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今日の人36.川合 径さん パート.1 [2012年04月18日(Wed)]
 今日の人は、ドリームプランプレゼンテーション世界大会事務局長、川合 径さんです。
IMG_1687.JPG
径さんは千葉県野田市生まれ。中学校のときに寅さんでおなじみの東京の葛飾柴又に引っ越します。初恋の人は銀河鉄道999のメーテル!でも、そんなロマンチストな面がある一方、少年時代は野球に明け暮れ、友達と廃墟の病院で探検ごっこをし、暗くなるまで毎日元気に外で遊ぶ子どもでした。今は本当に熱い男のイメージの径さんですが、実はとっても人見知りで恥ずかしがり屋だったそうです。二卵性双生児のお兄さんとは喧嘩ばかりしていました。とにかく野球が大好きで、小学校の時は花形ポジションのショートを守っていましたが、中学ではその兄も野球部に入ったことから、野球部は断念。代わりに入ったのがワンダーフォーゲル部でした。親が山登りが好きで、小さい時から山登りをしていたので、自然に山に足が向いたのかもしれません。
 シャイだけど、行動せずにはいられないのが径さん。小学校の時は児童会で、中学では生徒会長として活躍しました。何ができるかはわからないけど、とにかく打ち上げてやってみる、それがモットーでした。都内の各中学校からオーストラリアとニュージーランドに10日間派遣された時のメンバーにも選ばれました。それまで、友達といえば近所か学校にしかいなかったけど、違うところに飛び込んでも気心が知れる友達がすぐにできるんだ!そして、海外に行ってもなんとかなるんだ!この経験が、知らないところに行っても大丈夫だという径さんの自信につながりました。
 高校は都立国際高校、帰国子女が多く、女子対男子の割合が6:1という高校でした。自由な校風でのびのびとした高校生活。授業をさぼって遊んでいたこともありましたが、文化祭や体育祭では応援団としても活躍しました。野球部に入りたかったのですが、なにしろ男子の少ない学校、野球部はなく、バスケ部を選んだ径さんなのでした。
 いつも自分にとって厳しい方を選んでしまうのは昔から変わらないようです。当時も生物学系なのに、物理を選んで苦労したりもしていました。帰国子女が多い学校にもかかわらず、アメリカの在り方について異論を唱えて議論になったりもしましたが、どんなに議論になろうと、決して友達から嫌われるようなことがないのが径さん。一緒にいる人を包み込んでしまう、そんな素敵な魅力を持った人なのです。
 径さんは小さいときからずっと自然の中にいるのが好きでした。緑を守りたい、そして環境問題がやりたい、そう思って、大学では農学部を選びました。でも1年生の時は自分が夢中になれることが見つからず、自分が切り替わるポイントはどこだろうと思いながら悶々と過ごす日々が続きました。しかし、大学2年の春休みに、友達と二人で東南アジアに2週間のバックパックに行ったことで、径さんはバックパックの魅力に取りつかれます。すっかり放浪癖がつき、タイ、ベトナム、ラオス、トルコ、シリア、ヨルダン、イスラエル、インド、モロッコと歩きました。シリアで経験したことも忘れられません。いつも悪いイメージの報道ばかりされているアラブ人にしろ、クルド人にしろ、径さんには本当に親切にしてくれました。「この人たちはこんなに純粋で、旅人にこんなに親切にしてくれる人たちなんだ」この経験から、径さんは本当のことは現地に行ってみないとわからないということを強く感じました。そして、日本の報道はなんてアメリカ寄りなんだろうということも痛感し、巷にあふれる情報をうのみにせず、自分自身が見て聞いたことを大切にしていこうと固く心に誓いました。と同時に、人は絶対に評価してはいけない、評価してしまうとそのことに振り回されてしまう、との思いにも至ったのでした。

(パート.2に続きます)
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