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今日の人50.宮田 隼さん パート.1 [2012年08月01日(Wed)]
 富山のみなさん、おまたせいたしました。50人目の今日の人は、いよいよ彼が登場します。そう、「コミュニティハウスひとのま」代表の
宮田 隼さんです。
IMG_1295.JPG
 コミュニティハウスひとのまは、誰もが気軽に利用できる場所。お茶をするのにふらっと立ち寄るのもよし、一日ずっといるのもよし、面白いことを企画するのもよし、仕事したり勉強したり昼寝したりもできる、そんな一軒家です。宮田さんは寺子屋みやたという学習塾も経営していますし、各種委員も多数兼任して大変忙しい毎日を送っています。
 宮田さんは私と同じ姓で紛らわしいので、親しみを込めて、隼ちゃんと呼ばせていただきます。
 
 隼ちゃんはとってもしっかりした考えと行動力を持っていますが、実はまだ20代。いつも笑顔で元気で人を笑わせることが得意な隼ちゃんは、時々「あなたは何も悩みがないのね」と言われるのですが、隼ちゃんがいつも笑っているのには、実は深いわけがあるのです。
 
 そのわけをお話する前に、隼ちゃんの生い立ちを見ていきましょう。
 隼ちゃんの命はお父さんとお母さんが高校3年生の時に宿りました。両親とも高校生なので、当然周囲は「そんな子どもはおろしなさい」と産むことに猛反対。特にひいおばあちゃんは大変な反対ぶりでした。
 でも、両親は産むことを選びました。そして九州から駆け落ちして誰も頼る人のいない愛知県に。でも、身寄りもなく、資格もなく、おまけに子持ちの18歳の若者を雇ってくれるところはなく、お父さんは両肩にドラゴンの刺青を入れる道へ…。
 若い両親は離婚と結婚を繰り返します。その度に転校。お母さんも昼夜問わず働きに出ていたので、御飯を食べるときはいつもひとりぼっち。寂しかった。でも寂しいと言えなかった…。
 運動会も、みんなは豪華なお弁当を家族で食べているのに、隼ちゃんは菓子パン一個でした。「別に豪華なお弁当がなくてもいい。一回でもいい。僕が走るところを見に来てよ、お母さん。」幼い隼ちゃんの心は、張り裂けんばかりでした。遠足も、コンビニ弁当しか持っていったことがありません。でも、弱音は吐かなかった。いえ、吐ける場所がなかった、と言った方が正確かもしれません。

 お母さんは隼ちゃんを連れて九州に帰ります。
「この子はかわいそうな子だね…」小さい時からそんな声をずっと聞いてきて、同情されたくない!という気持ちが幼心にありました。でも、その一方でその言葉を聞くたびに胸がチクチク痛みました。僕は何のために生まれてきたのかな…。
 でも、そんな隼ちゃんをいつも褒めてくれる人がいました。そう、隼ちゃんの出産に大反対だったあのひいおばあちゃんでした。ひいばあちゃんは言いました。
「隼ちゃんは優しい子。何も文句を言わないで人のことを考えることは誰にもできんとよ。ばあちゃんはいつまでも味方でおるけんね。」
親戚が集まる席でも、ひいばあちゃんは「隼ちゃんは特別!」と特別扱いしてくれました。
「僕は生きていてもいいんだ。僕にも味方がいるんだ。」初めて認められた気がしました。

 でも、「同情されたくない!」という思いはずっとありました。そんな隼ちゃんは、他の同級生に比べればどことなく大人びていました。小学校低学年といえば、おもちゃで遊ぶのが楽しい年頃ですが、隼ちゃんはそんな同級生を、おもちゃでしか盛り上がれないのはバカバカしいと冷めた目で見ていました。そしてみんなに同情されないためにも、とにかく笑わせようとしていました。幼い隼ちゃんは周囲を笑わせることで自分を保っていたのかもしれません。

 そんな隼ちゃんに大きな出会いがありました。小学校3年生の時に出会ったお坊さんでした。そのお坊さんは、サラリーマンをしていた時に自殺未遂をし、片足も失っている波瀾万丈な生き方をしてきた人でした。お坊さんは笑いとばして言いました。
「いつも笑っていればいい。死ぬ気になればなんでもできるもんさ」
 隼ちゃんは、ハッとしました。俺は、いつも相手を笑わせることばかり考えてきたけれど、自分が笑っていることが大切なのだと。
 このお坊さんとの出会いが隼ちゃんがいつも笑顔でいることの原点なのかもしれません。
 こうして隼ちゃんは、親子で母子寮に入っていじめられそうになった時も、笑い飛ばしてみんなを笑わせ、すぐにみんなの人気者になりました。

 隼ちゃんのお父さんとお母さんは別れては、また一緒になり、を繰り返し、隼ちゃんの下には妹が一人と弟が二人。弟の一人が知的障害だったこともあり、大学は日本福祉大学を選びました。奨学金をもらいそれで学費をまかなって、バイトしたお金は家族へ仕送りしていました。仕送り額は毎月10万円。大学生ですが、仕送りしてもらっていたのではなく、仕送りしていたのです!

 この時、学生寮で出会ったのが、今一緒にひとのまを共同経営している元島しょうくんでした。寮で二人はいつもお酒を飲みながら、自分たちの夢について語っていました。いつか誰でも気軽に集えて何をしていてもいいっていう場所をつくりたいよな、それが二人がよく話していたことでした。
 
 さて、この時、同じ福祉大学に通っていたのが、富山県出身の隼ちゃんの奥さんになる人と、元島くんの奥さんになる人でした。
 隼ちゃんと、隼ちゃんの奥さんはとにかく仲良しでした。最初はマブダチといった感じでした。しかし、ある時、隼ちゃんの友だちが彼女に告白すると言ったとき、モヤッとしました。そのとき気づいたのです。
「ああ、俺はこの子が好きなんだ」



…パート.2に続きます。お楽しみに♪
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