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今日の人191.伊藤大樹さん [2020年01月22日(Wed)]
 今日の人は、認定NPO法人3keys Mex(ミークスは、家族や友達・からだ・勉強など人には言えない「困ったかも」を手助けする10代のためのWebサイト)担当の伊藤大樹さんです。伊藤さんは現役の大学生でもあります。
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 伊藤さんは1997年福井県敦賀市で生まれました。幼い頃に石川に引っ越し、6歳で愛知に。低学年の時は授業中に歩き回っているタイプでした。3〜4年になると、落ち着きましたが、体を動かすのは大好きで、休み時間になると友だちとドッジボールをしたり、グラウンドを走り回ったりしていました。放課後は缶蹴りをしたり、ボールを壁に当てて遊んだり、駄菓子のキャベツ太郎が好きで、自転車で遠くの駄菓子屋まで買いに行っていたものでした。
 4年生の秋に再び石川に引っ越します。偶然2〜3歳の頃の保育園の友だちと一緒になり、引っ越し後もすぐに打ち解けることが出来たのでした。この頃、少年野球チームにも入り、野球も大好きでした。
そして自身が4年生の時の卒業生を送る会で自分で卒業生に送るムービーを作ったことがきっかけで、コンピューターって楽しい!と思うようになりました。お母さんからも「大樹はITの社長になれるわ!」とほめられ、自分でもITの会社を立ち上げたいとその気になりました。
 中学生の時、塾の友だちとカラオケ行ったりコンビニでずっと立ち話をして遅くなると、付き合う友だちのことで注意されたりするようになりました。友だちのことでとやかく言われたくなかったのと、はやく自立して一人暮らしをしたいという思いとで、高校選びは寮のある所を優先に考えました。そこで目をつけたのが富山高専の国際ビジネスコースでした。わざわざ石川から富山高専に行く生徒はいなかったので、周囲もびっくりしていましたが、決めたら頑固なのが伊藤さん。ただ学校説明会に行ったら来ていたのがほぼ女子でびっくりしました。そして実際に入学した時も40人中男子は5人しかいなかったのです。しばらくは学校でおとなしくしていたのですが、先生にビジネスコンテストに出てみないかと言われたのがきっかけで、ビジネスコンテストに応募したところ、なんと最優秀賞を受賞します。一度学外に出ると、学校の中だけにいるのがつまらなくなり、どんどん外で活動するようになりました。いろいろなイベントでボランティアスタッフとして参加するうちに、富山県内各地につながりが生まれました。射水市では竹炭パウダーの入ったピザ作りをしたり、氷見のTEDxに関わったり、中央通りの牛島屋の着付け室に寝泊まりさせてもらいながら富山高専の学生主体のセレクトショップを開いたりもしました。
 いろいろやっているうちに、県外から来た人に地元感を感じてもらって、一緒に食卓を囲める場所を作りたい、商店街にゲストハウスを作りたい、と思いました。思い立ったら実行せずにはおれないのが伊藤さん。こうして富山市内の桃井町にまちなかハウス「マチトボクラ」を作ったのです。富山高専を卒業前の19歳の時のことでした。この頃シアトルにある米国NPO法人iLEAP(アイリープ)とマイクロソフト社による、社会企業家に興味を持つ学生や社会人を対象とした短期留学プログラムをシアトルのマイクロソフト本社で受講して、ソーシャルイノベーションのなんたるかを学びました。
 民泊をやっていると、ゲストは地元の人と話したいといい、日本人の学生はここに住みたいと言い出しました。そうしてマチトボクラはゲストハウスであると同時に学生向けのシェアハウスになりました。伊藤さんは合同会社を設立し、会社経営にも乗り出します。
 高専卒業後は中央大学経済学部経済学科の3年生に編入。月曜から木曜までは東京で授業を受け、木曜の夜に夜行バスで富山に来て、日曜の夜にまた東京へ戻るという生活を1年続けて、1年間で必要な単位を取ってしまいました。今、大学4年生ではありますが、単位は全部取ってしまったので、大学には行かずに学外で動いている毎日です。それなら、東京ではなくて富山で中心に動いているのかといえばさにあらず。最初にご紹介したように、伊藤さんは今、子どもの支援をしている3keysのスタッフでもあるので、拠点の半分は東京なのです。認定NPO法人3keysは、生まれ育った環境によって子どもの権利が保障されない子どもたちをゼロにするという理念で活動しています。事業には学習支援事業、子どもの権利保障推進事業、啓発活動事業の3本の柱があって、伊藤さんが担当しているMexは子どもの権利保障推進事業を担っています。詳しくはこちら⇒https://3keys.jp/service/mex/
伊藤さんが3keysで活動したいと思ったのは、これまで高専の学生や大学生と活動してきて、その年代だともう人として形成されてきているので、もっと大人になる課程の子どもたちから関わってみたいと思ったからです。そういうわけで昨年の4月にマチトボクラの運営は後輩に譲り、今は3keysにフルタイムで関わり、富山には時々帰ってきて、合同会社での仕事に関わるというペースで仕事をやっています。
 伊藤さんは子どもの頃、泡を吹いて倒れたことが何度もありました。早く死んでしまうかもしれない、それなら早めに何かをしたいという思いが常にありました。家族は仲良しではあったけれど、転勤族で家族しかコミュニティがないと、親とケンカしてしまうと自分の居場所がなくなってしまいます。家の近くで近所の人と話ができないというのはなんとも寂しいものです。
高専で活動を始めた時は、新しいことは外にある、と思って動き始めました。人のために何かしたい、という強い思いがありました。商店街の人とつながった時は、家族以外の人と繋がれる幸せを感じ、この幸せを大学生で富山に来た人に体験してほしい、何か仕組みとして残せないかなぁとマチトボクラを作りました。その輪は少しずつ広がっていると自負しています。
でも今、小さい子どもでSOSを出したいけれど、それを自覚していない子どもたちのために動きたいという気持ちがとても強くあります。行政側からではなく、街から子どもへの支援ができたら。商店街の人とのつながりの心地よさを自分が感じたように、子ども達にも家族以外の人とのつながりで幸せを感じてもらいたい。学童よりもしばりのない居場所を作りたい。伊藤さんは今、子ども達のおかれている状況を調べながら、どうやったら自分がワクワクして取り組んでいけるか、を考えています。
現役大学生にして既にいろいろなことを手掛けてきた伊藤さん。この先この22歳の青年が富山で東京で、どんな人とどんな取り組みをしていくのか、私も楽しみにしています。


…ちなみに
富山ではじめるSDGs Book、ダイバーシティとやまとマチトボクラが並んでいるのに、ようやく気づいた私ですw
興味ある人、こちらも手にしてみてくださいねウインク
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