012日本語教育国際研究大会 名古屋2012
この学会では17日の特別企画イベントで「みんなのまちづくり-震災のあと行ってきたこと、これから行っていくこと」が行われますし、18日は多文化映画祭も行われて、日本語教育と多文化共生をつなぐ学会にもなりそうです。

8月31日 文化庁日本語教育大会
こちらも特別講演とパネルディスカッションのファシリテーターは田村太郎さん!今年の夏は今まで近そうで遠かった日本語教育の分野と多文化共生の分野をつなぐ企画が盛りだくさんです!
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