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今日の人129.藤岡直也さん [2014年09月22日(Mon)]
 今日の人はストレッチ&体幹トレーニングの専門店パーフェクトストレッチ高岡駅南店の店長として姿勢改善・肩こり・腰痛・減量などの悩みをストレッチで解決している藤岡直也さんです。藤岡さんは元富山サンダーバーズの選手としても活躍していたので、富山の野球ファンならきっとご存知ですね。
IMG_6677.JPG

 藤岡さんは1987年に兵庫県宝塚市で生まれました。野球好きのお父さんの影響で小さい頃から野球が大好き。幼稚園の頃からお父さんといつもキャッチボールをしていました。野球のクラブチームには小学校3年生から所属していました。実は格闘技も習いたかったのですが、お父さんに格闘技は傷だらけになるからダメと言われ、それは諦めざるを得なかったのでした。でも、負けず嫌いで喧嘩っ早かったので、結局傷だらけで帰ってきたことはしょっちゅうあったのですが。

 負けず嫌いの性格は野球にも現れました。とにかく野球漬けの毎日。肩が強かったので、外野からのバックホームもバッティングにも自信がありました。運動会等、スポーツ系のイベントではいつも大活躍。イケメンだし、小・中・高を通して相当モテたようです。
 当然、夢はプロ野球選手でした。

 中学校では硬式の野球クラブ、シニアリーグに所属しながら陸上部にも籍を置いていました。その後、陸上部から軟式野球部に転向しました。
 中2の反抗期の頃は、お母さんに反抗するとお父さんから鉄拳がお見舞いされました。悪いことをすると倍以上になって返ってくることがわかっていたので、ぐれたりはとてもできませんでした。高校では当然硬式野球部に入りましたが、残念ながら甲子園には行けませんでした。そして、大学は地元を離れ、埼玉の大学に入ったのですが、ここの野球部は軍隊方式でとにかく厳しかったのです。理不尽なこともたくさんありました。

 藤岡さんは大学在学中にBCリーグのトライアウトを受けて見事合格。大学を2年で中退し、富山サンダーバーズに入団したのです。20歳の時でした。

 富山に来てまず驚いたのは雪でした。最初自転車で通っていた藤岡さんはつるつるに凍った交差点で転んで、雪国の洗礼を受けてしまったのでした。
 藤岡さんがルーキーの時に、サンダーバーズは総合優勝します。しかし、さすがにプロの世界は厳しかった。大学まではチームの中でずっとトップでやってきた藤岡さんでしたが、プロのチームの中には自分より実力が上の人がたくさんいましたから。
 そしてその時、改めて思ったのが、基本の大切さでした。プロだからこそ、基本の動作を疎かにしてはいけない。そういう場面に数多く出会ったのです。と同時に、自分の持ち味が大事だということを痛感しました。藤岡さんの場合、それは肩の強さでした。肩の強さだけは誰にも負けない。レーザービームのように外野から返球する自信は常にありました。

 しかし、3年目の契約を交わした後に、突然の戦力外通告を受けたのです。頭が真っ白になりました。でも、じっとしているわけにはいきません。いろいろなチームにトライアウトがないか尋ねました。そうした中、群馬のBCリーグ、群馬ダイヤモンドペガサスでトライアウトがあると連絡を受け、練習生としてならOKだと言われたのです。登録はいつになるかわかりません。登録してもらえないということは給料ももらえないということです。でも、答えはひとつしかありませんでした。野球を続けたい。そのためなら練習生だろうと構わない。

 こうして群馬に移籍した藤岡さん。練習生としてアルバイトしながら練習する毎日が始まりました。毎朝4時に起きて、ホテルの朝食ビュッフェのレストランでお昼の12時まで働き、その後はチームの練習、そして夜は自主とレーニングというハードな毎日。3ヶ月を過ぎ、そろそろ体力が限界かと思い始めた頃、選手に登録すると言われました。過酷な毎日からやっと練習だけに打ち込める環境になったのです。

 そして迎えた初試合の相手はなんと富山サンダーバーズでした!代打としてバッターボックスに立った藤岡さんは、センターオーバーの2ベースヒットを放ったのです!ベース上で今までのことが走馬灯のように思い出され、自然に涙があふれました。今までのことは決して自分にとって無駄ではなかった。きっともっとがんばれ、という意味だったのだ、そう思えました。

 藤岡さんはその年の8月、BCリーグで打率トップに立ち、月間MVPに輝いたのです。
ファンの方にもとてもよくしていただいて、とてもいい時間を過ごせた群馬での2年間でした。なぜ、2年間かというと、藤岡さんはトレーニングで無理をしすぎて、アピールポイントだった肩を痛めてしまったのです。自分の一番の持ち味の肩を壊してしまっては、もう野球選手としてはやっていけない、藤岡さんは自ら野球を辞めるという苦渋の決断をしたのでした。

 群馬を後にした藤岡さんは再び富山に来ました。なぜ生まれ故郷の兵庫ではなく富山だったのか、それは藤岡さんがサンダーバーズの選手だったころからつき合っていた彼女が富山の人だったからです。サンダーバーズ時代に知り合った会社の社長がうちで働けと言ってくれました。こうして富山で働き始めた藤岡さんは、富山に戻って1年経った頃に結婚しました。
 
 そして思います。自分は無理なトレーニングをして肩を壊してしまった。こんな思いをして夢を諦めなければならない人を一人でも減らしたい。だから自分は本物のトレーナー、本物の治療家になりたい、そう強く思うようになっていたのです。こうして自分を拾ってくれた社長にその思いを告げると、社長は応援すると言ってくれました。その後、治療家になるべく、会社を辞めて接骨院で働きはじめます。ひたすら勉強の1年間でした。その中で、患者さんとのコミュニケーションも学び、いろんなことを吸収していきました。しかし、その接骨院はとにかく来院数が多く、1日に100人を4人で治療するような所でしたので、もう少しちゃんと患者さんとコミュニケーションを取りながらやっていきたいという思いがどんどん強くなっていきました。

 そんな時に、サンダーバーズの後輩が富山で代表をやっているストレッチのお店を高岡でも開くのでやってみないかと声がかかりました。一人ひとりにしっかり時間をかけられるやり方はまさに藤岡さんの思いと合致していました。接骨院の院長はできれば引き続き働いて欲しかったけれど藤岡さんの未来のためにその選択を尊重すると言ってくれました。

 こうして、パーフェクトストレッチ高岡駅南店の店長になった藤岡さん。今は自分のやりたかった形に少しずつ近づいているという実感とやりがいがあります。

 藤岡さんの尊敬する治療家にKen Yamamotoさんという方がいらっしゃるのですが、Kenさんは自分のお店を持ちつつ、世界中の腰痛を治したいと、病院に行けない人を無料で治療しています。藤岡さんはそんなKenさんの生き方に憧れています。自分は肩で悩んでいる世界中の人を助けたい。肩のことなら藤岡に聞け、と言われるようになりたい。それが藤岡さんの夢です。

 充実した毎日を過ごしている藤岡さん。今、ホッとする時間は生まれたばかりの娘さんの顔を見る時間。最近、ゴルフもやり始めました。
 でも、やはり何より楽しいのは自分の思っていたことと施術がピタッとはまる仕事の時間。今のお仕事に誇りを持っていらっしゃるのが伝わってきます。

 今後は小学生や中学生や高校生に向けても、野球のためのストレッチ教室やケガをしないための身体作りの教室を開いたりもしていきたいし、自宅で動けない人のところに行って施術もしたい。やりたいことがたくさん広がっている藤岡さんなのでした。

 みなさんも一度、パーフェクトストレッチ高岡駅南店に行って、藤岡さんのストレッチを体感してみませんか。きっと自分自身の身体と向き合える素敵な時間になることうけあいです。
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効きます♪
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体幹トレーニングもあります♪
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