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今日の人189.市山貴章さん [2019年08月13日(Tue)]
 今日の人は俳優として、また俳優養成所の教官としてご活躍中の市山貴章さんです。
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市山さんは、1950年に高岡で生まれ育ちました。小さい時は、富山弁で言う「しょわしない」子でした。いつも田んぼや公園で走り回っていましたが、授業中はとにかくボーっとしていたので、小3の時の先生には普通級に置いておけないと言われたくらいでした。
 でも、集中力は人一倍。そして、小さい頃から絵を描くのは大好きでした。
中学の時は、絵のコンテストで金、銀、銅の全てを制覇したので、高校の美術の先生から君が来るのを楽しみにしていると言われていたほどです。市山さんにはお兄さんがいるのですが、お兄さんも抜群に絵のうまい人で、小学2年の時に描いた絵を「親が子どもの絵を描かないでください」と注意されたくらいです。今もお兄さんは絵を描き、それをブログにも綴っていらっしゃるので、ぜひご覧ください。→昭和の子供たち・やよい町15番地
市山さんはこのお兄さんから受けた影響もとても大きかったのです。

中学の時は、シェイクスピア全集を読破してしまうくらい、シェイクスピアにもハマっていました。また宗教本も好きで、宗教に関する本も読みこんでいました。俳優にならなかったら、宗教家になっていたかもしれない市山さんなのでした。

高岡工芸高校に進み、美術を勉強していた市山さん。絵画だけではなく、彫刻、写真もやっていました。写真は高校生のコンクールで入賞していましたし、お兄さんにはお前は写真家になれと言われていたくらいの腕前でした。今も写真は大好きでよく撮ります。また三島や太宰、そして外国文学を読みふけっていたのもこの時期でした。中学も高校も美術部の部長でした。とってもイケメンでいらっしゃるので、さぞかしモテモテだったんだろうなぁと思います。

卒業後は富山でデザイナーの仕事をしていました。高岡にあったアマチュアの演劇集団に加入したりもしていました。
そんな時に起こった事件が、三島由紀夫の割腹自殺です。市山さんは思いました。ああ、自分は田舎で安穏と暮らしていてはだめだ!
こうして、市山さんは何の当てもないまま上京したのです。

東京で入った会社でもデザイナーをしましたが、社長に「お前はサラリーマンに向いていないな。フーテンになれ」と言われ、2ヶ月でその会社も辞めてしまいます。そして新宿駅の西口に座って手作りのものを売ると一時間で3000円分も売れてしまいました。当時は、喫茶店でアルバイトして、一日分のバイト代が800円ほどの時代です。それが一時間に3000円もうけちゃうんですから、社長が言っていたフーテンになれというのは、まんざら間違いではなかったようです。でも、市山さんは、フーテンにはなりませんでした。一日で嫌気がさしてしまったのです。

市山さんはお茶の水にあったレモンという喫茶店でバイトを始めます。ガロの曲のモデルになった喫茶店でもありました。喫茶店のバイトだけではなく、とにかくいろいろなバイトをやりました。高層ビルの窓ふき、解体屋、ガソリンスタンド、いろいろな肉体労働もやりました。

そんなある日、電車の中で眉のない女と目が合った市山さん。なぜか見つめ合いにらみ合いになったその女性は、天井桟敷の女優でした。
「自主映画をやるけど、一緒にやらない?」市山さんは誘われます。
「真っ裸になるけど、いい?」
「いいよ」
そうして、市山さんは東京で演劇を始めました。
彼女とは恋人になったわけでもなんでもなかったのですが、無理して生きている感じがして、市山さんは彼女に「結婚すればいい」という言葉を投げかけ、彼女は「あんたは俳優になればいい」と言いました。お互いに何気なく言ったその言葉が、それぞれの人生に大きく影響していったのでした。

その後、市山さんはある劇団に入ったのですが、「バカ、頭悪い、下手くそ」としか言われませんでした。もうやめよう、そう思って受けたオーディションに受かった市山さん、その後はおもしろいようにオーディションに受かりまくります。NHKの少年ドラマシリーズ「幕末未来人」では沖田総司役をやり、段ボールいっぱいにファンレターが届きました。
朝ドラの風見鶏でもレギュラーに。この頃は、ファンの女の子がアパートを見つけだして待ち伏せされたり、なかなか大変でした。
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でも、売れていた絶頂の時に、市山さんは俳優に専念するのをやめ、新宿のアパレルショップでアルバイトを始めました。そこの社長に「売れたのにもったいない」と言われましたが、市山さんにはそこまでテレビの売れっ子に執着はなかったのです。もちろん、俳優を完全に辞めてしまったわけではなく、何か役がある時は真剣にこなしていました。
市山さんは、中森明菜のデビュー曲「スローモーション」のPVにも彼氏役で出演していらっしゃいます。貴重な画像がこちら→https://youtu.be/0NEakkQ_wbA

市山さんが俳優という仕事を本当に面白いと心から思ったのは50を過ぎてからです。そうして最近は、ジジイに変化していくのもいいもんだと思うようになりました。
今、市山さんは日本各地の俳優養成講座で俳優の卵たちに演じることについて教えています。最初、教えることに乗り気ではなかったのですが、俳優になりたがっていた子が19歳で交通事故で亡くなってしまい、本人がやりたいと言っていることはやらせてあげるべきではなかったか、と後悔したのです。その後、自分のしていることで伝えられることがあったらやるべきだ、と思うようになり、今、全国を飛び回っているのでした。
教えるのはとても楽しいけれど、大変な作業でもあります。けれど、自分の考えたことを全力で伝えらえることができる、そんな時間が好きだから、これからも伝え続けたい、そう思っています。
市山さんは、生きているものの全てがやるのが演劇だと思っています。そんな気持ちで毎日を送るとちがう視点が見えてきそうです。市山さんは言います。あなたのための人生は、あなたが主役だよ。だから、生きている間にできることをたくさんしなさい、と。今はネットの世界に閉じこもって、リアルを疎かにしている若者が多すぎる。それじゃあ、演劇にはならない。生きている、今の時間を楽しんでほしい。だから、ちゃんとあなたを演じてほしい。生きることは演劇だとおっしゃる市山さんご出演のコマーシャルでとても心に残るものがあります。若い俳優では出せない、歩みを重ねてきた人が醸し出す味わい深いコマーシャルです。ぜひご覧ください。→https://youtu.be/RFStWK7vtnI

そんな市山さんが今やりたいことは広いキャンパスにその瞬間を描くこと。今の一瞬を書のような絵で描きたい。市山さんがこれからどんな絵を描いていかれるのか、楽しみにしています。


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