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今日の人103.篠田 法正さん [2013年08月05日(Mon)]
 今日の人は、一般社団法人 最幸経営研究所代表理事、株式会社LBC代表取締役、工学博士、中小企業診断士、ファイナンシャルプランナーAFP、生涯学習開発財団認定シニアスキルリーダー、経産省後援ドリームゲートアドバイザー(起業支援)…と、たくさんの肩書をお持ちの篠田 法正さんです。
写真 13-07-01 13 11 55.jpg

 法正さんは1962年に名古屋で生まれました。子どもの頃はスポーツが苦手で、野球をしている時は「ボールがきても触るな!」と言われていました。打順は10番、二人目のライト、のび太みたいな感じでしょうか。
今はとってもスリムな法正さんですが、当時はポチャポチャだったそうです。運動ができない、という疎外感があったので、親に言ってグローブを買ってもらったりして、なんとかみんなの仲間でいようと思っていました。

 でも、勉強はとてもよくできました。読書も大好き、将棋もよくやっていました。頭脳派少年だったんですね。
 
4年生の時に家族でグアム旅行に行った時に、コックピットを見せてもらいました。(当時は安定飛行の時は希望すればコックピットを見せてもらうことができたのです。今は不可能ですけど)
「うわぁ、パイロットってカッコいいな!」それで当時の夢はパイロットでした。

 法正さんのお父さんは葉巻を吸ってボルボに乗っているお酒大好きな人でした。
何か国語も話せてしょっちゅう豪華客船の旅をしているというような羽振りのいい人でした。
 しかし、だからと言って家が大金持ちだったわけではありません。お父さんがそういう人でしたから、お母さんはヤクルトレディをしながら苦労して生計を立てていました。

 小学校高学年の時に、森田健作の「俺は男だ」というドラマに影響を受け、中学では剣道部に入りました。しかし、続かず、以後は囲碁将棋部へ。この頃、パイロットになるには身長も視力も運動能力も及ばないことを知り、パイロットになりたいという夢はあきらめました。

中学生にありがちな反抗期も特になく、本当にいい子で育ちました。でも、お父さんがたまに家にいると、緊張しました。好きだけど、怖い存在、それがお父さんだったのですね。

 高校進学のとき、家の近くに新設校ができます。そこへは中学校でも成績がいい子が送り込まれました。法正さんも送り込まれました。自分にとっては、プールがないというのが最大の魅力でした。しかし、文武両道を謳った学校だったの、何か運動部に入れということになり、選んだのは弓道部。この選択は大正解でした。法正さんは結局大学時代までずっと弓道部で活動することになります。

 さて、そんな風に運動部には入ったものの、もちろん、勉強はしっかりやっていました。特に好きだったのは物理でした。物理がわかると世の中の現象のからくりがわかる。なんで電車で通り過ぎる踏切の音が変わるのか、どの角度でボールで投げればいいか、そういうことが全部物理でわかるのです。と言われても、物理がワクワクする科目だなんて、物理が全科目の中で一番苦手な私には到底理解できない感覚ですが…

 大学受験の時は電子工学が楽しそうだと思って、名古屋大学の工学部を受けました。ところが、合格発表の時、自分の番号がありませんでした。がっかりしている所に、名大から電話が。第三希望に書いていた農学部に繰り上げ合格ですが、どうしますか?という内容だったのです。本人は迷ったのですが、高校の先生に取り囲まれて「入れ入れ」の大合唱。それはそうですよね。先生方にしたら新設校の第一期生なので、少しでも進学率をあげたいでしょうから。

 こうして名古屋大学農学部に入学した法正さん。弓道部に所属し、朝から道場に通う日々でした。アルバイトもいろいろやりました。家庭教師や塾の講師をやり、自分は教えることが好きなのだということに気が付きました。
 アトラクションショーではショッカーの戦闘員もやりました。ここで、ステージに立つ楽しさも知りました。あの頃の仮面ライダーの人気たるや今の比ではありませんから、ショッカーをやっていると子どもたちからたくさんのヤジがとんできそうですが、いつもの自分とちがう自分になれてすごくワクワクしました。

 もちろん、勉強の方もしっかりやりました。特に、研究室に入ってからは実験に没頭しました。法正さんが入ったのは、プラスチックの合成を研究している研究室です。重合反応の実験をやるのですが、いろんなつなぎ方でいろんなものが作れる。それが楽しくて、学部だけでは飽きたらず、大学院に入って実験を重ねました。

 そして教授の推薦もあって三井化学に入社が内定します。あと半年で入社する時に、そこの研究チームが溶ける樹脂で手術の糸を作るのに成功します。絶対ここで研究したい!法正さんの願いが叶い、すんなり研究担当になります。
 溶けてなくなる手術用の糸の開発、他にも20ミクロンの粒のなかに制癌剤を入れて、注射で一ヶ月に一回打てばずっと効果が続く前立腺がん用の徐放性制癌剤の開発、国内でそれができるのは法正さんのいる研究室だけでした。海外からも引き合いが来て、一流ホテルで接待を受けることもしばしばありました。
 世界で初めてトウモロコシの樹脂をプラスチックにすることに成功したのも法正さん
です。これによって捨てても分解できるプラスチックができるようになったのですから、本当にすごい開発です。

 こんな風にいくつも世の中に役立つヒット商品を生み出した法正さんですから、仕事は楽しくて仕方がありませんでした。

 プライベートの方も、同じ大学の同じサークルだった彼女と就職1年目に結婚。一男一女に恵まれ、仕事も家庭生活も充実していました。

 しかし会社はより規模を大きくするために合併。今までと違って管理のとても厳しい会社になりました。嫌だなぁと思っていた時に上司にアメリカへの留学を薦められ、渡りに舟とばかりに留学します。
 
 2年間の留学生活は大変充実していました。周りはノーベル賞クラスの研究者ばかりだったし、研究の合間にはキレイな景色や芸術鑑賞で心も潤せる、後から振り返るとまるで竜宮城で過ごしたかのように楽しい日々でした。

 2年の留学生活が終わって日本に帰ってきたら、本当に浦島太郎のような気持ちになりました。昔のようにユニークな研究はできなくなっていて、選択と集中の中で、短期的な収益の上がる研究、大量生産の樹脂に関する研究が主流となりました。自分がおもしろくないことを部下にやらせなければならないのも苦痛でした。
 研究者を、研究成果を挙げていかに名声を得るかに重点を置く人と、新しいものを生み出して喜ぶエンターティナータイプに分けるとすると、法正さんは明らかに後者でした。
 
仕事はおもしろくない。そうは言っても家族を養っていかなければならない。なんだかお金のために働いているようでイヤでした。もうやめてもいいかなと薄々思い始めていた時に、いろいろなセミナーを受け始めるようになりました。外の世界との接点を持ち始めた法正さん。いろいろセミナーを受けながら、資格取得の勉強も始めました。半年で750時間の勉強をこなし、中小企業診断士の資格も取りました。

 こうして法正さんは、研究職で入った時から数えると20年という歳月を過ごした会社を割合軽い気持ちで辞めました。

 コンサルタントとしてやっていこうと起業した法正さんでしたが、最初は集客で悩みました。しかし、セミナーをしかけ、ダイレクトメール等で地道に集客していくうちに顧客がつくようになってきました。けれども、一生懸命にやっていると疲れるのです。思えば研究職の時は、朝から晩までやっていても疲れなかった。けれども、好きだからやるではなく、できるからやるという仕事は疲労感がどっと出るのです。

 そんな時に出会ったのが福祉正伸さんの究極のコンサルタント養成講座でした。福島先生の話を聴いているうちに自分は何のために働いているのだろう?自分は何者だろう?と思い始めた法正さん。 
 
もう一つ大きな出会いがありました。それは東洋運命学でした。人にはそれぞれその人が生まれ持った潜在能力がある。神様はちゃんと個性のちがう人を創って天命を与えている。自分の能力がわかると天命がわかる。

 玉ネギの皮を剥ぐように一枚一枚剥いで行くと、最後にコアなあきらめない思いが残ります。それは恥ずかしいし、人には言いたくない。でも、みんなそれが炎のように燃えているものなのです。それを価値に変えることが自分のやりたいことなんじゃないか、みんなの夢を応援することが僕のやりたいことなんじゃないか、そう気づいたのです。

 誰にだってマイナスの思いはあります。悔しい、悲しい、ちくしょう!そんな思いを価値を届けるエネルギーに変えられたらいいな。みんなが自分の中に持っていて気付いていない炎を価値に変える方法を教えてあげられたらいいな。

 こうして法正さんは、自分の能力を生かして仕事したい人を応援することに特化したコンサルタントになりました。

時間をかけてセッションしていくと、必ず「あ、私これがやりたかったんだ!」と気づく瞬間があります。本当に自分のやりたいことを追求したら人はイキイキ輝きます。まさに人生がガラッとかわる瞬間に立ち会えることができる。ホントに手伝いたいことができる。
この喜びはちょっと言葉では表せません。
 
 今、法正さんの所には特に一生懸命に宣伝しなくても、口コミでお客さんが来るようになりました。個別セッションはワクワクする時間です。まさにこの仕事こそ、我が天命。そう胸を張って言えます。

 法正さんがやっていることに【自分軸確立ワークショップ】というものもあります。これは10時から18時までじっくり取り組むのですが、これをやるとだいたい16時半くらいに自分のやりたいことが明確になってきます。そして1週間後くらいに「私が本当にやりたいことが見つかりました!」とメールが来ることが多いのです。

その後は奇跡の連続が起こります。でも、本当はそれは奇跡でも何でもないのです。誰でも、自分軸がしっかりして、これだというものができると無駄なことをしなくなります。そうすることでレーザービームのように自分のパワーが何千倍にもなって全てが思い通りに進むようになるのです。それを奇跡のように感じるだけなのです。

 そして法正さんは専門家の機能集団をまた新たに結成しました。それが一般社団法人最幸経営研究所です。こちらは会社をよくしたい!という理想の会社作りを中心に据えています。そこで取り入れているのが社内ドリプラです!これが今、実に楽しい。社内ドリプラに取り組んでいくうちに社内がどんどん変わっていく様子がよくわかるからです。

「最幸経営」とは、理念に共感したメンバーが、目標をもち、夢を語り、愛と感謝で社会に価値と感感動を提供する経営のことを言います。
さらには、様々な課題や困難に対して、一人ひとりが持てる能力・個性を生かし、自立型姿勢と相互支援で乗り越え、常に学び、成長し、創造し続けることにより、関わる全ての人が幸せになる経営のことを言います。

こういう会社が日本全国に増えれば、日本はまさに最幸の国になりますね!

法正さんの自分軸確立ワークショップを受けてみたい方はこちらのページをご覧になってください。きっと素敵な自分に出会えることでしょう。⇒http://www.lbclabo.com/article/14528365.html

そして社内ドリプラを実施されたい方はこちらへどうぞ⇒http://saikoken.or.jp/lp/offer001/

いつも朝出かける時は奥さまにハグをしてから出かけるとおっしゃる素敵な旦那さまでもある法正さん、これからもますます世の中をツルツルに、いやキラキラにしていってくださいね!
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