CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«今日の人94.阿部美樹雄さん | Main | 今日の人96.野澤拓哉さん»
<< 2020年02月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
プロフィール

宮田妙子さんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
最新記事
https://blog.canpan.info/diversityt/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/diversityt/index2_0.xml
月別アーカイブ
このブログをSNSで紹介
最新コメント
おかうえ
今日の人152.吉谷奈艶子さん (08/21) りんりん
今日の人114.村木真紀さん (05/19) ゆかり
今日の人114.村木真紀さん (05/09) 宮田妙子
今日の人149.河除静香さん (09/24) 橋本桂
今日の人149.河除静香さん (09/08) 高木敏夫
今日の人123.高橋太郎さん (04/14) 大太
今日の人4+.森本耕司さん (07/17)
最新トラックバック
今日の人95.山村宙史さん [2013年07月04日(Thu)]
 今日の人は、株式会社ブックマークス代表取締役、今注目の勉強カフェを都内と横浜で6店舗展開されている山村宙史さんです。
写真 13-06-02 12 17 51.jpg
 
 山村さんは北海道、函館山の麓で生まれ育ちました。ずっと学級委員でいい子、ドラえもんでいう出来杉君みたいな子ども時代でした。
 リトルリーグで野球もやっていました。好きなチームは西武。山村さんが生まれたのは1979年ですから、子ども時代は西武の全盛期と重なるわけですね。
 海も近かったので、カニ取りなどして遊ぶのも好きでした。でも、その頃流行っていたファミコンやマンガやアニメは興味がありませんでした。
 国語の音読が好きで、将来はアナウンサーになりたいと思っていた少年時代。

 中学に入ると、市内に引越します。お父さんの商売がうまくいって、ご自身で設計された素敵なお家を建てられたのでした。それまでの友だちとは離れ離れになってしまいましたが、その頃12歳離れた妹が生まれ、妹の子守が生活の中心になった感じでした。さぞかし可愛がられたんだろうなぁというのがよくわかります。

 山村さんに反抗期というものはありませんでした。親のレールに特に反発を覚えず名門の函館ラ・サール高校に進学します。
 函館ラ・サール高校は男子校です。多感な高校時代に女の子がいないのは問題でした。オタクな人が多く、学園祭になっても近くの女子校からちっとも遊びに来ない。しかも6~7割は寮生なのです。寮生にはプライバシーがほとんどなく、自習室で勉強を課されるような毎日を送らなければならないのですが、山村さんは自宅生でした。徹底した進学校ですから、勉強しない子は学校の本流から外れてしまいます。そんなわけで山村さんは自宅生仲間とつるんで遊んでいました。

 東京に出て、一人暮らしをしたい、もうこんなオタクな雰囲気の中にいたくない!そう思って都内の私立大学に進学します。
 大学ではテニスサークルに入ってはっちゃけて遊んでいました。1,2年生の間はそんな感じで遊んでばかりいました。
 
 しかし、3年生になった20歳の時、自分はどんな生き方がしたいんだろう、と考えるようになりました。今まで大人の敷いたレールの上を疑いも持たずに歩いてきた。でも、自分は本当は何をしたいんだろう。
 このままズルズルいくのがまずい!初めて自分の人生について真剣に考え始めました。
 山村さんはF1が好きで特に好きなチームはフェラーリでした。自分をおもいっきり変えるために外に行こう。そう思って選んだ先がイタリアでした。
 
 ラジオの語学講座でイタリア語を少し勉強し、飛行機のチケットだけ持ってイタリアへ飛びます。
 着いたその日にどこに泊まろうかとウロウロしていると、フレンドリーなイタリア人のことですから、親切にいろいろ教えてくれました。どこに行ってもそんな感じで受け入れてくれるのです。
 
 ただ、スーツケースはイタリアに行って2日目に盗まれてしまいます。
 でも、かえってそれがよかったのかもしれません。いろんなことが吹っ切れた気がしました。その後はホントに気ままにいろいろな所をまわりました。
 
 イタリア人は食事に2時間も3時間も時間をかける。それがひどく人間らしいなと感じました。経済的な豊かさは日本の方が上だけど、彼らの方が人生を謳歌しているのは間違いなさそうでした。人間的に豊かな生き方って素晴らしい!山村さんはすっかりイタリアのファンになってしまいました。
 
 そうして、20歳で3週間イタリア旅行をしたのを皮切りに、21歳、22歳と3年連続でイタリアを旅しました。
 山村さんが特に気に入ったのがバールです。田舎の町にも一軒のバールは必ずあって、朝起きると、みなバールに行ってコーヒーを一杯飲んで出かけるのです。昼はドルチェとコーヒーで、夜はサッカーやF1の観戦という具合にイタリアの人々の生活はバールがないと成り立たないのでした。
 小さくて質素だけれど、みんなが集まってワイワイできるこんなコミュニティはいいな、山村さんはバールに憧れました。
 
 こうしてすっかりイタリアの虜になった山村さんは、イタリアに関わる仕事がしたい、そう思うようになりました。こうして就職したのが、サイゼリヤでした。その時の担当者はいつかこの店をイタリアにも出店させたいという熱い思いを語っていました。山村さんはその話にも惹かれ、サイゼリヤに就職します。時間に対する意識が日本とは対極にあるイタリア。そのイタリアに関われたら素敵だな、そう思っていました。その時の山村さんのキーワードは「イタリア人の生き方」だったのです。
 
 サイゼリヤの理念はイタリアの身体にいい食材を安く提供すること。山村さんはサイゼリヤで5年半働きました。3年目からは店長も任され、やりがいもあったし、仕事も楽しかった。結婚もして、充実していました。
 
 ただ、27,8歳になって、自分の少し先を考えるようになりました。果たしてこの仕事をこの先10年、20年続けられるだろうか…この業界でキャリアを積むか、転職するか…外の世界も見てみたい、という葛藤もありました。他の業界で自分の力を試してみたい。30前の今じゃないと難しいかもしれない。こうして、山村さんは2007年に為替の会社に転職しました。コンサルの卵を育てるという上場直後の会社でした。今までとは全く違う為替の仕事。為替は国力が現れます。日本のイニシアチブが失われている、そう感じました。為替の世界に身をおいたことで、サラリーマンでいることのリスクを考えるようになりました。

 若い今のうちだったらリスクをとってもリカバリーできる。じゃあ、サラリーマン以外で自分にできることは何?
今村さんは自分の棚卸しをしました。ただ、起業しようにも自分には特技や資格がありません…。
 
 そんな時に大好きなイタリアのことが頭に浮かびました。イタリアのバールのようなコミュニティになりうる居場所が日本にあったらどうだろう。世界を股にかけたビジネスマンに自分はなれないけれど、その居場所でそうなりたい人をお手伝いできないか。頑張りたい人の背中を後ろから押し上げることができれば。
 
 では、今実際にどんな場所に意識の高い人が集まっているだろう?そう考えたら、そういう人たちが集まる場所がないことに気が付きました。
 
 家ではいろいろな誘惑があって集中できない。

 図書館は使い勝手が悪い。

 カフェに長居するのは気がひけるし、店側の気持ちもよく分かる。
 
 勉強したい人はたくさんいるのに、場所がない!有料の勉強場所もなにか違う。
そうじゃない勉強の仕方があってもいいはずだ。リラックスしながら勉強出来る場所が…。

 そうだ、ないんだったら僕が作ろう!
 
 土台は何もなかったけれど、スイッチが入ると猪突猛進型でした。根拠のない自信があった。ただ勉強だけする場所じゃない。交流もできるそんな場所があったら絶対にいい。考えるだけでワクワクしました。
 
 けれども現実は厳しかった。リーマン・ショックがちょうど過ぎたばかりで融資は断られ続けました。でも最終的には全額融資をしてくれるところに巡りあい、山を超えたと思いました。しかし、それは甘かったのです。
 
 お店を作ったのはいいけれど、知ってもらいたくても知ってもらえない。オープンして半年の間、会員数はわずか一桁でした。毎月のように大赤字。子どもも生まれたのに、このままだと一家で路頭に迷ってしまう。
 
 どうしたらいいだろう?いろいろなことを考えました。
 そしてまず、ネーミングを変更することにしました。
それまでは「会員制書斎空間ブックマークス」という名前をつけていました。しかし、これではわかりにくい。メイドカフェやネコカフェが流行っていましたから、名前にカフェをつけようと思いました。
 そこで次につけた名前が「プログレスカフェ」です。これはいける、と思いました。しかし、プログレスって何?と聞かれてしまいます。そうか、プログレスでもわかりにくいか…

 じゃあ、純粋にひと言で言ったら、なんて言えばいいんだろう…。その時ふっと浮かんだのが「勉強」でした。
 「勉強カフェ」シンプルで覚えやすくてわかりやすい!こうして、ネーミングを「勉強カフェ」に変更したのでした。
 
 次にしたことはブログを書き続けることでした。毎日ちょっとずつでもいい、地道にブログを書くことで少しでも勉強カフェのことを知ってもらおう、そう思いました。
 
 そして3番目はプレスリリースです。FAXで一社一社にリリース文を送っていきましたが、最初はナシのつぶて。全く連絡がありませんでしたが、リリース文の書き方を工夫していくうちに、読売新聞から取材させてくれと連絡が入ります。こうして、写真入りで朝刊に載りました。一度取材が入ると不思議なもので、NHK、日テレといいスパイラルで取材が入るようになりました。
 こうして毎月30人ずつ新規に入会してくれるようになったのです。あきらめずに地道に続けたことが花開いた瞬間でした。
 来月の家賃が払えなかったらもうおしまいだ、というまさに土壇場からの起死回生でした。

 そして勉強カフェは順調に成長を続け、今や都内に5店舗、横浜関内でも1店舗を構え会員数は1500人を超えるまでになりました。
 
 もちろん、山村さんの想いはここで終わりません。
 今、力を入れているのはパッケージ・ライセンス制度です。直営でもない、フランチャイズでもない、それぞれの地域で勉強カフェをやりたい人の想いを大切にしながら、今まで山村さんが積み重ねてきたトータルなものを提供したい。そうすることによって全国に学びを通じて幸せになる大人が増えるにちがいない。そうして全国の勉強カフェのチーム全体で成長して行きたい。そんな想いがとても強いのです。
 そして今、全国からパッケージ・ライセンス制度について問い合わせをもらっている山村さん。外に出向いて話を聞く時間がとてもワクワクだとおっしゃいます。
 
 勉強カフェのチーム憲章がこれまたとても素敵なのでご紹介します。

一、チームの目的は、「学びを通じて幸せになる大人を増やす」ことです。
一、チームメンバーを仲間として尊重し、お互いに貢献します
一、地域に根付いた、世代を越えた学びのプラットフォームを目指します
一、多様性を受け止め、変化を恐れず、柔軟な発想を大事にします

 ダイバーシティの考え方ともバッチリ合っていてすごくうれしくなっちゃう憲章ですよね。
 
 そんな山村さん、家では4歳と1歳の姉妹のお父さんでもあります。家族と過ごす時間ももちろんとても大切にしています。

 いろんな場所の勉強カフェの橋渡し役になるのが夢だとおっしゃる山村さん。
 でも、実はもうひとつ夢があります。
 それは、イタリアのバールのような小さなお店を自分の好きなものに囲まれてやりたいという夢です。地域の人たちが集い、いつものコーヒー、いつもの笑顔、そんな素敵があふれた幸せなバールを作りたい。
 
 全国各地の勉強カフェに集い、山村さんの素敵なバールに美味しいコーヒーを飲みに行く、そんな日が来ることを楽しみにしています。
コメントする
コメント